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『十七年目の、夏』  作者: 小椋正雪
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第6話:おじさまとわたし

 学校から帰ってくると、部屋に見知らぬ人がいた。

 年の頃は、おとーさんと同じか。

 童顔で、あまり似合わない顎髭を生やしている。


「お帰り、汐ちゃん」

「……家を間違えました。ごめんなさい」


 そう謝って、わたしは外に出た。


「いや、間違ってないから、間違ってないからねぇ!」


 慌てたかのように、中から声が響く。




 『おじさまとわたし』




「吃驚しました?」

「吃驚つうより、悪質ですよねぇ!?」


 と、面白い顔で聞き返す、見知らぬ人改めよく知っている人。

 この人の名前は春原陽平。

 おとーさんの友人である。

 なんでも、付き合いはあの人より長いらしい。


「ああ、焦った。すっかり忘れ去られちゃったのかと思っちゃったよ……」

「この前会ったのは、わたしが高校に入る前でしたっけ。春原のおじさま?」

「お、おじさまぁ!?」


 再び面白い顔をする、春原のおじさま。

 実は、この顔が楽しみなのでこう呼んでいたりする。


「汐ちゃん、その呼び名やめないかな。昔だったらダンディーだと思うんだろうけど、最近年齢的に洒落にならないからさ……」


 ……昔ならOKだったのか。


「うーん、じゃあ――春原伯爵」

「僕、何の脈絡もなしに貴族っすか!」

「カイゼル髭とか生やしたら面白いかなって思っただけだけど」

「……ほかにない?」

「うーん、じゃあ――ダンシング春原」

「僕、ダンサーなんですかねぇ!?」

「え、だって昔授業中にレッツゴーとか叫んで歌いながら踊ってたっておとーさんが。しかも二回」

「踊ってないよっ! くそっ、岡崎の奴、誇張して汐ちゃんに教えやがって……っていうか、そもそもはあいつの口車のせいじゃないかっ」


 ――歌ってはいたんだ。どっちも冗談だと思っていたんだけど。


「……ほかにない?」

「うーん、じゃあ――春原男爵」

「さっきと同じパターンで、なおかつ階級下がってませんかねえ!?」

「でも、伯爵よりすごい髭をしてそう。イメージ的に」


 むろん、私は男爵や伯爵と呼ばれる人に会ったことも無いのだけれど、何故か男爵と聞くと、お髭の生えた機動戦士を連想してしまうのだ(あっきーの部屋の、一番目立つところに飾ってあったりするせいだろうか)。


「……あのさ、普通に春原さん、とか陽平さん、って選択肢、無い?」

「ないです」


 返答に一秒。きっぱりと、断言するわたし。


「……春原のおじさまでいいです……」


 やや陰が薄くなった感じで、春原のおじさまは諦めてくれた。


「それより、おとー——父は? 今日は確か休みを取っていたはずなんですけど」

「ああ、飲み物無いから買ってくるって」

「なるほど」


 それでお留守番していたという訳なのだろう。


「で、わたしに手を出したら何をするって言っていました?」

「鼻をスパナで回してやるってさ。って、岡崎のことはなんでもお見通しなんだね」

「父娘ですから」

「だね。キッツイ冗談聞いていると岡崎と話しているような気がするよ。ところで、さっきの話だけど、他に何か岡崎から吹き込まれてない?」

「吹き込んでいるのかは知らないけど……藤林先生の妹さんの胸を、何の脈絡もなしに揉もうとしたとか」

「それも岡崎にはめられたの!」


 たとえ騙されたとしても、実行することそのものがどうかと思う。


「はぁ……なんか他のこと訊くのが怖くなってきたよ……」

「そうですよね。女子更衣室にそのまんま入ってきて、男子用と間違えましたって言い訳で誤魔化そうとしたっていうのはストレートに引きましたし」

「んなことはやってない!」

「そりゃそうでしょう。いまのわたしのオリジナルです」

「ぐはっ」


 吐血したような悲鳴を上げて、春原のおじさまは盛大にこけた。

 …………。

 ……。

 …………。


「無視ですかっ!?」

「あ、起きました?」


 実はちゃんと時間を計っている。90秒きっかりだった。


「……今の放置も岡崎から習ったの?」

「――よくわかりますね」

「そりゃ、ね……」



 ため息を付いている。

「ところで、今日は一体どうしたんです?」

「え……? 岡崎から何か聞いていない?」


 ……はて?


