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『十七年目の、夏』  作者: 小椋正雪
16/25

第16話:未確認歩行物体対策会議

 おおむね、保母さんのオフタイムは夕方以降になる。

 その日、幼稚園を後にした藤林杏は、明日のお遊戯の内容を考えつつ、何かの参考になるかなということで、本屋に足を伸ばしていた。

 この職業に就いてから、読書の幅が大きく広がった杏である。

 なにせ、児童向けから教育書までの読者階層を幅広く抑えているのだから、当然のことと言えば当然のことなのだが、学生時代には想像すらしなかったことだ。

 本屋に入る直前、店から出て来た良い感じのカップルとすれ違う。

 あー、良い感じだなー、あたしも学生時代もうちょっと頑張るべきだったかなー、と思っていると、


「で、次はどこに行くんだ?」

「本屋さん」

「もう一軒ってやつだな」


 男の方の声に聞き覚えがあって、杏は慌てて振り向いた。

 すれ違った時には無意識に追いやっていたが、その後ろ姿は――杏がよく知っている人物であったのだ。




『未確認歩行物体対策会議』




■ ■ ■




 昨日の夜、唐突にかかって来た電話によって、わたし、岡崎汐はカフェ『ゆきね』のドアをくぐっていた。

 いらっしゃいませー、という店長の挨拶を丁寧に返して、店内を見やる。

 いつも通り屈強な常連客達が座るの隣の隣のテーブル席に、呼び出し主の藤林先生が座っていた。

 既にわたしを見つけていて、こちらだとばかりに手を振ってる。


「待ちました?」

「大丈夫よ。わざと早めに来ていたから」


 なるほど、確かにコーヒーカップがひとつ空になっている。

 藤林先生に勧められるまま、反対側の席に座ると、わたしは店長にカフェオレを注文した。

 同時に藤林先生もコーヒーのおかわりを注文する。


「それで、一体どうしたんです?」

「ええ、そうね……汐ちゃん、ちょっと落ち着いて聞いてね」

「はぁ――」


 落ち着くもなにも、わたしはいたって平常のつもりだけど……そう思いながら、早速運ばれて来た来たカフェオレに手をつける。


「昨日、朋也がデートしてたの」

「ブフッ!?」


 危うく吹き出すところだった。

 その代わりにカフェオレはわたしの気管支に入り込み、ゲホゲホと咳き込ませる。


「で、デート!?」

「ええ、そうよ。びっくりしたでしょ?」

「そりゃあ、まあ……」


 荒れた気管支を落ち着かせるため、水を飲みながら、わたし。


「それで相手は――藤林先生?」

「なっ」


 ぱっと、藤林先生の頬に朱が散る。


「なんであたしがそんなこと報告しなきゃいけないの!」

「それは、そうですけど……」

「あたし以外よ、あたし以外」

「それじゃあ――春原のおじさま?」

「なんで男と男でデートなのよっ!」


 ばべんとテーブルを叩く藤林先生。


「いや、でも……」


 わたしは頭を抱える。


「おとーさんのデートの相手なんて、なかなか思い浮かばなくて……」

「それはあたしも一緒よ」


 憮然と藤林先生。


「まさか、ここに来て朋也が見ず知らずの女性と交際するとは思わなかったわ……」


 ……ん?


「もしかして、髪形はこんな感じで」

「そうそう」

「なんかちょっと天然が入っている感じの」

「そうそう」

「スタイルがめちゃくちゃ良い」

「そうね、悔しいけど――って、もしかして汐ちゃんの知り合い?」


 はい、と頷くわたし。

 間違いない、ことみちゃんこと一ノ瀬ことみ博士だ。

 わたしがその名前を打ち明けると、興味津々だった藤林先生は一瞬呆けて、


「一ノ瀬ことみって――あたしが高校生だったときの模試上位者で、今は宇宙物理学の博士じゃない。朋也とは異世界――いや、異次元の存在みたいなものよ? それがどうして……」


 なかなかひどい言われようのような気もするが、気持ちはなんとなくわかる。

 おとーさんとの接点がまったく掴めないのだろう。


「ああ見えて、おとーさんにもロマンティックな幼少時代があったって事ですね」


 わたしは、おとーさんとことみちゃんの関係と、つい最近再会したことを、出来るだけことみちゃんのプライベートに関わらないように藤林先生に話した。

 その結果、おとーさんの行動がちょっと印象悪くなってしまったが、まぁ、これは仕方がないだろう。


「……ふーん。朋也にそんな幼馴染みがいたとはねぇ」


 驚き半分、感心半分といった感じで、藤林先生は何度も頷いた。


「……で、どうなるの?」

「どうなるって――何がです?」

「するかしないかよ」


 ……んん?

 わたしが眉間にしわを寄せていると、藤林先生はわたしから視線をそらして、


「――再婚」


 ――!


「……おとーさん次第です」

「それは……そうかもしれないけど」


 藤林先生は、視線をわたしに戻すと、


「汐ちゃんはどう思うの? 新しいお母さんだって朋也が言ったら」

「もし、おとーさんが『そう言ったら』、有無を言わせずぶん殴ります」


 と、わたし。藤林先生は、少し目を丸くして。


「『言ったら』って、なに?」

「わたしのお母さんは、ひとりだけです」


 と、わたしはまず前置きした後、


「でも、おとーさんが、この人と一緒に暮らしたいと言うのであれば止めません。……お母さんには、悪いけど」

「……なるほどね」


 わたしを通して誰かを見るような目で、藤林先生はそう言った。


「でも、おとーさんのことは何となくわかりますから」

「というと?」

「お母さん一筋。いままでも、これからも、きっとずっとそうなんです」

「――そうね、そんな気がするわ」


 目を細めて、藤林先生は続ける。


「だってアイツ、人が昔語りすると決まって渚は――とか、渚が――とかなんだもん。妬いちゃうわよ。もう」


 わたしは思わず笑ってしまう。


「こら、汐ちゃん。これは独身女にとって重要な問題なのよ」


 口調は本気っぽいが、肩をおどけるように竦めさせたまま、藤林先生。


「まぁとりあえず、大体は掴めたわ。あれはデートって言うより、お互いの空白を埋めていたのね」

「わたしもそう思います」

「まったく、こんがらがっちゃうわね。安心と残念が半分半分っていうか――あたしも頑張ろ」

「恋愛……ですか?」

「ええ、そうよ」


 と藤林先生。さっきも言ったけど、これは独身女にとって重要な問題なの、と続けてニッと笑い、こう締めくくった。


「だから汐ちゃんも恋しなさい。『命短し、恋せよ乙女』なんだから、ね」


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