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『十七年目の、夏』  作者: 小椋正雪
25/25

第25話:『師走の白い坂』

 大晦日が迫ったある日のこと、わが家である岡崎家にて大掃除が敢行された。

 今年は、普段掃除をする部分(居間、台所、風呂場etc.)に加え、最深部はどうなっているかわからない押し入れを整理してみようというおとーさんの提案により、わたし、岡崎汐は覚悟を決めて探索に乗り出していた。

 するともう出てくるわ出てくるわ、押し入れの容量を越えているんじゃないかと思えるくらいの大量のものがあっと言う間に居間を埋め尽くす。

 なかには理解しがたいものも発掘され(「――なにこの干からびた大量のだんご」「ぐはっ、やっぱりあいつ食ってなかったな! っていうか何故に真空パック!?」)、それらは丁寧に分類され、あるものはごみ箱行き、あるものは古河家へ回送すべく梱包、そしてあるものは再封印されていった。

 傍らではおとーさんも参戦しており、同じく妙なものを掘り出している(「うお、汐用紙おむつのストックがっ」「捨てちゃってよそんなもの!」)。

 そんなこんなだから、大掃除は予想以上に時間がかかり――早朝より始めたのにもかかわらず、すべてが完了したのは、午後をすっかり回っていた。

「あー、やっと片付いた……」

 古河家行きの荷物(アルバム『俺と早苗のラブリーメモリー第2集』全5巻)の梱包を終え、わたしは大きく息をつく。

「……終わったか。――誰だ、押し入れを整理しようなんて言ったのは」

「……おとーさんよ」

「そうだっけか?」

「誤魔化さないの」

 腰に手を当てつつわたし。

「で、どうしようか。お昼にはもう遅いし、夕飯にはまだ早いし。なんか軽い物作る?」

「いや、夕飯まで持ちそうだから、汐が腹減ってないなら作らなくていいぞ」

「ん、おっけー」

 そう言って、わたしがエプロンに延ばした手を引っ込めた時である。

「おーい、岡崎~」

 家の外から声が響いた。春原のおじさまの声だ。

「ちょっと開けてくれ~。両手が塞がってるんだ~」

 語尾が力んでいる。なにか重い物でも担いでいるかのような声だった。

 わたしは、おとーさんと顔を見合わせる。

「何を持ってきたと思う? あいつ」

「うーん、切り餅とかだと、まだ買ってないから嬉しいかも」

「あいつがそんなことするわけないだろ」

「何ひそひそ話しているんですかねぇ! うおっ、腕がつるっ」

 しょうがないな……と、おとーさんは家のドアを開ける。

「おっ、サンキュー」

 そう言って家に入って来た春原のおじさまは、

 ――猪を両手に抱えていた。



 この辺りで猪となると、それはもう藤林杏先生のボタンでしかありえない。

「やあ岡崎、それに汐ちゃんも」

 そう言ってニコニコしている春原のおじさまに、

「お前、それどうした」

 心底頭が痛そうに、おとーさんが訊く。するとおじさまは得意げに

「いやあ、苦労したよ。ホント」

 と、前置きを入れると、

「ここにくる途中、生け垣に突っ込んで目を回しているのをそのまま捕まえたんだ」

 そう言って、ボタンを抱えたまま胸を張る。

 ――実に、努力ゼロな発言だった。

「で、それをどうするんだ?」

 本当に頭痛が来たらしく、こめかみを指先で揉みながら再びおとーさんが訊く。

「ああ、心配すんなって。岡崎には最初から期待していないさ。ただ、汐ちゃんなら猪の解体できるかなって」

 いくらなんでも、猪の解体はやったことがない。精々魚だ。

「これだったら、すんごい猪鍋できるでしょ?」

 そんなことをした日には、春原のおじさまの、すんごい鍋が出来上がるに違いない。