「いえ、特には無いですけど」

「そうか……じゃあ、僕からは何も言えないな」


 座り直しながら、春原のおじさまはそう言ってため息をついた。

 なんだろう、かなり気になる。

 気になるけれど、わたしはそれ以上の追求をやめた。

 おそらく、わたしが本気でかかれば春原のおじさまは喋ってしまうだろうが、それはおとーさんの口から聞いた方が良いと思ったためだ。



「でもまあ、ヒントをひとつだけ」


 わっ、自分から喋ろうとしてる!


「明日、僕はまたこっちに来るから」


 ――少し難しいヒントだった。どうも春原のおじさまと関係があるようだが……。


「あれ? それじゃ今夜はどうするんですか?」


 急に別の浮かんだ疑問を、わたしは口に出していた。

 確か、春原のおじさまは今、ここからかなり離れた社員寮に住んでいるはずだ。


「ああ、うん。近くのホテルに泊まるつもりだけど」

「うちに泊まっていったらどうです?」

「う、汐ちゃんと同じ部屋で!?」


 ――鼻の下が伸びてる。

 微妙に赤面している。

 口元がにやつき始めてる。

 一体ナニを想像しているんだか。


「しょ、しょうがないよね。汐ちゃんの頼みじゃ。じゃあ僕汐ちゃんと寝ることにするよ――」


 ゴスッと、春原のおじさまの脳天に、中身入りのペットボトルが炸裂した。


「お前な……嫁入り前の女の子、しかもうちの娘に、なにセクハラなこと喋ってやがる」

「あ、おとーさんお帰り」

「あぁ、ただいま。――汐、春原に何かされなかったか?」

「まさか。もしされそうになったら128回は宙に舞ってもらうつもりだったし」

「ははっ、そいつはいいや」

「なに父娘で穏やかに物騒な話してるんですかねえ!?」


 床に沈んでいた春原のおじさまが復活した。


「それと汐ちゃん、岡崎が帰ってきているのに気付いて僕を誘ったでしょ!?」

「いえ、偶然の一致です」


 実際には春原のおじさまが鼻を伸ばしている時点で、ペットボトルを振り上げているおとーさんには気付いていたのだが、まぁ自業自得と言うことで黙っていたんだけど。


「はぁ……姿形は渚ちゃんだけど、性格はまんまアンタなのな」

「いや、顔は母親譲りだが、身体付きは隔世遺伝らしい」

「へ?」

「早苗さん並ってことだよ。汐、減りはしないから教えてやれ」

「はーい」

「え? なに? なに?」


 状況が掴めていない春原のおじさまの耳に、わたしはそっと囁いた。


「――きゅ、きゅ、きゅっ、94だってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええ!?」


 うわあ、ものの見事に騙されている。


「俺もこの前聞いて驚いた」


 話を合わせてくれるおとーさん。

 口の端がニヤリとしているが、春原のおじさまは気付いていない。


「ううっ、てっきり63位だと思っていたのにっ! 最近の女子高生は発育がよすぎるでしょ……!」


 そこまで小さくはないです。


「う、汐ちゃん、やっぱりそこまででかいと肩こるって本当?」

「まあ、それなりに」

「やっぱりそうか! そのまま下を見ると爪先も見えないってのも本当なの?」

「まあ、それなりに」

「やっぱり飛び跳ねると揺れる? 揺れちゃう!?」

「まあ、それなりに」

「それなりに揺れるのかあぁ!?」


 懊悩する春原のおじさま。

 ……にしても、オトコってみんなこーなんだろーか。

 試しに訝しげな視線をおとーさんに向けると、とんでもないとばかりに首を左右に振っていた。


「羨ましいぞっ! 岡崎いぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「はっはっは。そーかそーか、羨ましいか」

