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華闘記  作者: 早川隆
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第四章  罠  (七)

自ら死す覚悟を静かに決めると、勝蔵はひとり味方の隊列から離れ、「人間無骨」を地に突き立て周囲の地勢を確認した。丘のうねりや高低をよく観て、駆け上がる通路を頭に叩き込み、何人の味方が生き残れるかを計算した。もはや、谷底に長居は無用。そのまま号令をかけ、全軍に突撃を命じようとした、その瞬間。


眼の前の、草が動いた。


もこりと、丸く草地が盛り上がり、勝蔵の視界に下から急にせり出してきた。草の下の闇にふたつの眼が開き、ぎろりと勝蔵を(にら)んだ。そしてその草の塊は、なにやら長い棹状のものを前に突き出して、黄ばんだ歯を見せ、ニヤリと笑った。




不思議な瞬間だった。


ほんの僅かのあいだのことであるのに、勝蔵には、まるで(とき)が永遠に止まってしまったかのように思えた。草の塊は、その棹状の火縄銃を構え、至近距離から勝蔵を狙ったまま静止した。周囲の味方兵士や丘の上の敵勢の存在も消え失せた。すべてが止まってしまった世界のなかで、ただ勝蔵の意識だけが高速度で回転をはじめた。




(とど)まるも退()がるもご随意に。


待てよ。勝蔵は、思った。


待てよ・・・あの一言。羽黒の陣で、遣わされて来た使者が言った、あの、さりげない一言。




あの一言に乗せられて、勝蔵は策を誤った。迅速な敵軍の反撃を全く予期できず、危険きわまりない突出地に、ただ孤軍で野陣を張るという自殺行為をしてしまった。そして、それが今に至るすべての悪運のはじまりだった。


もしかしたら・・・勝蔵は、気づいた。もしかしたら。


あの使者は、敵が間近に来ているということを、すでに知っていた(・・・・・・・・)のではないか?




あの使者は、敵が来ていることを知りながら、実に言葉巧みに、焦る勝蔵にさりげなく魅惑的な餌をちらつかせ、彼を巧みに(そそのか)し、(あお)ったのではないか。


その場に留まるよう。危険地帯に脆弱な野陣を張るよう。そして、勝蔵がその必然として無様な敗北を喫するよう、わざと仕向けたのではないか?




(とど)まるも退()がるもご随意に。


勝蔵は、使者に命じてこう言わせた、その相手の涼し気な(さか)しら顔を思い浮かべた。まったく、完璧な目眩(めくら)ましだ。手柄を焦る勝蔵が、敵前で退がるという選択などせぬことを見通し、それをわかっていながら、敢えて使者にそう言わせたのである。


すなわちそれは、羽黒に留まるという選択をしたのは、あくまで勝蔵である、と周囲に認識させるための責任逃れであった。そしてその上で、留まって勝利を得ることによる未来の可能性と計り知れぬ利得とを示して、勝蔵と、三千の部下たちの命を、生き餌として、間近に迫り来たる敵に投げ与えたのである。




味方の中に、敵が居た!


勝蔵は、その本能的な勘と優れた知力で、この恐るべき可能性に気づいた。だが、彼に残された時間は、あまりに少なかった。彼には、優れた指揮官として大成する余裕も、丘上の敵を蹴散らす時間も、そしていま知った、おそるべき真の敵を打ち倒す(いとま)も無かった。




なぜなら彼は、草木で偽装し、地に伏せて潜伏していた敵の狙撃兵と、いままさに向かい合って立っていたからである。彼に残された時間はもう、無かった。


やがて、止まった世界が動き出し、時がふたたび刻まれ、徳川方・水野勝成配下の鉄砲足軽、杉山孫六は静かに引鉄を引いた。




「人間無骨」を手にした鬼武蔵の眉間に、小さなまるい穴が開き、そこから喰い込んだ鉛弾は、そのまま脳髄を直進して彼の頭蓋骨を破砕し、後頭部が真っ赤な柘榴(ざくろ)の果肉のように四周に弾け飛んだ。

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