「……あのな。お前、杏のペット覚えているか?」

「え? ……ああ、猪の子供だね」

「じゃあ訊くが……いま、お前が抱えているのはなんだ?」

「猪だね」

「……なにか、思い当たる節はないか?」

「……え? あ、これが杏のペットじゃないかって事? そんなわけないじゃん、杏のは一回りも二回りも小さいんだぜ?」

 ――だめだこりゃ。思わずわたしが肩をすくめた時だった。

「朋也っ、いる!?」

 前置き一切なしに、すごい形相で藤林先生が部屋に駆け込んで来た。そしてそのままずかずかとおとーさんの方に歩み寄ると、

「ボタンがいなくなちゃったのよ。話を聞いて回ったら、変な顎髭の男がボタンを抱えて行くのが見えたって――こんなこと頼めるのアンタしかいないから……悪いとは思っているんだけど――って」

 心もとな気に視線を彷徨わせていた藤林先生は、そこでボタンを抱えた顎髭の男――春原のおじさまに気が付いた。

「陽平……アンタ……」

「え? え? え?」

 狼狽して、ボタンを落とす春原のおじさま。わたしは慌ててボタンを抱えると、すぐさま流し場まで退避する。見れば、おとーさんも一気に距離を置いていて、ちゃぶ台を盾にしていた。

「ええと、何? 杏も猪鍋食いたい訳?」

「おんどりゃあ――っ!」

 直後、藤林先生の真空飛び膝蹴りが、春原のおじさまの顔面に炸裂した。




 ボタンを抱えて(担いで、と言った方がいいかもしれない)肩を怒らせた藤林先生が帰って行く。

 それとほぼ同時に、気絶していた春原のおじさまが息を吹き返した。

「ああもう、死ぬかと思った……」

「ちょっと前まで顔が梅干しみたいになっていたもんな」

 ちゃぶ台を元に戻し、新聞を読みながらおとーさんがそう言う。

「良い手土産だと思うんだけどなあ……」

「生きた猪で喜ぶ人いませんって」

 ちゃぶ台に三人分の湯飲みを置きながら、わたし。

「で、今日はどうしたんだ? 春原」

 湯飲みに手を伸ばしながらおとーさんが訊く。

「え? なんで僕が頼みごとしに来たってわかった訳?」

 同じく湯飲みに手を伸ばしながら春原のおじさま。

「なんだか訳のわからないもの持って来て、世間話しにくるほど暇じゃないだろ、お前」

 呆れたように言うおとーさん。すると春原のおじさまはニヤリと笑って、

「さすが岡崎だね。でも今回は汐ちゃんに頼みたいんだ」

 え――?

「わたしですか?」

 うん、と頷く春原のおじさま。それから少し顔を引き締めると、

「男子寮の元僕の部屋にある写真を取ってきて欲しいんだけど、できる?」

 ――はい?

「……なんだそりゃ」

 当惑気味におとーさんが訊く。

「いや、この前の汐ちゃんの演劇で思い出したんだ。僕の部屋覚えているだろ? あそこってさ、以外と隠しスペースが多いんだよね。で、そこに僕の学園生活の写真とかが収めてある訳」

「で、そのまんまにして引き払ったってことか」

「うんそう。しまったまんまだからどうしようかと思っていたんだけど」

 そう言ってわたしを見る春原のおじさま。

「――で、何で汐なんだ?」

「いや、僕もうあそこに入れないじゃん」

「知るか」

「それにさ――」

 そう言って、春原のおじさまはおとーさんに何事か囁いた。

「――マジか」

「あぁ、マジだね」

「……それって外見でわかるのか」

「それは大丈夫。ほら、郵便とかで使うでかくて丈夫な茶封筒あるだろ? あれにいれてでっかくマル秘って書いてある」

「開けてくださいって言っているようなもんじゃねぇか……ったく」

 おとーさんは、長い長いため息をひとつついた。多分、春原のおじさまの代わりに学校に行くのだろう。

「汐、悪いがちょっと学校まで行ってきてくれるか?」

 え?

