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華闘記  作者: 早川隆
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第四章  罠  (五)

森勝蔵長可は、(しゅうと)の池田勝入斎(しょうにゅうさい)恒興と常に共同で活動していると世間では思われがちである。それほどまでこの両名の関係性は強固で、信頼も揺るぎないものであると印象されてきた。


個人の関係についていえば、たしかに事実である。だが実際には、池田勢と森勢は、それぞれ独立した領主に率いられた別個の戦闘単位であり、そもそも作戦を発起した拠点からして、ぜんぜん違う。池田勢は、木曽川の向こう側、美濃の大垣城から発して長駆、犬山城を陥落させた。対して森勢は、川岸のこちら側、犬山城の真東数里に在る兼山城が策源地で、実は犬山の攻落には直接には関わっていない。


勝蔵たちが現地に到着したときには、ほぼ空城に近かった犬山は敢えなく陥ち、あちこちに備前蝶(びぜんちょう)の旗指物が翩翻(へんぽん)と翻っていた。得意満面で城外へ勝蔵を迎えた舅は、これからともに南進し、一気に小牧山を陥れようと言った。そして、言われるがまま羽黒まで前進し、勝蔵はひとまずそこに野陣を敷いたのであった。




ところが・・・舅の大軍はそのあとすぐに踵を返して犬山に戻り、前線には三千の森軍のみが残された。敵陣からの諜報で、徳川・織田方が予想より素早く反応し、すでに小牧山城へ敵主力軍が到着しているというのである。


その報をもたらした者は、使者を通じ、同時に勝蔵にこう私見を添えた。


(とど)まるも退()がるもご随意に。ただし、ここに留まり敵勢を威圧・拘束できれば、主将・羽柴筑前守秀吉の来着とともに、先陣きって小牧山に攻めかかれるかも知れませぬな、と。




これは、勝蔵にとってこのうえない魅惑的な誘い文句だった。


すでに、舅の池田勢は犬山奪取という大功を成し遂げた。次は自分が破格の手柄を、この「鬼武蔵」の名乗りに恥じぬ手柄を立てる番だ。そして、その勢いのまま前線に出張り、慌てる織田・徳川連合軍に睨みを効かせ、秀吉来着とともに一番槍として挑みかかる。


まさに、完璧な晴れ舞台である。おそらく舅がいったん軍を引いたのも、勝蔵にその栄誉を与えんがための、身内としての気遣いであろう。


勝蔵は、その使者のすすめに乗った。彼は撤退せず、そのまま羽黒に布陣する道を選んだ。おそらく、徳川軍前衛との触接は、明日になるだろう。小勢であろうが、まずは機先を制してこれを容赦なくひと叩きせねばなるまい。


彼は、ひとりほくそ笑みながら、「人間無骨」の穂先をしごいた。




ところが徳川軍は、そうした勝蔵の予想をさらに越えた果敢さと敏活さを持っていた。彼らはなんと、その日の夜半、森勢に奇襲をかけてきた。闇の中からとつぜん飛びかかってきた先手の一千に対し、森勢はよく反撃してこれをいったん撃退したが、次いで松平家忠勢の強力な鉄砲攻撃、さらに徳川家中きっての精鋭、酒井忠次の軍が背後に廻って退路を断つ動きをしたことにより、遂に崩れた。


犬山の城まで、わずかに一里ほど。しかし優勢な敵に追われ、暗闇の中を退がるその距離は、無限に長いものに思えた。そして何より、将の森勝蔵長可が、敵前で退却する経験をしたことがなかった。


鬼武蔵は常に勝ち、常に前進する。敵に背を見せたことは、これまで、ない。それゆえ、当夜の勝蔵の指揮は混乱して適切さを欠き、判断が遅れ、ために多くの命が人知れず次々と夜闇のなかに散っていった。

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