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『十七年目の、夏』  作者: 小椋正雪
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第4話:古河パンと秘密の部屋

 週末から、おとーさんが会社の研修に出ることになった。

 なんでも泊まり込みになるらしく、丸々一週間戻ってこられないとのこと。


「資格でも取るの?」

「いや、新しい技術を現地で学びに行くだけ。芳野さんに薦められてな」

「なるほどね」


 さて、そうなると問題が発生する。

 ズバリこのわたし、岡崎汐の処遇だ。そのことを話すと、


「あぁ、その件なんだが」

「うん」

「汐ももう高校二年生だし、そろそろ一人暮らしってやつを満喫させてやろうかと――」

「うん!」

「思ったりもしたんだが、やっぱり女の子が一人暮らしってのはなにかと危険だからな、早苗さんに連絡入れておいた。しばらくは古河家から学校に通ってくれ」

「……うん」

「不満げだな」

「そーいうわけじゃないけど――」

「汐の事は信頼している。問題はだな……」

「?」

「俺のいない間に、みょーな虫がつかんかどうかということでな……」

「そっちか!」


 すごくわかりやすかったっ。


「まぁでも、何となくわかるわ。了解。しばらくは古河家で生活します」

「あぁ。すまんな」

「気にしないで。それより、向こうで無茶しないでよ」

「絶対に、しない」


 家にいるときは、どちらかというとだらしないおとーさんが、真面目にそう言う。


「何があっても、俺は汐の次に自分の命を優先するからな。俺は絶対にお前をひとりにしない」

「……うん。わかってる」


 昔からの、おとーさんの口癖。絶対にお前をひとりにしない。

 昔は、その意味が曖昧にしかわからなかったけれど、

 今は、痛いほどわかった。

 多分ここ最近、あの人が関わっていたものに触れてきたからだろう……。




 店舗と住居が一緒になっている家には必ず、店の出入り口とは別に玄関がある。

 無論、古河家にもある。

 けれども、その玄関を利用している人をわたしはいままで見たことがない。

 おそらくそれが、古河家が古河家である所以なのだと思う。

 だから、わたしも店の出入り口から入ったのだった。


「こんにちはー。お世話になります」


 レジの側にいた人影が、わたしを認識した。


「ようっ、久し振りじゃねーか。汐。オッパイでかくなったか?」


 ……相変わらずあっきーは人に会うたびセクシャルハラスメントな事を聞いてくる。

 昔は、思わず赤面したりしてさらにからかわれたりしたものだが、もうわたしもそこまで子供じゃない。


「うん、あのね……」


 だから、わたしはわざと赤面してそっとあっきーの耳元で囁いてあげた。


「――っな、なにぃ!? 94だとぉおおおおおおおおおおおおおお!?」


 効果、覿面。


「くそっ、てっきり83位だと思っていたのによっ! 最近の女子高生は発育がよすぎるぜ……!」


 さすがあっきー。ぴったり合ってます。


「なぁ、やっぱりそこまででかいと肩こるって本当か?」

「うんまあ、結構」

「やっぱりそうか! 爪先も見えないってのも本当なんだな?」

「うんまあ、結構」

「やっぱり飛び跳ねると揺れるのか? 揺れちまうのか!?」

「うんまあ、結構」

「結構揺れるのかよっ!?」


 懊悩するあっきー。


「羨ましいぞっ! 小僧おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 うわ、本気でおとーさんを羨ましがっている。


「ま、まあそいつはいい……汐、久々にが我が家に泊まるんだ、遊ぼうぜ」

「遊ぶって、店番はどうするの?」

「早苗に任せておけばいい。そういや、早苗で思い出したぞ……」


 そう言いながら一度奥に引っ込んだあっきーは、大きな筒状のものを持って戻ってきた。


「よし、この前開発した早苗バズーカで遊ぶぞ!」

「……早苗バズーカ?」


 可愛らしいというか、物騒というか……。


「弾頭はな、早苗が作ったコロネ型フランスパンで――」


 パンの陳列棚から実物を手渡してくれる。まるで、ドリルのようなパンだった。というかドリルとして使えそうなくらい固い……。


「炸薬は、早苗の黄粉パンVer4.3だ」


 早苗さんの黄粉パンというと、当初から煙幕代わりになるという便利だかなんだかわからない代物としてご近所にその名が知れ渡っていたが、その煙幕の具合をどうにか抑えようと早苗さんが改良していく内に、逆に威力が上がってしまったという、困った代物である。

