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『十七年目の、夏』  作者: 小椋正雪
18/25

第18話:命の証

『時を刻む唄』を久々に聞きました。

やっぱり名曲ですよね。

 目を覚ますと、俺の胸の上に汐の手のひらが乗っていた。

 自分の布団から手を伸ばして、本人は気持ち良さそうにすかーっと寝ている。

 無意識のうちにやったのだろう。小さいころからの癖だ。

 そしてその原因は、俺にある。


 大分、前の話だ。

 あれは、汐がやっと小学校に上がったとき辺りだったと思う。

 小さな声に目を開けると、俺の隣の布団で、汐がぐずついていた。

 たいしたことに、どんなときでも泣かないと決めたあいつは、涙をみせなかった。


「どうした? 汐」


 と、俺。聞けば、とても怖い夢をみていたという。


「そうか、なら一緒に寝るか?」


 そう訊くと、汐は小さく頷いてそっと布団の中に潜り込んだ。

 それでも、その小さな身体が震えていたので、俺はその小さな手をとって、胸の上に置いてやった。

 すると、汐は安心して寝入ってくれた。


 それからだ。

 汐は恐い夢を見るたびに、そっと俺の胸の上に手を乗せるようになった。

 かつて、俺がそうしてもらったように。








■ ■ ■




「朋也くん、どうかしましたか?」


 渚の声で、俺は我に返った。


「渚――だよな」

「はい」


 迷いも何も無い返事に、俺は深く息をつく。俺は布団の中にいて、渚は隣の布団の中。

 まだ真夜中だ。

 天井を見る。間違いない、俺達のアパートだった。


「怖い夢を見たんだ……」

「どんな夢ですか?」

「お前が居なくなるような、そんな夢」

「わたし、ここにいます」

「うん、わかってる……」


 布団の中に入ったまま、額の汗を拭き、そのまま手のひらを顔の上に乗せる。

 恐ろしいくらいの、喪失感だった。


「朋也くん」

「うん?」

「まだ、恐いですか?」

「――ああ」


 俺は素直に頷いていた。

 普段なら渚の手前多少は強がることができたが、その返事に否定することは、渚を失っていいという肯定にもなる。

 その渚は、布団の中で何か考えたあと、


「朋也くん、そのままでいいですから、手を貸してください」


 はっきりと、そういった。

 俺はそのまま渚の方に手を伸ばす。すると、渚も手を伸ばし、しっかりと手を握ってくれた。そしてそのまま、自分の布団の中にずぼっと入れる。

 程なくして、柔らかくて暖かい感触が手のひらに伝わって来――こ、これは……。


「朋也くん」

「あ、ああ」


 いささかどぎまぎして、俺。


「朋也くん。わたし、生きてます」


 言われて、初めて渚の動悸に気が付いた。

 静かに、それでも確かに動いている、鼓動。


「だから、心配しないでください」

「あ、ああ……」


 急に、身体に入っていた余計な力が抜けた。

 俺は顔の上に乗っかっていたままだった方の手のひらををどける。


「――そうだよな。渚はちゃんとここにいる」

「はい、ちゃんといます。朋也くん」


 どいてくれといわれたって、どきません。

 渚はそう続けて、笑った。

 俺も連れられるように笑ってしまう。


「――なあ、このまま寝ちゃっていいか?」

「はい――、え、あ、だ、ダメです」


 微かに身体の上に載った俺の手が動いてしまって、渚は今どういう状況か思い起こしてしまったらしい。


「……このままだと、恥ずかしくてわたしが寝られないです」


 まあ、そうだろうな。

 俺は苦笑して、そっと手を引き抜いた。




■ ■ ■




 まさか、あの夢が正夢になるなんて思ってもみなかったのだけれど。


「……ん」


 汐が、目を覚ました。


「おはよう」


 俺が声をかけると、汐はキョトンとこっちを見て、すぐさま置きっ放しだった手を引っ込めた。


「ごめん、またやっちゃった……」

「俺は別に構わないぞ?」


 そう言ってゆっくりと起き上がる。


「おとーさんはそうかもしれないけど……」


 続くように、汐も起きた。そして照れ臭そうに頭を掻く。


「十七にもなるとなんというか……」

「別にいいだろうに」

「そうでもないのっ」


 その言葉をバネにしたかのように、汐は一気に立ち上がると、制服をさっと掴んで脱衣所に飛び込んでしまった。

 どうも、汐の照れ隠しはオーバーアクション気味だ。俺は思わず苦笑してしまう。


「……笑わなくてもいいじゃないっ」


 ピッタリと閉じた蛇腹の向こうで、汐が唸る。

 俺は、それには答えないで、窓のカーテンを開け、次いで窓も開け放った。


 風が冷たい。冬がだいぶ近づいてきている。

 しかし、空は快晴だった。


「今日も、良く晴れてるな――」

「誤魔化さないでよっ、もうっ」


 再び汐がそう唸ったので、俺はスマンスマンと謝った。


 ――渚は、もういない。

 けれども、渚が教えてくれた命の証は今も俺の胸に残っているし、汐にも伝わっている。

 それは単純に、すごいことだ、と思う。

 俺は、窓越しに空を見上げた。

 今日は、本当に良く晴れている。



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