第五章 乳房 (六)
「弥三郎さんのよ、はふり、という姓は、なんというか、武家には珍しいというか、変わっているだなも。」
秀吉が、言った。
「これまで普通に呼んで来たけどよ、その由来について、聞いたことがなかったの。」
「祝とは、実は社のことでござる。」
弥三郎は答えた。
「この犬山の城から木曽川を渉り、やや上流に行ったところに、坂祝の社がございます。拙者、もとはそこの家の出でござる。」
「やはり、祝部か。」
秀吉は頷いた。
「いや、まだ民草であった頃、あちこちを流れておったでな。坂祝のお社にも寄ったことあるぞ。そうか、あそこの出か。たしか由緒ある大きなお社じゃったな。」
「伝によれば、もとは京の賀茂神社から分かれたもののようで。たしかに由緒はございます。ただ、拙者の一族に関しては、もともと坂祝の祝部とも、あるいは諏訪のほうから流れてきた一族とも。ほおり、と呼ばれることもございます。」
「そういえば、諏訪の大明神のもとでは、頭梁が大祝と呼ばれるからの。」
「まさに、さようで。その諏訪大明神に仕える神主の大祝が、神軍を以てあのあたり一帯を統べる武家でもございます。我が一族は、おそらく、そうした方々の廻りに侍り、舞や芸事などをお見せして諸国を流れるうち、坂祝のあたりに居着いたものでありましょう。」
「なるほどのう。武家には又助さんのような雄偉なる武者も入用じゃが、そうした、諸国の事情に通じ、あちこちと自在に通交できる働きも必要じゃ。なにを隠そうこの筑前も、はじめはそうしたところを見込まれて、織田家に入り込んだ。しかし弥三郎さんは、そのずっと前からお館様の目となり、耳となっておったのじゃな。」
秀吉が言った。
「斯様に御大層なものでは。」
弥三郎は手を振って否定したが、こう続けた。
「ただ、かなり早くからお館様の脇に侍り、さまざまな頼まれごとをされていたのは確かでございます。とにかく、お若い頃は放埒三昧、うつけ、などと噂になるくらいにて。拙者も、急に思いもよらぬ御命を受け、目を白黒したことが何度もござる。」
「うつけ、は目眩ましじゃったな。」
当時を知る又助が言うと、弥三郎は頷いた。
「お考えの深い御方にて。やはり常ならぬ殿でございました。乳飲み子のときに吸った、あるいは噛んだ乳首のことを覚えておるなど。やはり神の子であられたか、それともなにかある種、狂疾ゆえの鋭さのようなものがあったように思いまする。」
弥三郎は、再び信長に話を戻し、かなり踏み込んだことを言った。




