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『十七年目の、夏』  作者: 小椋正雪
8/25

第8話:そして、咲き誇る季節へ

 ……映画館にいた。

 俺の隣には渚が座っている。

 他には誰もいない。ふたりだけだ。

 スクリーンに写っているのは、汐だった。ヨーロッパ風の衣装を身に纏って、元気に動き回っている。

 それは、この前観た、演劇部の公演。

 汐が主演女優を務めている、最新演目だった。


「面白いです」


 と、渚。


「あぁ、確かに面白い」


 俺は、そう答えた。

 スクリーンでは、汐が派手に主人公をぶっ飛ばしていた。


 やがて、ラスト間近、問題のシーンにさしかかる。


「わっ……」


 渚が一瞬、視線を逸らした。


「と、朋也くん、今、しおちゃんが、キ、キ、」

「心配するな。あれ本当にやってないから」

「やっているように見えますっ」

「うん。オッサンもそう思ったらしくてな。『なんじゃこりゃあ!』って叫びそうになって早苗さんに取り押さえられた」


 なんでも、舞台装置をフル活用した遠近法だと聞いていたが、そっちの機械の詳しい話にとなると、俺でもわからない。


「そうですか……でも、なにか複雑です」

「まあな。でも、本当にしようとしたら蹴り上げるって汐が言っていたから大丈夫だろ」

「朋也くんは、平気だったんですか?」

「ああ、事前に本人から聞いていたからな」


 でなきゃオッサンと一緒に叫んでいた。


 やがて、演劇が終わる。フィルムが抜けた映写機がカラカラと回り、館内に明かりが灯った。


「どうだった?」


 と、俺。


「最高でした」


 と、渚。


「そうだな。何たって汐だからな」

「それもそうでしたが、皆さんの演技が、すごく一生懸命でした。みんなで力を合わせているのが、とても良かったです」

「……なるほどな」


 俺は深く頷く。


「朋也くん」

「ん?」

「しおちゃんは、とても強く育ちました」

「そりゃそうだ。なんたって、俺とお前の子だからな」

「はい」


 それには自信があるとばかりに、頷く渚。


「でも、しおちゃんにはまだまだ色々なことが待っています」

「……そうだな」

「中には、しおちゃんがひとりで抱えてしまうこともあります――きっと」

「――ああ」

「だから、そのときには支えてあげてください。わたしにとっての、朋也くんのように」

「お安い御用だ」


 俺は、強く頷いて答えた。そして、久々に渚の頭に手を置く。

 渚はえへへと照れ笑いを浮かべた。


「あ、でも、しおちゃんに彼氏ができたら、ちゃんと譲ってあげてください。――きっと、大変ですけど」

「それは……お安くない御用だな。オッサンと俺どころの騒ぎじゃないぞ。たぶん」


 なんせオッサンも加わった三つ巴だ。俺がそう言うと、きっとしおちゃんが彼氏に加勢しますと言って、渚は笑う。

 俺もつられるようにして笑い、そのままそっと渚を抱いた。


「……朋也くんの方から、こうされたの、久々です」


 俺の腕の中で目を細めて、渚が呟く。


「当たり前だ。あれからもう何年経っていると思ってるんだ、渚」


 涙が出そうになるのを、強く瞬きをして誤魔化す俺。


「――しおちゃんのこと、お願いします」

「ああ、わかっているよ」


 俺は渚を強く抱きしめる。



「ちょ、ちょちょちょちょっとぉおおお!」


 ……なんだか、オーバーアクションで驚くようになったな。可愛いやつめ。




『そして、咲き誇る季節へ』




「一子相伝、だんごバリアー!」


 ぼふっと俺の顔に何かがぶつかった。

 目を開ける。

 だんごがすぐ目の前にあった。

 ていうか、俺はだんごに顔面を密着させていた。

 もちろん、すぐに息苦しくなる。


「ぶはっ!」


 だんごをはねのけて起き上がる。その視線の先には、仁王立ちの汐が待ち構えていた。


「お前なっ、いきなりなに――」

「そりゃこっちの台詞よ!」

 