「えぇ……」

 そんなこと思い切り想定外だったので、わたしは抗議の声を上げる。

「春原のおじさまがいけば――」

「コイツが行ったらもう間違いなく犯罪者だ」

 そりゃ、そうだけど。

「それに万一捕まったら芽衣ちゃんが悲しむからな――」

「芽衣だけっスか!」

「お前、彼女いるのか?」

「え、まだだけど」

「じゃあ芽衣ちゃんだけだな」

「ちょっと待て! 僕と岡崎の友情は!?」

「この前鍋にして食った」

「食うなよ! っつうか、どうやって鍋にするんですかねぇ!」

 いつものやり取りが交わされる中、わたしは片手を挙げる。

「あの、じゃあ……おとーさんは?」

「――俺も以下同文だろ」

 う、そうだけど。

「まぁ、無理にとは言わない。とりあえず、今の住人にどうにか話をつけてくれればいいから」

 傍らでは、春原のおじさまがわたしを拝んでいる。

 わたしは、小さくため息をついた。




 わたしが出掛けるのを渋ったのには訳がある。

 クリスマス公演の夜――12月24日から、久々にまとまった雪が降り続いて、この町一帯が一面銀世界となってしまったからだ。

「やっぱり寒いっ」

 時刻は既に夕方。しかも季節柄既に日が落ちている。そんなだから、コートに手袋、マフラーに耳当てという完全装備でも、辺りの雪がなけなしの気温を次々と奪って行って、わたしは小さく身震いをした。