 現在の最新バージョンは4.3だが、その威力はちょっとした消火器並になっていた。


「まあ要は、黄粉パンを炸裂させて、その威力でドリルパンを飛ばすわけだ。すげえぞ、なんせ中身入りの缶ジュースをぶち抜いたからな」


 それはもう、玩具じゃなくて兵器か何かだと思う。


「オーケイチルドレン。レッツ、シューティン――」


 わたしは、あっきーの袖を引っ張った。


「あん?」

「早苗さんが、クラウチングスタートの準備をしているけど」


 私の指さす先、ご丁寧に店のドアを開けて、リレーの選手よろしく早苗さんが飛び出す用意をしていた。

 羨ましいというべきか、悔しいというべきか、お尻はわたしより引き締まっている。


「さ、早苗――」

「わたしの――」


 クラウチングスタートのせいで表情はわからなかったが、肩がわなわな震えている。


「わたしのパンは――バズーカ並なんですねーーーーーーーーーーーっ!」

「俺はバズーカな早苗が大好きだーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 弾丸のように飛び出す早苗さんを追いかけてあっきーも飛び出していく。

 ……バズーカな早苗さんって、どういう早苗さんなんだろう。


「っていうか、どうすればいいんだろ……お店」


 わたしは少し待ってみた。

 ……だれも帰ってこない。


「――店番しよ」


 わたしは、エプロンを探す。丁度ひとつ同じサイズのものがあったので、それを付けると、


「……あら?」


 丁度お客さんが来店してきた。


「いらっしゃいませ――あ、御不沙汰しています」


 お客さんは、古河パンの常連客で、わたしの友人の身内でもある、伊吹公子さんだった。


「お久しぶりです、汐ちゃん」


 公子さんはそう言ってお辞儀した後、


「珍しいですね。お店の番ですか?」


 と、訊いて来た。


「ええまあ。その――本来の店長以下全従業員が、いま――例によって町内を駆け回っているもので……」

「なるほど。それでも珍しいですね」

「ええ。それに加えて、今日からしばらくここで寝泊まりすることになって……」

「祐君から大体聞いてます。お父さんが研修に行っているんですね」

「はい」

「頑張ってくださいねっ」

「はいっ」


 お互い、ぐっと拳を突き出し合う。


「おっと、立ち話ばっかりもなんですからどうぞ」


 そう言ってわたしは、トングとトレイを公子さんに手渡した。


「ありがとうございます」


 丁寧に受け取った公子さんは、すぐさまパンを選んでトレイに積み始めた。きっと『いつものパン』を選んでいるのだろう。


「おねがいします」

「はい」


 さほど時間をかけずに戻ってきたトレイを受け取り、わたしはレジ打ちを始める。

 それを半分くらいテキパキと進めていると、


「価格、覚えているんですか?」


 驚いたように、公子さんはそう言った。


「時々遊びに来ていますから大体は」

「なるほど、汐ちゃんの記憶力はすごいですね。それはきっとお母さん譲りですよ。きっと」

「……記憶力、良かったんですか?」

「はい。暗記は抜群でした」

「なるほど……憶えておきます」

「はい。――あ、私が言うべき事じゃなかったですね」

「そんなことないですよ」


 すべてのレジ打ちが終わり、パンの種類に合わせて小袋に詰めながら、わたしは答えた。


「いろんな人から、色々な思い出話を聞くと、その人の視点の話が聞けますから。多分、記憶力が良いってことをみんな憶えているんでしょうけど、それを思い出話として話してくれるのはきっと公子さんだけなんです」


 小袋を大きな袋に詰め、それを渡すと同時に代金を受け取り、お釣りを返しながらわたしは続ける。


「だから、今のお話はとても参考になりました。ありがとうございます」

「……いえ、汐ちゃんこそ。まるで負うた子に教わった感じです。ありがとう御座いました」


 そう言って、公子さんはぺこりと頭を下げた。なんとも言うべき言葉が見つからず、わたしは照れ隠しに頭を掻く。そんなわたしを穏やかな貌で見つめていた公子さんは、


「あぁ、そうでした。ふぅちゃんが今度遊びに行くそうです。あの子、大事な――あ」


 ……大事な?


