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『十七年目の、夏』  作者: 小椋正雪
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第3話:ロスト・メモリーズ

『行きましょう。――私達は、私達の演奏を』


 そのシーンはわたしの台詞で締めくくられていた。

 演劇部の練習である。

 今回は体育館を使う最初の練習で、台本を読みあげながら立ち位置だけを合わせて朗読するもので、輪になって台本を読み上げ合う練習から一歩進んだ物になる。

 客席側にいたシナリオ担当の副部長からOKが出て、わたし達は一斉に緊張を解いた。


「お疲れさん」


 主人公役の部長が声をかけてくれる。


「お疲れさまです」


 わたしも、額に浮いた汗をハンカチで拭きながら応えた。


「おし、ほんじゃちょい休憩~。30分後にミーティングやるから各役者と大道具代表小道具代表はステージ前まで集まるよーに」


 部長の良く通るアナウンスに、わたしを含めあちこちから了解の返事が上がる。

 さて、少し時間が空いたから、食堂でジュースでも飲んでいようか。と、わたしが思った時、


「岡崎、今暇?」


 副部長が声をかけてきた。


「特に予定は無いですけど」

「そっか。じゃあ悪いんだけどさ、歴代の公演パンフ持ってくてくれないか? なんか、今回のパンフのデザインで、小道具係が煮詰まってるんだと」

「わかりました。全部ですか?」

「全部。無理そうだったら1年の誰か連れていってくれ」

「わたしひとりで大丈夫だと思いますんで、行ってきます」

「悪いね。倉庫に詳しいのお前ぐらいだから」

「今度奢ってくださいね」


 半分冗談でそう言って、私は体育館を後にした。

 うちの部室は旧校舎にある。

 なんでも、元はおとーさん達が学生時代に使っていた校舎らしい。

 さらに訊くと、今わたし達が授業に使っている校舎は、元々旧校舎があった場所だそうだ。

 どうも、うちの学校は旧校舎を部室に割り当てるという伝統があるらしい。

 演劇部部室は、そのうちのひとつの教室を丸々使っているのだが、実際には半分以上が大道具、小道具、台本に公演のポスター、パンフが収まった倉庫と化している。

 かろうじて残り半分が、台本を読みあったり雑談したりするスペースに割り当てられていて、そちらは演劇部有志の日々の努力により、整理整頓が保たれていた。

 問題は、古き良き伝統と成り行き任せの収納法がごっちゃになった倉庫なわけで。


「確か、歴代パンフは――こっちだっけ」


 どこから持ち込んだかわからないが、職員室や科学部にでもあるようなスチール棚をありったけ押し込んだ倉庫部分は、日光を防ぐために窓側にも棚を配置していたため、薄暗かった。