 幸い雪は止んでいるので、足元に注意する以外はなんなく学校までたどり着ける。

「さて、と」

 既に門は閉じている。男子寮も然り。

 潜入はいい。自慢にも何にもならないが、許可なしに泊まり込んだことのあるわたしにとっては、それくらいは楽にできる。

 問題は、春原のおじさまが使っていた部屋に、今、誰が住んでいるかなのだが……。

「当たって砕けろかなぁ――」

 そう呟きながら、わたしは男子寮に忍び込んだ。



「――偶然ってあるものなんですね」

「そうだな。しかもいくつも重なり合っているようだ」

 わたしと演劇部副部長は、向かい合ってため息をついた。

 春原のおじさまから渡されたメモを元に、わたしが訪れた部屋には、よく見知っている人物が揃っていた。

 正確には、わたしが所属する演劇部部長の部屋の部屋で、そこに同じく寮住まいである副部長がいたのである。

「あったぞー」

 クローゼットの天井から屋根裏に上っていた部長が戻って来た。手には、春原のおじさまが言った通りの大きさの封筒を持っている。

「これだろう」

 その、だいぶ古びた封筒には、歴代の住人が貼ったと思われている付箋が鈴なりになっていた。

 曰く、

『重要っぽいから開けるな』

『持ち主が帰って来るまで開封厳禁』

『開封時、金目のものであれば歴代住人よって山分けすること。住所:――』

 等々。

「――すぐに見つかったんですね」

「まぁな、考えることはみんな一緒だろう」

 わたしの感想に、部長がそう答える。

「それにしても、これは伝説の春原のものとされて保管されていたんだが……まさか本物とはな」

「当の本人が、今わたしの家で待ってますけど。なんだったら会いにいきます?」

 わたしが訊くと、ふたりは首を横に振った。

「歴代の先輩たちから世話になったとしか聞いていないからな。顔見知りならともかく、何の関係も無い後輩がいまさら会ってもしかたないさ」

 と、副部長が言う。

「さて岡崎、年の瀬を男子と過ごすとなると、万一寮監に見つかった時に我々の立場は非常にまずいものになる」

「うむ、特に、俺達男子側はな」

「岡崎の侵入したルートだが、3分後から寮監の巡回エリアに入っているので通らないこと」

「さらに外には警備員の巡回が来ているが……穴となっているポイントはここだ」

「コースはルートD、ルートA、そしてルートGの順だ。ちょっとキツイが、まぁ岡崎なら可能だろう」

 部長、副部長に交互に言われながら、わたしは紙切れをひとつ受け取った。

 それは、男子寮から外に出るために道筋で、なおかつそのルートの使用可能時間まで書かれている。

「一体、どこでこういうものを作ってくるんですか?」

 わたしが思わずそう訊くと、ふたりともしれっとした顔で、こう宣うた。

「「そりゃまあ、いつでも外に出られるようにしたいからな」」




 言われたポイントは、塀だった。

 脚をかける場所も何もない。本当に塀だけだった。

「……へー」

 思わず呟くと、傍らの木の枝に積もっていた雪がドサッと落ちてきた。

 ……なんか気まずいのでさっさと帰ることにする。

「全く、年末にこんなことする羽目になるなんて――」

 背中に背負った小さなリュックに封筒が収まっているのを確認すると、塀に指をかけ、身体を引きずり上げる。

 そしてそのまま体勢を入れ替えて――そこで、足が雪に取られた。

「げ」

 バランスが絶望的に崩れる。

 まずい。頭から落ちる――。


「危ないですっ!」


「あたっ!」

 空中で上手く一回転出来たらしい。結果として、わたしは尻餅を付いてしまった。

「いつつ……」

 腰をさすりながら、立ち上がろうとする。と、目の前に何かが漂うように落ちて来た。雪がまた降ってきたのか――と思ってよく見てみるとそれは、

 桜の花びらだった。

「な――」

 あわてて辺りを見回す。今になってやっと気付いた。周りが明るすぎる――少なくとも朝の明るさなのだ。

「一体、どうして……」

 パニックを起こしそうになる頭を必死になって宥める。

 頭に異常はない。わたしは誰で何処から来たのかちゃんと認識できている。

 身体にも異常はない。腰以外は痛むところもないし、身体もちゃんと動く。

 身体の周りには――腰の下が何か柔らかい。下を見てみると――、

「お、お、おか、おかっ」

 お母さんが伸びていた。

「し、しおちゃん、大丈夫ですかっ」

 絞り出すように声を出して、わたしの安否を気遣うお母さん。

「いや、わたしより自分の方を気にした方が……」

 そう言いながら、わたしは立ち上がって、お母さんからどいた。

「ねぇお母さん。ここって一体――」

 塀の外側である、一般道路ではない。此処はどう見ても――

「――! しおちゃん隠れてっ」

 がばりと起きあがったお母さんは、何を思ったかいきなりわたしに抱きつくと一気に近くの木陰にまで引きずり込んだ。

 誰かが来る。

 わたしは反射的に息を潜めた。

「はぁ……」

 男子だ。ため息を付いている。うつむき加減に歩いているため、顔がよくわからない。もうちょっと顔を上げれば見られるのに。そう思っていると、まるでそれに答えるように男子生徒は坂の上を眺めようと顔を上げた。

