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『十七年目の、夏』  作者: 小椋正雪
17/25

第17話:アルティメット二人三脚

「なんで、こうなっちゃうかなあ……」


 ハチマキを締め直しながら、わたし、岡崎汐は呟いた。

 運動用にポニーテールにした髪が風に揺れる。


「さあな――」


 と、わたしの隣でおとーさん。

 同じようにハチマキを締め直しながら、何気なしにグラウンドを見回している。

 お互い、運動着姿である。

 ついでに言うと、わたし達の脚はロープで片方ずつ繋がれていたりする。

 目の前には、グラウンドに白線で引かれたトラック。

 隣には――、ニヤリと笑って腕組みするあっきーと、いつものスマイルを崩さない早苗さんが、わたし達と同じように足を繋いで待機している。

 ――まあ、ある程度予想したことなんだけど。

 そう口の中で呟いて、わたしはため息をひとつ付いた。



 二学期最初の全校イベントと言えば、それは体育祭である。

 うちの学校の場合、全校生徒を四つのチームに分け競い合うのだが、どちらかというとお祭り騒ぎに近い。

 その雰囲気に合わせて、体育祭のプログラムは多種多様で、なかには飛び入り歓迎というものまである。

 その中の競技のひとつに、わたし達は出場しているのであった。

 種目は、『アルティメット二人三脚』

 校内校外を問わず、二人一組のチームを作り、トーナメント方式で優勝を競うというものだ。

 ちなみに、1回戦は普通に200メートル。2回戦はちょっと長い400メートル。3回戦は200メートル障害だった。

 決勝戦は――体育祭運営委員以外、誰も知らない。

 また、得点であるが、これは順位順に参加した生徒のチームに振り分けられ、外部の人の場合はその人に関係がある生徒のチーム、もしくは任意ということになる。

 そしてその決勝戦。

 勝ち残ったはわたし達父娘と、古河夫妻だった。


「まぁ、俺は前からこういうのを期待していたんだがな――見せてもらうぜ、渚の娘の、真の性能とやらをなっ!」


 と、戦意満々のあっきー。

 早苗さんは早苗さんで、


「ファイトですよっ」


 と言ってニコニコしている。


『お待たせ致しました~!』


 そこで、実行委員会からのアナウンスが響き渡った。


『体育祭前半の山となる『アルティメット二人三脚』、ついに、ついに決勝戦です!』


 ドドドドドドドドドド……各チームの応援団が、一斉にドラムを叩く。


『競技の始まる前に、各選手のご紹介を致しましょう! まずはご存じ我が校の有名人、演劇部の猛女、鋼鉄の岡崎、伝説の女生徒の再来のそのまた再来、岡崎汐~!』


 うおおおお――! と、場が盛り上がる。

 のは良いんだけど、なんかいつの間にか通り名が増えているような……。


「お前、普段学校で何をやっているんだ?」


 心配そうに、おとーさんがそう訊く。


「現役時代の杏や智代でも、ここまでは言われなかったぞ」

「――とりあえず、ほっといて」

「あ、ああ……」

『そのパートナーは……鋼鉄の岡崎の父! 呼べば必ず現れる! 娘の危機をスパナでねじ曲げる男、岡崎朋也~!』


 再び場が盛り上がる中、ぐあ、と唸るおとーさん。


「人のこと、言えないじゃない」

「……ほっとけ」

『対する二人はこちら! 鋼鉄の以下略! 自称謎のパン屋! ライク・ザ・メテオストライク! ことある毎にご近所を走り回るヒートダンディ、古河秋生~!』


 三度、場が盛り上がる。

 よくよく見てみると、町内会席が異様なまでに盛り上がっており、あっきーはガッツポーズで応えていた。


『そしてぇ! そして、そのパートナーは、地球生まれのアーヴ! もしくは日本生まれの三只眼! それでもわからんヤツは人魚の肉を食べたか蓬莱山の不老不死の実を食べたとか、そこら辺を想像しておけ! 永遠の美女! もっと言っちゃえば美少女! 古河~早苗~!!』


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!


 主に、男子サイドの絶叫。

 まあ、それも仕方ない。

 何せ、早苗さんの格好は学生時代の体操服、あっきーとおとーさん曰く、日本史上でもっとも惜しまれつつ消えていった体操着、ブルマを着用していたからだ(何がどういう理由で惜しまれたのかは、わたしの立場的にノーコメントとさせていただく)。

 ――それにしても、いい加減早苗さんの年齢について、ちゃんと考察するべきなのかもしれない。


「あ、あれが伝説の……」

「昔はアレが普通だったというのか……」


 なんかざわざわと男子どもからそんな声が聞こえるともに、


「あの人が――岡崎さんの? 嘘でしょ!?」

「お姉さんの間違いだと思いたいんだけどね……」


 女子の方では、早苗さんの年齢を疑問視する声がちらほら……。


『以上四名、2チームによるアルティメット二人三脚決勝戦! そのコースは……こちらだぁ!』


 ばっと体育祭実行委員達が走る。

 ポール二本、ロープ一本。何かが大量に入った袋……それらを設置してできあがったものは――、


『そう、決勝戦は、二人三脚パン食い競争! ――パンの提供は、古河パンによりお送りしておりますっ!』


 あっきーが、ポンと手を打った。


「あー、そういや、そんな注文あったっけな」

「先に言えっ」


 と、おとーさん。


『ではでは、各選手、スタートラインにどうぞっ!』

「なんか、楽ね……」


 スタートラインに立ちながら、わたし。


「相手はオッサンと早苗さんだ。気を抜くな」

「うん」


 でも、正直これだったら三回戦の平均台や、跳び箱越えなどをした200メートル障害の方がきつかった。


『――ちなみに並んだパンの半数が、早苗さん特製、スペシャルハバネロパンとなっております! ――おおっと、岡崎チーム、ふたりともスタートラインで盛大にこけているっ! 対戦相手の古河チームも秋生氏がこけてますっ!』


