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華闘記  作者: 早川隆
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第三章  鬼  (四)

秀吉がいまだ困惑するとおり、四月の六日深更に、最前線の砦・楽田(がくでん)城を発し隠密機動を始めた池田・森軍の動きは、どこか不可解なものであった。




馬の口には(ばい)を噛ませ、松明(たいまつ)は焚かず、互いの腕や肩に巻いた白布だけを目当てに、兵たちはしずしずと動いた。せいぜい二列縦隊がとれる程度の狭い街道を移動するために、数隊に分割、時間差を持って進発し、森勝蔵長可はその先頭に立った。続いて彼の(しゅうと)であり、作戦の発案者であり、この軍の実質的な総指揮者の池田勝入斎恒興が続行する。


下弦の月の出は遅く、低い雲が星明かりを覆い隠し、あたりは墨を流したような真暗闇の中。しかし、このように全員が目隠しをされたような状況であっても、破格の練度と団結心を持つ彼らは遅滞なくしっかりと移動することができる。やがてこの恐るべき精鋭軍は、まったく気取(けど)られることなく織田・徳川勢の主陣地線の側翼(そくよく)をすり抜けることに成功した。


小牧山城から発し、南東の方角へ蟹清水(かにしみず)砦、北外山(きたとやま)砦、宇田津(うたづ)砦そして田楽(でんがく)砦と、合計五塞が土塁に護られた強固な連絡路に結ばれ連なる大陣地帯のなかで、数万の織田兵、徳川兵は心地よい眠りについていた。


昼間、敵陣を指呼(しこ)()に望みながらの急速普請(ぶしん)は、そうした土木工事に慣れた者ばかりとはいえぬ彼らにとって、大いに骨の折れる重労働である。その疲労と緊張感からの開放が、夜闇に(まも)られた彼らの眠りを、泥のように深いものにしていた。


池田と森の大軍は、そんな彼らの目と鼻の先を、闇のなか音も気配も立てずに、そっと、すり抜けていった。




彼らはさらに南進し、翌日昼頃には庄内川に至っていた。この一帯は羽柴方の支配地域であり、渡河点には有力な砦が数箇所築かれている。池田・森の両軍は、いったん後続の到着をここで待った。全軍をここで集結し、さらに三隊に分かれて庄内川の浅瀬を渡河した。池田・森の精鋭は侵攻方向左翼、すなわち東側を数里、快速でぐんぐんと南下し、完全に織田、徳川連合軍の背後に廻りこむことに成功した。


この領域には、敵の主陣地線から切り離された、哨戒拠点としての小城が配されているだけであり、彼らの進軍を阻むものは、(あた)りにはなにもない。




敵戦線後方への浸透が首尾よく実現したことで、総大将・池田勝入斎恒興には、魅惑的なふたつの選択肢が用意されていた。


さらに岡崎を()くふりを見せながら南下してみせても()し。右に旋回して敵戦線を背後から襲うも佳し。いずれにせよ、失態に気づいて必死に追いかけてくる敵主力軍に捕捉されないよう、常に機動して敵の背後を引っ掻き廻すのである。さすれば敵陣は動揺し、態勢が崩れ、彼らがせっかく急速造成して身を寄せていた小牧山〜田楽の防衛線は、やがてほぼ、がら空きとなる。


秀吉率いる主力軍は、この陣地線を越え悠々と南下し、堅陣を出た丸裸の敵軍に追いすがり野戦で撃砕する。数的な優位は、圧倒的に羽柴方。


歴史的大勝利は、目前であった。




ところが、総見院(そうけんいん)信長の乳兄弟(ちきょうだい)であり、織田家最古参、歴戦の名将である勝入斎恒興は、誰も予想しておらぬ、奇妙な第三の選択肢を択ぶのである。

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