往時の渚に負けず劣らず、顔を真っ赤にして、汐。


「危うく火曜サスペンス劇場もびっくりな展開になるとこだったじゃない!」


 か、火曜サスペンス? ――ってまさか。


「……何をしていた? 俺は」

「父親を起こそうとした娘に抱きついて顔を寄せてきた」


 きっぱりと、汐。――って、ちょっと待て。


「抱きついてなんだって?」


 俺は、慌てて座り直しながら訊く。

 すると汐は急に後ろを向いて、


「しらないっ」


 思いっきり拗ねていた。どうやら、ひどく誤解されてしまっている。

「汐、あのな……」

「もうあれね、おとーさんの前でラフな格好できないわね」


 まだまだ暑いため、パジャマ代わりにTシャツとスパッツを着ている汐は、壁にかけてあった制服をハンガーごと掴むと脱衣場に入った。そこは、風呂、トイレと並んでプライバシーを保てる場所だから、汐の着替えは専らここで行われる(前にものすごく急いでいた汐が俺の目の前で着替え始めたことがあったが、そのときは俺が脱衣場に飛び込んだ)。


「……安心しろ、俺は――」

「お母さん一筋でしょ? ……いままでの、冗談で言ってただけだから」

「……あぁ」


 内心、大いに胸をなで下ろしているのだが、なんでもないように答える俺。

 一応、父親の威厳というものが俺にもある。


「実際、寝言で『渚っ』って言っていたしね」

「マジかっ」

「マジマジ」


 今度は俺が赤面する。

 慌てて隠そうとしたが、そう簡単に隠せれば苦労しない。

 着替え終わった汐にバッチリ見られてしまった。

 すると、汐は満足したように、


「おとーさん……妬けるわねっ」

「妬くなっ」


 ますます赤面してしまう。

「にしてもお前、本当に着替え速いのな」

「フッフッフ。早脱ぎ早着替えは演劇部部員の特技だもん。どんな衣装だって決められたテンポで変えないといけないでしょ?」

「なるほど……な」


 少し、舞台裏を覗きたくなった……って、何を考えている、俺っ。


「——どうしたの?」

「い、いや、なんでも」

「ん。朝食、ベーコンエッグでいい?」

「あぁ、任せる」


 そう答える頃には、汐は制服の上からエプロンを付けて朝食の準備に取りかかっている。

 俺も、顔を洗うべく立ち上がった。




「いただきます」

「いただきます」


 唱和して、朝食に取りかかる。


「こうしていると……」


 と、汐。


「なんか、同棲しているように見えるよね。わたし達」

「ぶふ――っ!?」

「落ち着いて食べてよ、おとーさん」


 呆れた貌して言うな、確信犯。


「――なんだ、今日は一日中そのネタで俺をいじめるつもりか?」

「ん、そう言う訳じゃないんだけど……」


 そう言って、汐は積み直しただんご大家族のクッションに目をやった。


「おとーさんって、やっぱりお母さん一筋なのよね」

「ああ、そーだよ」

「ん、その心意気や良し!」


 思っていた以上に、力強く背中をはたかれる。

 俺は、少し咳き込みながらも、自分の感じていたものが間違いないことであると、確信していた。


 あの日、渚の墓参りから汐は少し変わった。


 例えばそう、お母さんという言葉を使うようになったところとか。

 昔はママと呼んでいたのに、いつ頃か使わなくなって、『あの人』呼ばわりしていたのを少し心配していたのだが、

 どうやら、自力で解決したようだ。


「渚……。俺、いらないじゃん……」


 思わず、呟いてしまう。


「そんなこと、ないでしょ」

「え!?」


 聞きとがめられるならともかく、答えられるとは思っていなかったので、俺は汐の顔をまじまじと見てしまった。

 当の汐も、まさかそこまで驚かれるとは思っていなかったらしい、わざとらしく咳をすると、


「んー、夢でお母さんに、わたしのこと頼まれたと思ったの。何となくだけどね」

「……すげーな。お前。まさにその通りだよ」

「そ、そう?」


 照れ隠しに笑う汐。


「どっちにしても、わたしはおとーさんにいて欲しいと思っているし、困ったときには助けてくれると嬉しいと思ってる。いままでも助けて貰ったしね」


 そう言って、汐は嬉しそうに笑った。


「……そうか」

「うん。――おっと、そろそろ行かなくちゃ。ごちそーさま」

「ああ、食器洗うの俺がやっておくよ」

「ありがとっ」


 そう言いながらも、汐は鞄を手に取り、靴を履いた。


「それじゃ、ね。あ、帰りは遅くなるかも。新演目の話し合いがあるから」

「わかった。気を付けてな」


 汐がドアを開ける。

 外は快晴のため、眩しかった。

 それはまるで、渚と別れたあの場所――坂の先を思い起こさせる。

 でも、この光は別れの光じゃない。もっと暖かい、未来への光だ。汐がこれから過ごすことになる、世界の光だ。


「いってきまーす!」


 汐がその光の中に飛び込んで行く。


「……いってらっしゃい」


 俺は、何故かすごく満足した気分になってそれを見送った。


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