第四章 罠 (二)
「首狭間と申すか・・・ここは。」
森勝蔵長可は、高所に陣取る敵勢の夥しい旗指物の群れを見上げながら、そう口に出した。誰かが答えた。
「いかにも。入口の狭い、首根の縊れたような地形ゆえ。」
勝蔵は、ふっ、と笑い、言葉を継いだ。
「まさに、今の我らが置かれている立場、そのままじゃな。」
周囲数名の部下たちから、どこか乾いた、低い笑いが起きた。そのとおり。我らの首にはすでに粗縄がかかり、眼前に陣取る敵軍が、今にも総出でその縄を一斉にグイと引こうとしている。
我らは、そうされる前に総軍で斬りかかり、彼らを打倒し、その縄を自力で引きちぎらなければならない。
しかし、今こちらは谷の底、あちらは丘の上。眼前にはさらに大きな窪みが落ち込んでいる。それを踏み渉り、遮蔽物の全くない草地の急傾斜を駆け上がるうち、おそらく半数以上は鉛の銃弾と矢雨を喰らい、あえなく命を落とすことになるであろう。
一体、そのあと我らに、あれだけの大軍と格闘し、これを残らず打倒するだけの余力が残っているであろうか。
しかし、北への帰還の道筋は、彼らが塞ぐ、あの丘と丘との合間に伸びる隘路しかない。幅が狭すぎるため、隘路は直接、両側の丘から、狙いすました銃火に晒されてしまう。そこを無理に押し通ることは、すなわち集団による自殺と全く同義である。
どうみても、絶望的な戦況だった。
生来の聡明さを備えていた森勝蔵長可は、三十路を前にして、一軍の先頭でただ勇んで暴れまわるだけの将から、得られた情報を的確に分析し、次に打つべき手を論理的に考えることのできる優秀な戦術家へと成長しつつあった。彼にいま少しの時間があれば、無駄に部下を死なせず、敵をも死なせずに目的を達成する、より偉大な将帥として大成できていたかもしれない。
しかし、残念ながら、彼に残された時間は、あとほんの僅かであった。
勝蔵は、頭をめぐらし、同じ谷底の向こう側に居る義父のことを考えた。
彼の姿はここからは見えないが、いままさに、向こうの斜面の下から彼同様に敵陣を見上げ、内心唖然としていることであろう。そして、自らの動揺を部下に悟られないよう、必死に平静を保とうと努めているであろう。
しかしやがて、全滅とわかっていても、いずれ彼は突撃の采を振らねばならぬのだ。長年、ともに闘い、ともに苦労してきた部下全員を、死地へ追いやる命令を下さねばならぬのだ。
喉の奥、胃腑の底のほうから、なんともいえぬ苦い味が突き上げてきた。慚愧の念が、勝蔵の胸いっぱいにじんわりと広がった。