 元々あった蛍光灯を付けて、私は人ひとり分ぎりぎりの通路をゆっくりと進む。慌てて動いて、袖や、スカートの裾が引っかかると直ちに大惨事へと結びつくからだ。


「あー、あったあった」


 問題の歴代公演パンフレットは、でっかくそう書いてある段ボールに収まって、さらにスチール棚の一番上に収納されていた。

 背伸びをして両手でそれを持ち、少しだけ持ち上げてみる。重いが、苦労するほどではない。


「いける――かな。段ボール箱ごと持って行くか……」


 よいしょっと声に出して引っ張り出す。予想通り、さして重くない段ボールはあっさりと棚から引き抜くことが出来た。後はこれを体育館に持っていくだけ――、


「……ん?」


 何かが、視界の端に引っかかった。何か、折れ曲がっているものが棚の奥に張り付いているような……。

 ふと気になって、わたしは段ボール箱を片手に持ち直し、棚の奥に手を突っ込む。


「んっ……」


 うまく届かない。


「んんっ……んんんっ――と」


 さらに手を伸ばす。手が、それを掴んだ――が、


「わ、た、わわわわわ」


 段ボール箱のバランスが絶望的に崩れて、


「わぁ――っ!」


 それにつられたわたしは、盛大にこけてしまった。


「あたた……」


 頭を押さえながら立ち上がる。実際に打ったのは腰辺りだったけど。

 全く何をやって居るんだろう。自分でも、そう思う。


「どうしたの? うっしー」


 そこで、ひょこっとクラスメイト覗き込まれた。彼女は私と同じ演劇部員なのである。おそらく、副部長に念のためとか言われて、様子を見に来たのだろう。


「ごめん、ちょっとこけた。ケガするほどじゃないから心配しないで」

「……無事ならいいけど、それ、なに?」


 と、彼女が訊く。視線は、私が掴んでいるものに向かれていた。


「……なんだろう、これ」


 冊子状のそれは、表紙がめくれて中が見えていた。そこにあるのは見慣れたト書。

 演劇の、台本だった。




「なんだこれ」

「台本……でしょう。かなり薄いけど」

「っていうか、えらく古くないか?」


 そのまま、わたしは台本を体育館まで持っていった。

 休憩時間に割り当てられた30分間には、まだまだ余裕がある。

 が、既に主要メンバー全員がステージ前に集合していた。

 お目当ては、わたしが持ってきた台本。

 基本的にうちの部員は皆、好奇心旺盛なのである。


「岡崎、これどっから引っ張り出した?」


 台本を部長に渡しながら、副部長がそう訊いた。


「歴代パンフの詰まった段ボール箱と、棚の背の間に挟まってました」


 と、わたし。なんでこんなものが気になったのか、わたしだってわからない。


「なんか、変わった台本だな……」


 と、ページをめくりながら部長。


「ん――? オイ、みんな此処見てみろ」


 部長が、最後のページを指さす。わたしたちは、車座になってそれを覗き込んだ。

 ――200X年、5月。

 その文字が目に入った途端、私の背筋に静電気が走った。


「うわ。俺ら生まれてねー」


 誰かがそう言った。

 そう、誰だって生まれていない。

 なのに、なんでわたしはそれが気になるのだろう。


「おかしいですね」


 と、部長に向けて副部長。


「ウチはそこまで歴史が長くないでしょう。十年には届かなかったはずじゃ」

「んー、まあ、そうだな」

「んじゃ、なんなんスか、コレ」

「俺にもわからん」


 ほかの部員の問いかけに、そう答える部長。


「ただまあ、可能性としては、合唱部のものかもしれん」


 あ、なるほど。その言葉に一同が頷いた。


「そうか……、合唱部は結構長く続いていますからね」

「ああ、ウチと合唱部は昔から仲がいいからな。理由は知らんが」


 部員が少なくなれば呆気なく廃部という、結構シビアな校風のうちの学校で、最早最古参レベルの部活と言えば、それは合唱部である。

 その歴史は長く――我らが演劇部が再興した時、尽力してくれた部活でもある。

 ……って、ちょっと待った。

 わたしは、なんで合唱部が演劇部再興を助けて、今にいたるも仲が良いのかを、知っている。

 とどのつまり、その台本は……。


「ただなあ、なんで合唱部が短いとは言え台本を――」

「部長!」


 わたしは、叫んでいた。


「部長、ちょっとそれ詳しく見てもいいですか?」

「あ、ああ……」


 いつになく早口で言ってしまったため、やや当惑気味に、部長はそれを渡してくれた。

 わたしはページをめくる。


 ――世界から、

   ――たった一人取り残された女の子の、

     ――それはとてもとても悲しい、冬の日の幻想物語。


「うっしー? ちょっと、うっしー!?」

「……え?」

「ひどい汗だよ。大丈夫?」

「あ、あー、うん。大丈夫……」


 汗を拭う。この調子だと、制服の下もびしょびしょだろう。


「あの、これ――」


 わたしはゆっくりと立ち上がりながら部長に――ひいてはそこにいた一同に問うた。


「――この劇、通しでやってみていいですか?」

「通しでって……今すぐか? 岡崎」

「尺が短いからすぐ終わると思います。しかもこれ、ひとりでできますし……」

「台本持ったままか?」

「ちょっとだけ、読ませてください。――多分、この長さならすぐに内容を覚えられますから」

「まあ、構わんが……少し変だぞ。岡崎」

「自覚してます」


 本当に自覚している。


「いいんじゃないかな」


 と、副部長。


「岡崎がやってみたいっていうなら、やらせてみましょう」

「俺も賛成」

「私も」

「俺も俺も」

「オレオレ」

「詐欺かよっ!?」


 一斉にその場でOKのサインが上がった。


「……わかった」


 そして、部長から了承のサイン。


「お前ら、どうせやるなら出来る限り再現するぞ。大道具、小道具担当、岡崎から台本借りて必要なもん持って来い。照明、音響、以下同文!」


 サー、イエスサー!