「なんです?」

「い、ぃえ、本人から聞いてくださいねっ」

 と、珍しいことに公子さんは話を誤魔化した。

「今のお話、ふぅちゃんには内緒でお願いします」

「はぁ……」

「それでは……頑張ってくださいね」

「あ、はい。ありがとうございましたー」


 パンの袋を両手で持って、公子さんは帰っていった。

 ……大事な――なんなんだろう。というか、


「公子さん、いつまで経っても若いなー」


 あまりつきあいがある方じゃないけど、そう思う。


「すみませんっ、汐ちゃんのこと忘れていましたっ」


 そして、いつまで経っても若い人がもうひとり、帰ってきた。




「あっきーは?」

「撒いてきました」


 廊下を歩きながらわたしがまだ帰ってきていない人を問うと、早苗さんは自信たっぷりにそう答えた。


「最近の秋生さん、煙草が祟ってスタミナが落ちているんですよ」

「あらま」


 でも、勘のいいあっきーのことだ。早苗さんが帰っていることを察して、すぐに戻ってくるだろう。


「それにしても、さっき公子さんと話したんですけど、汐ちゃんちゃんとレジ打ち出来るんですねっ。びっくりしましたよ」


 どうも帰ってくる途中で、公子さんと会ったらしい。早苗さんは嬉しそうにそう言った。


「汐ちゃん、うちでアルバイトしませんか?」

「そうしたいのは、山々なんですけど、平日は部活が忙しいから……ごめんなさい」

「いえ、そういうことなら仕方ないですね」

「いずれは、やってみたいんですけどね」

「わかりました。楽しみに待ってますね」


 そう言いながら早苗さんは廊下を進む。……あれ?

 いつもの、私が泊まるときに使う和室を越えた。今日泊まる部屋は別の部屋なのだろうか。あっきーの部屋は機動戦士で一杯だし、早苗さんの部屋に泊まるのだろうか。


「あの、早苗さん、いつもの部屋は?」

「あぁ、あの部屋は塾にも使って汐ちゃんに悪いですから――こっちの部屋で寝てください」

「はぁ……って、ここは」


 開かずの、間。わたしが密かにそう呼んでいる部屋の前。何故ならわたしは、この部屋に一度も入ったことがないから。


「ここは、確か」

「はい」

 早苗さんは、静かに頷いた。

「汐ちゃんのお母さんの、部屋です」


 …………。




 夜。

 当然のように、寝付けなかった。わたしは布団の中をごろんごろん転がる。

 部屋の中は清潔に保たれていた。

 質素な勉強机とクローゼット、それに化粧台。

 それだけの部屋。

 なのに、そこかしこから暖かみが伝わってくるようだった。

 でも、それがわたしを落ち着かなくさせるのである。

 さらにごろんごろん転がる。すると、部屋の扉をそっと叩く音が聞こえた。


「汐、起きているか?」


 あっきーだった。


「うん、起きてるけど……」

「ああ、良かった。もう寝ちまってるかどうかわからなかったからな。入って良いか?」

「いいけど、どうしたの? あっきー」

「いや、ちょっと気になることがあってよ。ひとつだけ訊きてぇんだ」


 そう言いながら入ってきたあっきーは、後ろ手に持っていたものをわたしに渡した。

 それはきんきんに冷えた——。

 ジュースだった。


「ずるーい!」

「だーめだ。早苗にバレたら怒られる」


 ほんとは隣で飲んでいるだけで怒られるんだぜ?