 こけない方がどうかしている。

 早苗さん特製、スペシャルパン――それは、通称早苗パンという。

 かてて加えて、ハバネロだ。

 食べなくたって、どうなるのか想像できた。

 味ではなく、食べたらどうなるか、をだ。


「なんか、酷ね……」


 起き上がりつつ、目を細めて、わたし。


「ああ、そうだな……」


 同じような顔で、おとーさん。


「ふ、ふははっ、道理で納入時、パンの袋が二倍になっている訳だぜ……」

「だから気付けよっ!」


 と、再びあっきーに突っ込みをいれるおとーさん。


「ファイトですよっ」


 お願いですからあっきーとのパンの見分け方を教えてください、早苗さん。

 心からそう思うのだが、ファインプレー重視である早苗さんのことだから、多分教えてはくれないだろう。


『それでは、各選手が立ち上がったところで、『アルティメット二人三脚』決勝戦を開始いたします!』

「行くぞ」


 と短くおとーさん。


「うん」


 前だけを見て、わたし。


『各選手、位置についてっ、よ~い――』


 ズドムッ!

 科学部謹製、限りなく実銃に近い発砲音を鳴らすスターターの派手な音と共に、わたし達は走りだした。

 これで一回戦から数えて四回目。

 一歩目の踏み込みから、わたし達の呼吸はピッタリ合っていた。

 距離の発表はなかったが、目測200メートル。

 そのど真ん中に大量のパンがつり下がっている。

 つまりは、加減速を正確にコントロールしないと、パンを取るときの減速に失敗し、再加速にも時間がかかることになる。

 呼吸の乱れは、お互いにない。

 加速の具合も良く、まもなく最高速度に達するだろう。

 今までで、一番良いペースだ。

 そして、そのペースにあっきーと早苗さんはピッタリくっついてきている。

 単純に、すごいことだと思った。

 距離、まもなく半分。パンの高さはたいしたこと無い――!


「行くよ、おとーさんっ」

「お、おう!」

「せーの、いち、に、さんっ!」


 アタル確率はフィフティフィフティ! わたしはパンに食らいつくべく飛び上がった。




――さようなら……パパっ――




 結果、アタリを引いたのは、あっきー、おとーさん。

 ……そして、わたし。


『おおっと、三人もぶっ倒れたー! ある意味、予想通りの展開です!!』


 やかましい。それが、意識を失う直前の、わたしの偽らざる思いだった……。




 ……なにか、雪の上にいるような感覚。

 ……どこだろう。ここは。


「しおちゃんっ、なんで一気にこんなところに来ているんですかっ」


 ……誰かがわたしに話しかけている。一生懸命話しかけている。


「しおちゃん頑張ってくださいっ」


 ――!?


「お父さんにもお母さんにも負けてほしくないですけど……それ以上に朋也くんとしおちゃんには負けてほしくないです。だから――だからしおちゃん、頑張ってくださいっ!」


 ――!!




 わたしは、目を開けた。


『立ったぁー! クララが――もとい、鋼鉄の岡崎が、立ち上がったぁ!』


 誰がクララかと、そう言い返したいのを我慢したまま、


「おとーさん、起きて!」

『おおっと、鋼鉄の岡崎、父親をビンタでたたき起こしています。容赦がない、容赦がないぃ!』

「うおお、なぎ――汐!?」

「そうよっ、ほら、起きて!」


 どちらが倒れている状態では、完全には立ち上がれない。

 わたしは、おとーさんの手を引っ張って、一気に立ち上がらせた。


「汐、勝負は――」

「あっきーがまだぶっ倒れてる! だから早くっ――審判! もしくは実況!」

『ははは、はい?』

「パンはちゃんと口でキャッチしたわ。後は手で持ってもOKよね!?」

『ええ、少々お待ちくださ――ああ、はい。OKです。試食した実行委員会が本日リタイアしておりますので、くわえたままが無理そうな場合、手でもOKとします!』


 くわえつづけられないものを競技に出すなと言いたいが、今は本番、そんなことをしている暇はない。

 倒れた時に、ほどけてしまったポニーテールを結わえ直す。


「いくよっ」

「おうっ」


 そのとき。

 あっきーを介抱してた早苗さんが、のびたままの耳元に何やら囁いた。


「そいつはマジか、早苗!」


 その言葉にどんな魔法が仕掛けてあったのかわからないが、一瞬にして飛び起きるあっきー。


「久々に制服を着てくれるだと! 今夜はフィーバーだぜえっ!」


 何がどうなってフィーバーするのかさっぱりわからないが、わたし達が先行する後を、猛烈な勢いで追い上げてくる。


「「まぁけぇるぅかぁ!」」


 わたしとおとーさんが、叫ぶ。


『――並ぶか、並ばないか、両者の差が縮む縮む縮むっ! いやっ、これはっ――ゴール! ゴールゴルゴルゴール! 勝者っ――』


 どっと押し寄せる、歓声。

 全力で走り終えて、わたしは大きく息を付き、天を見上げた。

 勝負の結果は、お母さんの希望を叶えるものになったと、一応付け加えておく。

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