 前髪が払いのけられ、露になったその顔は――。

「――!」

 誰だかわかる。間違いない。ただ、今よりずっと若い。そして、どこか刺々しい感じがした。

 まさか、ここは。

 背筋に冷たいものが流れる。

「しおちゃん大丈夫です」

 再びパニックに陥りそうになるわたしに、お母さんが助け舟を出してくれた。

「ここは、記憶の中ですから」

「……記憶?」

「はい、わたしの記憶です」

 そう言うお母さんの向こうで、もうひとつのため息が聞こえた。

 ――女生徒だ。いま、わたしと話しているお母さんとたいして変わらない年格好の、ちょっと暗い感じがする女の子。

 坂を見上げている男子の近くで、伏し目がちに女生徒が何かを言っている。どこか弱々しげに、誰に言うでもなく、そっと。

 男子が、そんな彼女に気付く。でも、女生徒の方は相変わらず俯いたままで、彼に気付いていない。ただただ、言葉を連ねていく。

「見つければいいだけだろ」

 男子が、そう言った。

 女生徒が驚いて、彼の方に振り向く。それきり何も言わない彼女に、男子は面倒くさそうでもなく、かといって真摯でもなく、ただただ自然に何かを言った。

「ほら、いこうぜ」

 そう言って、歩き出す男子。そんな彼に、女生徒は小さく頷いてついていった。


 ふたりが、坂を上っていく。


「ここが、すべての始まりなんです」

 ふたりを木陰で見送りながら、お母さんがそう言った。

「始まり?」

「はい。わたしと朋也くんが出会って――しおちゃんが生まれてくるまでの」

 懐かしそうに、お母さんが言う。

「……なんで、わたしに?」

「なんでと言われても困るのですが――」

 本当に困ったかのように少し首を傾げて、

「一度、しおちゃんに観て欲しかったんです」

 それだけです。と、答えるお母さん。

 わたしは、坂の上を見上げる。

 ふたりの姿はもうない。そして、その先は眩しくて――、

「さようなら、しおちゃん――」

 お母さんの声で振り返った頃には、辺り一面が光に包まれていた。そんな中、わたしとお母さんの距離が少しずつ――それでも確実に離れていく。

「春原さんに、お礼を言ってください。多分、わたしが想っていただけでは、しおちゃんにあの時のことを観てもらえなかったと思いますから」

 そう言って、手を振るお母さん。

 ……あー、もう、この人は、

 ――わたしのお母さんって人は。

「こっちからもひとつだけ言わせて!」

 大分遠くなってしまったお母さんに、わたしは両手でメガホンを作り、出来る限りの大きな声で続けた。

「さようならじゃなくて、また今度っ!」

 すると、お母さんは不意を突かれた顔をしたあと、嬉しそうに笑って、

「――はいっ!」

 と、答えた。




 なにか、頬に冷たいものが当たっている。

 それが、雪だと気付くのに、少しだけ時間が要った。

「汐っ」

「汐ちゃん!」

 その声で、頭が一気にはっきりとしてくる。

 わたしは慌てて起きあがる。そこは丁度雪の吹きだまりになっていて、やっぱり頭から落ちていたわたしに対して、十二分にクッションの役割を担ってくれたらしい。

 そして今、おとーさんと春原のおじさまに見つかった、というわけだ。

「帰りが遅かったから心配してみれば……大丈夫か? どこか怪我しているところはないか?」

「ううん、大丈夫。ありがとう」

 後でわかったことなのだが、この時わたしが我を忘れていた時間は、およそ30分ほどだった。通常、それだけ雪に埋もれていれば、体温の低下は免れないのだが、この時は何故かほとんど下がっておらず、念のため訪れた病院で藤林椋さんが首を傾げていた。

 まぁ、そう言うことなのだろう。

「そうか、無事で何よりだ……」

 ほっと胸をなで下ろすおとーさん」

「いいもん見られたしね。へっへっへ」

 続けて、訳のわからないことを春原のおじさまが言うと、おとーさんは何処からともかく仕事道具を取り出して、

「このケダモノめこのケダモノめ!」

「ひぃっ! レンチはやめてっ、痛いから!」

「ちょっとおとーさん、いくら春原のおじさまだからってむやみに殴っちゃ――」

 へこんでしまったまま元に戻らないかもしれない。

 そう言うとおとーさんは、お前、自分がどんな恰好で倒れたか思い出してみろと言った後、

「お前、パンツ見えていたんだぞっ」

 ――あ?

