第五章 乳房 (四)
秀吉に釣られて、又助も少し笑いながら語った。
「勝幡の御城の奥にて血を見る騒ぎが何度も起こり。犠牲となりし乳母どもは次々と逃げてしまい、なり手がおらぬようになり・・・何人目かに池田家の大御乳様にお鉢が廻ってきたとのこと。」
「それで?」
興味津々といった具合で、秀吉が聞いた。
「大御乳様のちくびは、無事だったのきゃ?」
「如何にも。」
又助が、なぜかそれが自分の手柄であるかのように胸を張って答えた。
「さればこそ、その後、大御乳様と呼ばれ、池田の御家の御運が拓け申した。」
「千切られなかった?」
秀吉がたたみかけると、又助は頷いた。
「千切られも、噛まれもしないどころか、初めての日からお行儀よく乳を吸われ、そのまま、すやすやとお眠りになったそうにござる。これにて皆々、養徳院様を乳母として異議なく一決。」
「昔のことをよう知っとるの、又助さんよ。で、なにか理由があるのじゃろ?」
秀吉は聞いた。又助は得意満面で、こう答えた。
「お察しの通り。拙者後年、養徳院様のもとへ使いで参り、そのおり、ご当人より篤とお話をお聞きする機会あり。」
「ほう。して、何と?」
脇から、なぜか弥三郎が目を輝かせて尋ねた。
「乳の、大きさじゃ。」
又助が、自分の胸のあたりを両腕で盛り上げる仕草をして、やや野卑な笑いを口の端で噛み殺しながら、脇の朋輩に答えた。
「男子は、乳房が好きじゃ。お館様とて男子。もっとも、その折は生まれたての赤子ではあったが・・・。」
先ほど深刻な面持ちで疲れを口にしていた秀吉が、上座で、なにか元気になっている。
「そうか。それにゃあ違えねえ。又助さんの言う通り、男子はみな乳が好きじゃ。たわわな、すべすべした、むっちりとした乳がな。儂なぞ、今も好きじゃ。女房のは、いささか萎れてきたがの。見つからねえように、他所の乳をあれこれ、まさぐるのよ・・・ところで、おみゃあさん、剃髪された尼御前と寺の縁側でそのような話をしとるのか!この罰当たりがよ!」
そう言って大笑いした。又助も笑った。見ると、座敷の奥のほうで謹直そうな才槌頭までが苦笑しているのがわかる。脇で弥三郎も、仕方ないなという風にふっと鼻を鳴らした。又助は、得意げに続けた。
「養徳院様は、とにかく、むちむちと豊満でござった。そして、頓智がきいてござった。幼きお館様が乳首を噛む気配を示すと、噛ませず、まず頭をぎゅっと押さえ、そのまま胸の肉に圧しつけるのだそうで。さすれば、ほどなく息が続かなくなり、お館様は悪さを止めまする。のちには、廻りの者共の眼に触れぬよう、胸の肉で隠れて鼻の頭をつまみ、息を苦しくさせるようなことまでなさり、とにかく、噛むと痛い目に遭うことを学んでいただくようにしたのじゃと。」
「そうしておとなしく乳を吸えば、腹も満ち、すやすやと寝に就ける・・・普通の赤子なら学ばずともとうに知っておることを、お館様は、わざわざ乳母に学ばねばならなかったのだな。なるほど・・・のう。」
弥三郎が、なぜか納得顔に頷いた。




