第六章 意地 (一)
「狂疾、のう・・・。」
秀吉が、感慨深げに繰り返した。そして何度か頷き、なにごとか思い返しているようだったが、やがて目元を皺だらけにし、にっこり笑ってこう言った。
「たしかに、お館様にゃあ、狂疾とも思えるような一面があったのう。せっかちで、唐突で、我儘で。ただでさえ愚鈍な儂にゃあ、いっつも、思いもよらぬところから思いもよらぬ命が降ってくるけ、お聞きするたび右往左往よ。それもこれも、ある種の狂疾の病からくるものだと思えば、なるほど合点がいくわい。」
あまりに直截な物言いに、又助と、そして先ほどその言葉を発した張本人である弥三郎自身が、目を見交わした。秀吉は、笑顔のまま続けた。
「なに、儂らの仲でよ。なんも気にせず、ただ思うがまま語ろうがや。もう亡くなられたお館様への気遣いや忖度はいっさい、無しじゃ。後ろに控えおる佐吉以外、この話を聞いてる者はにゃあで。佐吉は儂が長浜で見出した子飼いでよ。信頼が置け、口も固い。だから使うちょる。ちょうど、昔の弥三郎さんみたいなもんよ。もっとも、弥三郎さんと違うて無粋者での。計数は得手じゃが、舞も歌もまるっきり駄目だがよ。」
そう言って、背後を振り返った。才槌頭が、やや顔を赤らめながら頭を下げ、その事実を認めた。
「計数が得手とは。それは羨ましい限り。拙者は逆に、そうしたことには疎うござる。街道沿いの宿場など預かり、そこに住する者のほとんどは商人であるにも関わらず、拙者、算盤勘定は大いに苦手で。」
今度は弥三郎が苦笑いし、朽木のように痩せ細った腕でぼりぼりと半白の頭をかいた。
「なに、弓働きにしか能のない儂だって、同じようなもんじゃい。」
又助が、彼を肘で小突いて言った。だが弥三郎は、
「その代わり、又助さんは物覚えがよい。昔から、みんな驚いちょった。算用は、ただその場限りのこと。じゃが、佐吉どのが弾いたその数を、おそらくいちばん後まで覚えちょるのは、きっと弥三郎さんじゃい。」
と、やり返した。
「そうじゃ、そうじゃ。又助さんは、もの覚えがとっても良かったのう。もう誰も覚えちょらん遥か昔のことなんぞ、昨日見てたかのように細々と覚えちょる。又助さんの前じゃ誰も、なにも悪いことはできないて。かつて、清洲の御城ン中で儂がしちょったことのあれこれ、もしお館様にあとから告げ口でもされちょったら、この藤吉郎、首から上がもう無かったわい。殿のお側におったのが、弥三郎さんのほうで良かったがよ!」
秀吉が言い、豪快に笑った。
「清洲の御城で・・・ひょっとして、厨の女中にちょっかい出しちょった、あのときの件かよ?」
又助が朋輩言葉で聞くと、
「あほ!そりゃあ、お館様じゃのうて、おねに告げ口されちゃ困る話だがよ!」
秀吉は、ひどく慌てた風に言った。




