表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華闘記  作者: 早川隆
12/76

第二章  猿  (四)

「この犬山を奪えたのも、言ってみりゃあ、弥三郎さんのお陰みてえなもんよ。あまたの猪武者どものような単純な鑓働(やりばたら)きではのうて、弥三郎さんはよ、ここ。ここで戦う。」

そう言って秀吉は、頭の横で指をくるくると回して見せた。


「それが、弥三郎さんの戦よ。鎧兜(よろいかぶと)こそ着ちょらんが、敵地の(ふところ)深くに居るその立場は、戦場(いくさば)と同じくらい危ういわい。それを、やり遂げてくれた。まさに、そこらの武者まとめて一万人ぶんくらいの大功でよ!この藤吉郎がどれほど助けられたか!どんなに礼を申しても、尽くせぬほどの大手柄よ。」

秀吉はあらためて、感じ入ったように弥三郎に頭を下げた。




勿体(もったい)なや。勿体なや。それに、いささか大仰(おおぎょう)にお考えのご様子で。」

弥三郎は、相変わらずゆったりとしたものである。




「緒戦にて無傷でこの要害を奪えたのは、ひとえに勝入斎(しょうにゅうさい) (恒興)様の深き軍略、それに勝蔵 (長可)殿の果敢なる勇によるものでござる。拙者も、よもやこの木曽の大河を越え、ああもあっさり、この堅城を(おとしい)れられるものとは思っておりませなんだ。さすが、織田家中きっての精鋭部隊でござる。」


「万の大軍が一糸乱れず、ただ勝入斎殿の采配どおり動いたそうな。」

秀吉も、(うなず)きながら言った。

「なまなかな熟練ぶりでは、ああはいかぬ。功を焦り、先駆け抜駆けしようとする輩が、普通なら次々と出てきて、ばらばらの渡河になってしまう。それを抑えるたあ、ほんに見事なものよ。」


「さよう。」

弥三郎が引き取って、

「池田勢は、他からさほど多く与力(よりき)をつけられておらず、もう何年も同じ陣容で戦いを続け、しかもそのほとんどに勝ち続けてござる。常勝軍にて、しかも全く気の(ゆる)みなし。その練度の高さは、まずなによりも将星に寄せられる兵らの忠、そして日頃の鍛錬の賜物(たまもの)と申すべきでござろう。」




「しかし・・・勝蔵(かつぞう)は、そのあと間違えた。」

秀吉は口の端に笑みを浮かべて、弥三郎の称賛に釘を差した。

「城を陥れたあと、なにを思うたか、城外を南に進み、不用意にそこへ陣した。」


「そして、襲われ申した。」

長らく黙って聞いていた又助が、口を挟んできた。

(ひそ)かに近づいてきた三河殿の伏勢に。世間では、功を焦った勝蔵殿の勇み足、と受け取る者が多いようですな。」


「その前に、勝ちに(おご)り、が抜けておるでよ。」

秀吉は、又助の気遣いを笑いながら付け足した。

仔細(しさい)はよ、ようわからんで。なにしろ、この犬山攻落を合図に、日ノ本(ひのもと)をふたつに割った大戦(おおいくさ)のはじまりじゃ。儂も忙しゅうて、そのあと勝入斎殿にも勝蔵にも、とうとう会えず仕舞よ。そしてその数日後には、ふたりとも、枕を並べて討死してしもうたからの。」


「会心の大勝利のあとの、ふとした気の緩み。などと、訳知(わけし)り顔に教えてくれる者がご家中に数名。」

又助は苦笑しながら、

「さりとて、その勝蔵殿の焦りの理由、さらにそのあとの中入(なかい)りへと至った理由について。拙者に得心(とくしん)いくよう説明してくれた者はなし。今日はもしかして、御大将みずから、そのこと、お話くだされるのでございますかな?」


「いやいや。本当に、儂にもまるでわからにゃあでよ。そのこと、()るものはただ、あの親子のみ。まさに、死人に口なしじゃい。」

秀吉は、刺子布の手袋をした左手を振りながら、まじめな顔で言った。


古馴染みの二人は、この手袋の下の掌から、指が六本生えていることを知っている。秀吉は、生まれついての多指症であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