第一章 犬山へ (一)
天正十二年長月のある日、尾張国犬山城下の古街道を、北の方角に向け、ゆらゆらと進む人馬の一隊があった。
人数は、馬上に一名、口取りと従者二名、あとは警護の兵どもが数名ばかりである。少数とはいえ兵の顔は陽に灼けて黒ずみ、眼は炯々として陣笠の奥の闇からただならぬ光を放ち、持槍を肩に当て周囲の様子を隈なく見渡しながら、一切の隙を見せず着実に歩を稼いで行く。
いっぽう、馬の背に揺られるこの隊列の主といえば、まるで、風に吹かれるがまま前後に揺蕩う柳のよう。もう六十年配ほどの老人で、たまゆらに一睡してしまうことがあり、半白の頭が前後に傾ぎ、やがてハッとして上へと直る。そしてしばらく、そのしょぼしょぼとした瞼をしばたたかせ、頬を撫ぜる気持のよい秋の風にうっとりとして、また少し眼をつぶる。
脇で彼を警護する隊長が、その様子をいまいましげに見上げて、誰にも聞こえぬよう舌打ちした。馬上の老人には、命をやり取りする者たちが持つ真剣さのかけらもない。まるで、弁当を用意して物見遊山に出てきた村の好々爺である。馬の腹から上だけを見るならば、ここが現在、日ノ本を二分する大戦の、まさに戦場であることなど、誰にもわからないに違いない。
空は抜けるような快晴で、雲ひとつなく、蒼がただ天高くどこまでも続いている。かなたでは、季節外れの渡り鳥がなにごとか啼き交わしながら翔んでゆく。北の彼方からそろりと吹いてくる風は、湿気を帯び冷んやりとして、重装備の兵どもが頬や脇にかく汗を上から少しだけ撫ぜた。
朝陽はすでに東の空にふわりと浮き上がり、四周に向け滲むような光の棘を投げかけている。光球の芯を直視すると残像が残りしばらく戦闘能力が喪われるため、隊長をはじめ兵たちは、そちらのほうを警戒するときには、ここ数ヶ月の実戦経験から陣笠の縁を少し下げて光を遮るように努めていた。
この古街道に、本来、人通りはさして多くない。しかし後ろから彼らを追い越して数台の荷駄が急ぎ転がるように北上して行き、逆の方角からは、隊伍を整え、種子島を肩に、片方の手では火縄をぶら下げた武装兵の一隊や、蟻のように不揃いで長い列を組んだ夫丸どもが、ぞろぞろと南の最前線へ向け歩いていくのとすれ違った。
地面からはゆらりと陽炎が立ち、行き交う兵どもが蹴り飛ばした小石や砂利が散らばり、埃が舞い、すでに通り過ぎたはずの火縄の紫煙が漂って、いまだ鼻につく火薬の匂いをあたりに撒いた。
ここは、戦場であった。