「当然だっ! 娘とは言え巨乳高校生だぞっ! 昔言ったろっ、おっぱいを馬鹿にするとおっぱいに泣くぞって! って、今泣いているのは僕かあああああっ!」

「そんなこと言うと思ってな――手を打っておいた」

「――え?」


 ピタリと、絶好調だった春原のおじさまが止まる。

 わたしは、おとーさんが指さす先――この家のドアを見てみた。

 すると。

 ゆっくりと、ドアが開く。同時に、目に見えんばかりの怒気が部屋に流れ込んでくる。


「あー、本日のスペシャルゲスト、芽衣ちゃんだ」

「めひっ――」


 変な悲鳴が上がる。

 見ると、春原のおじさまは、あの面白い顔のまま固まっていた。


「あ、お久しぶりです。芽衣さん」

「こちらこそ、お久しぶりです。汐さん」


 芽衣さん――春原のおじさまの妹――は、一言で言えば『綺麗なお姉さん』だ。

 だが、今はその周囲に怒りのオーラが漂っていて、並みの男じゃ話しかけられない状態になっている。


「ふっふっふ。なんで俺がたかが飲み物買いに行くのにこんなに時間がかかったと思っている」


 春原のおじさまは答えない。

 石のままになっている。

 仕方がないので、わたしが代わりに訊いた。


「春原のおじさまと一緒に、芽衣さんも呼んでいたの?」

「ああ。昨日春原と電話で話しているときにここんとこずっと田舎に連絡してないって言うからな。で、さっきうまく合流できたってことだ」


 そう言って、芽衣さんに向き直るおとーさん。


「というわけで芽衣ちゃん、こいつは今日もこんな感じで元気です」

「わざわざ済みません、岡崎さん。なんかものすごく恥ずかしいことを連発して叫んでいたようで……ところでこれ、持っていっていいですか?」

「「どーぞどーぞ」」


 父娘の呼吸で、完全にハモらせて、わたしたちは持っていってくださいとジェスチャーもつけた。

 ちなみに、その動作もしっかりとシンクロしていたりする。


「ちょっと待てえええぇぇ!」


 再び復活した春原のおじさまが叫ぶが、


「もう黙って。今日ほど呆れた日は無いから」


 芽衣さんにがっしりと襟を捕まれていた。


「今夜は私も同じホテルだから――覚悟してね」

「え、あの、ちょっと、芽衣? う、うわ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ……!」


 外に引きずられていく春原のおじさま。

 それには何も言わず、親指をぐっと突き立てるおとーさん。

 わたしも同じポーズをとる。


「「グッド・クライシス!(良い危機を!)」」

「あんたら、間違いなく父娘ですねええええええええええええぇぇぇぇ――!」

「それでは――」

「また明日」


 春原のおじさまを引きずったまま、お辞儀する芽衣さんに、おとーさんは片手をあげて答え、バタンとドアが閉じる。

 やがて、


「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……!」


 近所迷惑クラスの悲鳴が、辺りに響き渡った。


「……いつも、ああいうのやっていたの?」

「ああ、学校にいた時はしょっちゅうだったかな」


 せっかく買ったペットボトルが無駄になったな……とか呟きながら、それを冷蔵庫にしまうおとーさん。


「ところで何しにきたの? 春原のおじさま。あと芽衣さんも」

「ああ、その、な」


 珍しく、少し言葉を濁らせて、おとーさんはわたしに言った。


「明日の、渚の墓参りの打ち合わせ」


 ……え?


「……そう」

「すまん、ちょっと言い出しづらくてな」

「ん、別にいいよ、気にしないで……」


 そう言いながらわたしは、流しに向かう。えーと、アレは何処かな……。


「? 何を探しているんだ?」

「フライパン」

「? 何に使うんだ」

「何って……」


 目的のものを見つけて、私はそれを逆手に持った。


「そんな大事なことを、前日まで娘に教えなかった、おとーさんに対する、お・し・お・き」

「え……」


 今度はおとーさんが固まる。


「さっきの春原のおじさまと同じ気分、たっぷりと味わってね」


 にっこり笑って、わたしはそう宣言した。

 ほどなくして先ほどのものと変わらない悲鳴が、近所の犬達を吠えさせる。

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