表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『十七年目の、夏』  作者: 小椋正雪
10/25

第10話:遠い記憶とサイバー娘


 最近早目に帰れるようになって数日経った頃。

 学校帰りの汐が、何やら奇妙な荷物を持って帰って来た。

 ガムテープで何重にも梱包してある紙袋。怪しいことこの上ない。

 ただ、本人はえらい上機嫌で、普段はどちらかというと澄まし気味の表情が、今日に限ってはゆるゆるになっていた。


「汐、それなんだ?」


 娘のプライベートには、出来る限り口出ししないつもりだが、思わず訊いてしまう。


「ん? 秘密ー」

「ま、まさか――えええエッチな本じゃないだろうな?」

「なんでよっ!」


 ばしんとちゃぶ台を叩いて汐。


「いや、ほら。怪しげな包装で中身が秘密っていうと、つい、な」


 しどろもどろに言う俺に対し、汐はジトッとこっちを睨んで、


「……だんご大家族が飾ってある戸棚の後ろ」


 ――!?


「な、何で知っているんだ!?」

「掃除していたら、あっさり見つかったわよ」


 な、なんてこと……。渚に守ってもらえるように隠していたのに……。

 ――冷静になって考えれば、あいつの場合はドロンと出て来て、『しおちゃん、ここに朋也くんがえっちな本隠してますっ』とかやりかねないが。


「……まぁ、そこはそれ、これはこれだ」


 咳払いでごまかす。


「そいつは一体、何なんだ……」

「んー、しょうがないなぁ――本当はちゃんとした形にしてから教えたかったんだけど、ヘンなモノ想像されも困るし」


 悪かったな。ヘンなことを考える父親で。

 そんな俺を知ってか知らずか、汐は無言で梱包を解きにかかった。


「ほら、これよ」


 そう言って、ちゃぶ台にゴトンと置かれたそれは――、

 ガラクタの、塊に見えた。


「なんだ、それ?」


 増々わからなくなって、汐に訊く。


「中枢部分」

「なんの?」

「それは、ちゃんとした形になってからのお楽しみっ」


 ひょいっと、抱え上げられてしまう。

 そして、自分の勉強机に置くと、カバンから学校支給のコンピュータ(俺の世代では、信じられない話だ)を引っ張り出して、なにやら操作をしはじめた。


「あ、今日はネット空いているわね」

「外に繋いでいるのか?」

「最近のは外に繋いでいないと動かないし」


 ……はっきり言って、よくわからない。それ以前に気になることがひとつある。


「うちのアパート、回線なんて引いてたっけか?」

「アパートには直接引いて無いでしょ。正確にはそこらへんの電柱」


 電柱……?


「そういえば、少し昔に馬鹿でかいコンデンサーもどきをまとめて設置した覚えが……」

「それ、無線通信網の共用中継器だから」

「そ、そうだったのか……」


 中身は外部で操作するとのことで、俺達はテストも何も行わず、ただ設置しただけなのだが……そういうものだったのか。


「俺も仕事でコンピュータを使うが、昔とえらく違うな……」

「ここ最近で、一気に進化したからね」


 画面から目を離さず、汐。


「あー、やっぱりほどんどの記憶領域がいっちゃってるなぁ……再初期化しないと……」


 どうも、ガラクタの塊と汐のコンピュータを、無線か何かで繋げているらしい。


「制御用ソフトはまだ、探せばあるものね……」

「そ、そうだな……」


 ――下手に相槌を打つも、内容の大半はわかっていない俺。

 あぁ、渚……俺達の娘はなんかえらいサイバーに育ったぞ……。




 一通り、カタカタやっていた汐だが、小一時間ほどしてその作業を終えたらしい。うーんと背伸びをすると、


「よし、中身はどうにかなったから、後は外見ね」


 と言って、机の上に向かって例の紙袋を逆さまにした。

 すると、先程の塊を一回り、二回り小さくしたようなパーツがゴロンゴロン出てくる。

 やはり俺にはさっぱり解らないが、汐には大体の見当が付いているらしい。

 多少考えながらも、最初の塊を中心にして小さい塊を配置していく。

 それは、最初は全く規則性をもっていないように見えたが、徐々に形を表し始めた。

 ただ、足りない物でもあるのか、左右が対称になっているところと対称になっていないところがある。

 もっとも、汐はそれに対して既に対策を練っていたらしい。

 カバンから、小さな包みをいくつか取り出して、その包装――新聞紙やら、薄手の発砲スチロールやらそれぞれが異なる材質で梱包されていた――を解いて、非対称の部分に当てはめていく。