 と、自分はビールの缶をもてあそびながら、あっきー。


「まぁ、そうなるわよね」

「ほらよ。乾杯といこうぜ」

「——うん」

「互いに呑み会える——のはもっとあとか。こういう風に話せることを祝って」


 そう言うあっきーの言葉を引き継いで、


「大人の会話に混ざれることを祝って――」

「乾杯」


 唱和した。

 半分くらい開けた後、あっきーが懐から肴を取り出す。定番、スルメイカだった。そのまま、学校や古河パンの話になる。


「ところであっきー」

「なんだ?」

「あの人はお酒、だめだったの?」


 ジュースの缶を傾けながら、わたし。

 ちょっと、水を差す質問だったかもしれない。

 けれどもあっきーはわたしに向き直ると、


「……ああ、あいつはそういうところが早苗に似ちまってな。笑えるぜ? 二十歳になるまで呑まなかったんだぞ?」


 それが、普通なんだけどね。


「でもって、おちょこ一杯でゆで蛸だった。しかもからみ酒風味でな、小僧にからむんだよ。今でも笑えるネタだな。あれは」


 本当に、楽しそうに笑う。


「――やっぱり今日は、そういうことを訊きまくりたいか」

「うん。部屋が部屋だし」

「そうか。じゃあ、バンバン訊いてこい」


 わたしは一回頷いて、次の質問のために息を吸い込んだ。


「ねえ、なんで、この部屋はこのままなの?」


 そうだな……と呟いて、あっきーは天井を見上げた。


「この部屋には、思い出が染みついちまっているのさ」


 わたしも天井を見上げる。

 シミひとつ無い天井。

 ただ、あっきーとは違ってわたしのこの部屋の思い出は無かった。

 だから、天井を見上げても思い浮かぶものがない。


「何度もな、模様替えしようと考えたことがある。俺だけじゃなくて、早苗も、時には小僧からもな。でもま、何故か最終的には今のままにしておこうって話になるんだ。おかしいよな」


 今度は、笑わなかった。


「多分俺たちは、面影を追いかけていっちまっているんだろうな。そいつが良いことか悪いことかわからねえが」

「じゃあ、なんでこの部屋を開けたんだろう。わたしが泊まったら――」

「そいつは、ねえよ」


 天井から、私に視線を移して、あっきーは続ける。


「汐、お前ならこの部屋に残る雰囲気を壊さねえ。それは俺が保証する。おっと、間違うなよ。面影が似ているとかそんなんじゃねぇ。汐は汐だからな。だけど大丈夫なんだ。わかるか?」

「……うん、ありがと」

「――他に訊きてえことはないか?」

「ううん。今の話で訊きたいことほとんどわかっちゃった」

「――そうか」


 満足そうに、頷くあっきー。そして無意識に普段胸ポケットにある煙草を探り、それがないことに気付いて苦笑する。


「あ、そうだ。どーでもいいことなんだけど、磯貝さんって知らない?」

「あぁ? 本当にどうでも良いことを訊くんだな」


 と言って、あっきーはぼりぼりと頭を掻いた。磯貝さんとは、わたしが少し前に会った三年生だ。そのときが初対面だったのだが、なにか耳に残る名前だったので少し気になっていたのである。


「お隣さんちに決まっているだろ」

 ……あ、そうか。そうだった。

 ……そうだったんだ。


「なんだ? 磯貝さんがどうした?」

「う、ううん。なんでもない。この前ちょっと小耳に挟んで引っかかっていただけ」

「そっか……んじゃ、俺はそろそろ寝るわ」


 そう言って、あっきーは腰を上げた。


「ありがとう、あっきー」

「んあ?」

「わたしが寝付けないの、わかってて来たんでしょ?」

「さあ、どうだかな……おやすみ、汐。明日は休みだからって昼まで寝てるんじゃねえぞ?」

「おやすみ、あっきー。早起きは得意だから任せて」

「あぁ」


 静かに、ふすまを開けるあっきー。

 ……いま、見慣れたシルエットが廊下に居たような……。


『さ、早苗――いつから……』


 廊下から、相当焦ったあっきーの声が漏れる。

 わたしは素早く布団にもぐりこんでGoto狸寝入り。


『早苗……あいらーびゅん!』


 よっぽど焦っていたのだろう。『I Love You』がそう聞こえた。ややあって、廊下を全力疾走する足音が響く。わたしはそれをBGMにして眠りについた。

 

 部屋に満ちた、暖かさに包まれながら――。


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