「ストッキング越しだからセーフだろっ」

 ――アウト。

「OK、タコ殴り了承」

「よしきたっ」

「ひぃぃぃ!」

 ……不覚。こういうことになるんだったら、ズボンを穿いて出掛ければ良かった。そう思いながら背中のリュックの様子を――、

 ない。

 慌てて見れば、春原のおじさまをボコって居るおとーさんの傍らに、リュックが落ちていた。しかも中身が飛び出していて、おまけに封筒が破れている。

 ただ、幸いというかなんというか、中身は少しも濡れていなかった。

 わたしは封筒を逆さにして、中身を取り出してみた。

 出てきたのは――、

 体操着姿のお母さん、水着で水泳の授業を見学しているお母さん、更衣室で着替え中のお母さん――。

「あ」

「あ!」

 春原のおじさまとおとーさんが、わたしのしていることに気付く。

「ナニ、コレ」

「ご、誤解するな、ここここれはだな」

「……ナンデ、オトーサンガ返答スルノ?」

「うおあ、しまったっ!」

 頭を抱えるおとーさん、それに対し、春原のおじさまはやや冷静な顔で、

「それは渚ちゃんコレクション。岡崎のね」

「ほほーう……」

「コラ、春原手前っ」

「二人とも落ち着いて聞きなよ。汐ちゃん、これはね、渚ちゃんが倒れちゃった時から、岡崎の奴が一生懸命探して――そして残した――渚ちゃんが学校にいた証なんだ」

 ――え?

「ほら、汐ちゃんはちゃんと知っているかどうかわからないし、僕が今言って良いのかもよくわからないけど、岡崎と渚ちゃんが一緒に居た学生時代って、みんなが思っているよりずっと短かったんだ。その中身はともかくね。だから、岡崎の奴は、渚ちゃんの学生時代をちゃんと記録しておきたいって僕に頼んだわけさ」

 そして春原のおじさまは当時の写真部に出向き――公式の行事に撮られたものから、盗撮まがいの方法で撮り集められていた女子の写真の内、お母さんの分三年間を全部引き揚げてきたらしい。

「四年目は僕が居なかったら無理だったし、三年分のなかで、結構ヤバイのもあったんだけど、それは僕がネガ毎処分しておいた。それで良かったんだろ、岡崎?」

「あ、ああ……」

 照れくさくなったのか、そっぽを向くおとーさん。その様子を見て、苦笑する春原のおじさまに、わたしは深く頭を下げた。

「ありがとう御座います、春原のおじさま」

 お母さんが言っていた意味が、よくわかる。

「そんな、お礼を言うほどじゃないよ。汐ちゃん」

「いえ、わたしの分だけじゃなく、お母さんの分もです」

「ハハ……そう言われると照れるなあ、僕の分もあるわけだし」

 ……僕の分?

 そう言えば、封筒は結構重い割に、おとーさんの写真はそれほど多くない。わたしは、封筒の封を完全に開けて、完全にひっくり返してみた。すると数冊の冊子が――、

「『巨乳専科~今月の特集:過激に無敵な裸ネコミミモードでぇ~す☆』……?」

「あ、しまった!」

「バカ……」

 おとーさんが手で顔を覆う。

 ――拝啓お母さん、お礼はちゃんと言いました。だから後はわたしの好きにして良いですよね?

「――春原のおじさま」

 わたしは再び、春原のおじさまの正面に立った。

「な、なに?」

「煩悩落としには、除夜の鐘108つ。ご存じでしたよね?」

「いや、初めて聞いたかなあ?」

「そうですか――」

 わたしは、にっこり笑って言った。

「108回蹴りを入れたら、煩悩が抜ける気、しません?」

「しないっ、しないからね! だから、ちょっと、汐ちゃん!?」

 わたしは最後まで聞いちゃいない。

「わたしは、きれいさっぱり抜ける気がしますっ」

 重心を一度下に持っていき、全身の筋肉を使って一気に真上へ打ち上げる。


 夕闇の中、少し早い除夜の鐘がひいぃぃぃ~~~と響いた。


 ○十七歳年末編でした。

 私事で恐縮ですが、ここ最近、自分の学生時代の写真ってないなーと気付いたのが、今回の話の始まりでした。自分のはなくても、自分の大事な人の写真は、ちゃんと記録として、記憶として残しておきたいのではないかなーと思って書いてみたのですが、いかがでしたか。

 あと、ちょっと格好いい春原を書いてみたかったってのもあります。最後はやっぱり春原っぽくしましたが(つ´∀`)つ


 さて次回は、十七歳は十七歳でも追憶編になりそうです。

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