 そっと後ろから覗いてみると、それは人のような姿を形成しつつあった。

 ピタリと、汐の手が止まる。


「ねぇおとーさん、この大きさのネジ無いかな……」


 そう言って、よく見かける型のネジを掲げて見せてくれた。


「ちょっと待ってろ……」


 俺は、緊急用――急な呼び出しで会社に寄れないときのための――の工具箱を引っ張り出すと、中を漁って同型のネジを捜し当て汐に手渡す。


「ありがとう。今度同じの買って返すね」

「いいって。どうせ一山いくらなんだから」


 特殊なネジなら話は別だが、それはそれで入手し辛い。

 ……つまりは、どっちみち汐に請求するつもりは無いのだが、俺はそう答えておいた。


「他に必要なネジは無いか?」

「ん、ちょっと待って。先にリストアップしちゃう」

「ああ」


 ガチャガチャと、汐がガラクタを整理する手が早くなる。


「これとこれと……後これ」


 どれも、その場にある物だった。

 俺は工具箱からそれぞれを取り出し、次々と汐に手渡していく。


「OK、これで最後まで組み立てられそう」

「そいつは、よかった」

「ちょっと着替えてくるね。これから少し機械油とか触るし」


 そう言って、箪笥から中学時代のジャージを取り出す汐。


「ああ、待て。俺のお古の作業着を着た方が楽だぞ」

「え、いいの?」

「お古って言っただろ。いくら汚しても構わないから」


 汐の成長具合から観て、そのジャージだと色々と窮屈なはずだ。


「ありがと、おとーさん」


 こうして、少しダブダブの作業着で、汐は最後の工程を始めた。

 工具の方は、元よりうちにある物で間に合うと確認していたらしく、別の工具を探すといったことも無く、汐は順調に組み立てを進めていく。



 ——ふと、小屋の中でのことを思い出した。

 ——あの、冬の前の日のことだ。



「やっと、直った……」


 額の汗を作業着の袖で拭き、汐が呟く。


「あ、ああ……」


 頭に割り込んだ得体の知れない思考を追い払って、俺は後ろから覗き込んだ。

 組み上げたのは一体のロボットだった。

 少々不格好ながら、手足の付いた、どことなく古めかしいデザインのロボット。

 大きさは俺の膝ぐらいまでしかない。


「これは?」

「ちょっと前に流行った二足歩行機能付きの家庭用ロボット。すぐに多機能の後続機が出て来ちゃって今じゃあんまり見かけないけど」

「それが、何でうちに? しかも壊れて……」

「まず、さっきの中枢部分を誰かが拾ってね。それで直せる人を捜していたら、わたしに行き着いちゃったわけ。しょうがないから、色々なところを駆け回って足りない部品を集めてたり、汚れていた部分を綺麗にしたりしていたんだけど――」


 しょうがないと言っているが、どこか楽しそうな口調で汐は続ける。


「どうにかここまで来られたってわけ。後は起動すれば良いんだけど……」


 そう言ってロボットを抱き上げ、背中を弄くり始める。

 恐らくそこにスイッチがあるのだろう。


「動いてね……」


 静かに床に座らせて、数歩離れて見守る汐。

 俺はさらに数歩離れてそこで見守ることにした。

 待つこと数秒間。

 ギュン。

 微かにそんな音が響いて、それは立ち上がった。


「――やったな」

「うん!」


 満面の笑みで、頷く。


「さ、こっちにおいで」


 そう言って、手を叩く汐。

 手を叩く、汐……?


「何をやって、いるんだ?」

「歩行訓練。学習させないといけないから。ほら、こっちこっち――」


 手を叩いて、ロボットを歩かせている。



 ——再び、あの風景が割り込んできた。

 やはりそう、冬の前の日。

 汐が俺の前で手を叩いている。

 俺は、まだ慣れていない身体を懸命に動かして――、

 ……なんで、俺が?



「はい、よくできましたー」


 汐の声で、再び我に返った。


 例のロボットは、汐の手元に辿り着き、おとなしく突っ立っている。


「どうしたの? おとーさん」

「いや、なんでもない」


 ちょっと技術の進歩に付いて行けそうになくなっただけだと言うと、汐はしかっりしてよ、技術者でしょ? と言って笑った。


「汐……お前さ」

「うん?」


 ロボットを抱きかかえながら、返事をする汐。


「ずっと前にも、こういうことしなかったっけか」

「……ずっと前って?」

「俺も憶えていない。とにかくずっと前だ」


 そんな前じゃ、わたし子供だよ? と汐。

 言われてみればその通りだなと、俺。

 そこで、はたと思い出した。

 渚が話してくれた物語だ。

 どうも俺は、あの物語の少女を、汐に当て嵌めてしまったらしい。

 ……何故かはよくわからないが。

 ……ただ、確かあの物語はとても悲しい最後を迎えたはずだ。

 だけれでも、汐は今、俺の隣で楽しそうに笑っている。

 ならば、それで良いような気がしてきた。


「そうだよな。……汐は汐だ」

「なにが?」

「いや、こっちの話」


 要領を得ない表情の汐。それはそうだろう。俺だってよくわかってはいないんだから。


「……まぁいいけど。それより、この子の名前どうしよう?」


 ロボットを抱きかかえたまま、汐はそんなことを訊く。


「汐が直したんだから、汐が決めればいいだろ」

「じゃあ名前は……『朋也28号』!」

「もうちょっと考えてから付けてくれ……」


 すると汐はうーん、と考え、


「『ロディマス朋也』?」

「考えてそれかよ!」


 まず、俺の名前から離れてほしい。


「じゃあ、おとーさんがつけて」


 少しムッとした顔でそう言われる。う、うーむ……。


「……『アフロダイン渚』」

「…………」

「な、『渚ネオオクサー』!」

「似たようなもんじゃないっ」


 アホ父娘だった!


「結構難しいな……名前決めるの」

「まぁ、すぐに決めなくてもいいけどね……」

「そうだな。『春原メカ平』なんて付けた日には、ぐれてどっかに行っちゃいそうだからな」

「アハハッ、それは確かに……」




■ ■ ■




「ぶえっくしょん!」

「なに、風邪?」

「心配するな、芽衣。会社の女の子がどこかで僕を噂しているのさ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
やっぱり汐はロボットが好きで、ガンダムなんかのロボット作品を好み、機械に強く、自分でロボットを組み立てたりして、いわゆる『とサイバー娘』になるってわけですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