 掛け声が上がり、私が持っていた台本を借りて何人かがどたどたと駆けて行く。


「……いいんですか? 練習」


 そこまでするつもりはなかったわたしは、思わず部長にそう訊いてしまった。


「あんまし良くないがな……」


 頭をボリボリと掻く部長。


「部長は、この寸劇をやらないと岡崎が変なままになるんじゃないかって心配したんだよ」


 と、副部長が笑いながら補足してくれた。


「それに、あの内容なら再現と言っても――」


 その言葉が終わらないうちに、


「部長! 大道具該当無しです!」

「部長! 音響はテープ一本だけでした!」

「部長! 小道具はヒロインの衣装だけです。この前の公演で使ったケープ付きワンピースの制服がイメージに近かったので持ってきました!」


 あっと言う間に戻ってきていた。


「……まあ、すぐ済むからなあ――」


 もう一度頭を掻いて、部長。


「ありがとうございます」


 わたしは深く、頭を下げた。


「気にするな。今主演女優に不調になられちゃ、困るのはこっちだからな。――よし、設営、開始!」


 わっと飛びかかるようにステージに駆け上がって行く各種係達。


「岡崎、先に着替えて来い。そのあとに台本を読む時間をやる。男子ども、覗くなよ。彼女の親父さんと爺さんにばれると後が怖いぞ」


 うかうかしていられなくなった。ここまでしてくれた以上、わたしはこの劇を全力でしなければいけない。

 わたしには、わたしで出来ることを――。

 ……なにか、今度の公演の演目と似ていて少しおかしかった。


□ □ □


 それからきっかり30分後、わたしはステージに立っていた。

 客席側には照明、音響係以外の演劇部員全員が陣取っている。

 わたしはその客席に向けて、静かに一礼した。

 この劇が、あの人の劇が、こうして再現できるをうれしく思う。

 この劇に必要な役者は一人だけ。でも、今側にいるこれだけの人がいなければ、成立しなかったはずだ。あの人は、わたしと同じ場所に立った時、どう思ったのだろうか。

 白一色のスポットライトが、わたしに当たる。

 わたしは、一歩を踏み出した。

 

 新雪を踏み締める、柔らかい感触。


 はっとなって周りを見回す。

 一面の雪原。

 遠くには黒々とし木々。でも、生きている感じがしない。

 止まっている時間。

 それでも降る白い雪。

 陽の光の赤と、夜の色の青が混じった薄紫の空。

 そして。

 唄。

 唄が聞こえた。

 誰かが立っている。

 マフラーをして、

 黒いコート――ウチの学校の校章が入ってる――を着込み、

 裾をちょこんとつまんで、降り積もる雪を落としながら。

 ……女の子?

 歌っている。とても優しい声で。

 曲は……ああ、あの唄だ。

 思わず、わたしも併せて歌う。

 

 だんごっだんごっ……。

 

 声がうまくシンクロする。でも目の前の女の子は振り向かない。

 聞こえていないのかもしれない。わたしが近くにいることすら知らないのかもしれない。

 それでも、声はうまくシンクロし、わたし達は高らかに歌うことが出来た。


 ……だんご・だ・い・か・ぞ・く――


 最後のフレーズでやっと気付いたかのように、女の子が振り返った。

 その顔は――、




 バタバタと倒れて行く音でハッと我に返った。見れば、客席にいた全員が、思い思いの格好でこけている。


「お、お、岡崎ぃ……」


 え? ……あれ?


「ギャグか! いつにも増して緻密なギャグだなオイ!」


 気が付けば元通り体育館のステージの上だった。


「えーと、白々しいとは思うけど、わたし、そういうつもりじゃ」

「すっごく迫真の演技だったよ。本当に独りだけ取り残されているみたいだった――だから最後で余計ずっこけたんだけど」


 ということは、わたしはちゃんと演技していたらしい。

 だとするとさっきの風景は――、台本のイメージ?


「ああ、部長。今の、本当に岡崎の仕掛けじゃないですよ」


 台本の後ろの方をめくっていた副部長がそう言った。


「ちょっと見えにくいですけど、『唄』とある部分の欄外に、鉛筆で薄く書かれいています。曲名は、『だんご大家族』」

「なんでまたそこでだんご?」

「さぁ?」


 たちまちその疑問は、他の部員たちにも伝染していった。あちこちで、あーだこーだと台本の解釈が始まり、議論へと発展して行く。

 わたしはと言えば、客席側に降りた後、全力で演技を終えた後に必ずやってくる脱力感に身を任せ、適当な椅子に寄りかかるようにして座り込んだ。

 けど、完全に惚ける前にやることがある。


「あの、その台本なんですけど……」

「ん?」


 ――もらってもいいですか? そう言いかけて、わたしは口をつぐんだ。


「その、うちの台本として、ちゃんと保存しませんか?」

「うちの……か。だが、あれは元々――」

「経緯はどうであれ、部室に保管されていたじゃないですか。それにその劇、すごく良いと思うんですけど」


 わたしがそう言うと、周囲は一瞬静まり返って、


「そうだね、最後がだんごだったけど良かったと思うよ」

「そうだな……内容は良かったしなあ……最後はだんごだったが」

「これも何かの縁でしょう。最後がだんごでしたが」


 そんなにだんごが印象に残ったのだろうか。

 おそらく無意識だったのだろうけど、それを織り込んだ本人に教えてあげたかった。


「わかった。うちの台本入れの一番右に入れておいてくれ。岡崎」

「はい!」


 疲れているのを演技でごまかし、わたしは勢いよく返事をする。

 台本の棚は、右から第一回目の公演から順に収められている。今受け取った台本は、さしずめ零回目と言うことになるのだろう。

 それで良いと思う。

 例え、ただ古いからと言った理由で収められるとしても、この台本が今の演劇部に繋がっていて、

 そして、

 この台本が演劇部の台本として収蔵されるのだから。

 それにもしかしたら、いつか気付かれるかもしれない。

 この台本が、わたし達演劇部の礎になったということを――。

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