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第九話:王城陥落

 グズのカジカをひっぱって市場を見回った後、わたしたちは神殿へ向かった。すでに多くの貴族が着いていて、わたしたちが一番最後のようだった。


 神殿では、お祈りをして、神官たちの歌を聞くだけ。それが終われば貴族同士の腹の探りあいが目的の世間話をして帰るだけ。


 はっきり言って退屈この上ない。早く市場へ戻って、珍しいものを見たり買ったりしたかった。


 でも、今日はなんだか様子がおかしかった。


 去年とは雰囲気が違う。神殿の中はざわめき、一部の貴族はおろおろとした様子で完全に取り乱してしまっている。


 カジカが式典に来たから、というわけではないみたい。


 しばらく祈りの広間の入り口で様子を見ていると、正面から兵士が出てくる。背中に幌を背負ったままだった。わたしたちの前を通り過ぎるとき、汗のにおいが鼻についた。

 その兵士は急ぎ足のまま、馬がある厩舎へ向かって行った。


 カジカと何事かと目を合わせたとき、神官長が両手を叩いた。

 天井が高い広間に響き渡り、ざわめいていた一同は、神官長のほうへ向き直った。


「みなさん……。い、今の報告が本当ならば、式典をやっている暇はありません」


 神官長が焦りを隠し切れていない。これは相当な事態が起こっているに違いない。みんな息をのんでいる。


「えっと……貴族のみなさん。それぞれがなすべきことを……」


 完全に取り乱しちゃってる神官長は滑稽だった。

 それよりも何の報告だろう。


「解散します」


 ちょっと待ってよ。何なのよ。

 完全に取り残されてしまったわたしたちを尻目に、我先へと、豚のように太った貴族たちが入り口へ向かってゆく。動きは意外なほど機敏で、ちょっと笑いそうになった。


 しばらく人が出てゆく。わたしたちはどうしたものかとその場で立ち尽くしていた。


 そうしたら、ナマイキカジカがわたしを置いて、神官長のところに行く。


 女の子を放って行くなんて!


 わたしも慌てて後を追う。


「神官長。私、フルート家三男の……カジカです」


「カジカ様……」


 神官長も慣れたもので、名前で呼ぶ。神官長も平民だ。


「神官長。こ、この騒ぎはなんですか? ぼくは……」


 しっかり言いなさいよ。グズ。しょうがないわね。


「この騒ぎは何ですか? 私たちは最後に来たのですが、解散の言葉しか聞いておりません」


 すると、神官長は大きく深呼吸した。そして、その口から出た言葉に、私たちは言葉を失った。


「今の早馬は……『亡者の波』で、ナコ王国の王城が陥落した、と」










 後は、坂を転がり落ちるようだった。いや、崖と表現したほうがいいかもしれない。


 ナコ王国の王城は、ここからだいぶ北にある。サミフから大鷲の峠を通り、長い長い坂道を登り切って、そこからさらに北へ。北に突き出した半島がナコ王国なのだけれど、その北寄りに王城がある。

 この国の王都。その中心には立派なお城。


 その王城が陥落した。

 大事件だ。


 わたしとカジカが外に出ると、馬車が我先へと外に向かおうとしていた。一斉に出ようとするものだから、門のところで馬車同士がぶつかったりして、なかなか外に出られないようだった。


 サミフ内に家や別荘がある貴族は歩いても帰れるということで、馬車を置きっぱなしで行ってしまうものもいた。

 でも、遠くから来た貴族は馬車がないと帰れないので、押し合いへし合いするしかない。


 ゆっくりと見回してみると、フルート家の馬車があった。あれはフランツ様とカジカの父上様が乗っているものだった。

 これからどうしたらいいか聞くためか、カジカは馬車へ駆け寄って行った。


 また女の子を放っておいて!


 馬車を操る召使いがカジカに気付いて、中にいるであろうフランツ様と父上様へ合図を送ったようだった。

 でも、馬車から顔を出したのはフランツ様だけ。


「兄様。事情は聞きました。これからぼくたちはどうなってしまうのですか?」


 すると、不機嫌そのままに、フランツ様が吐きつけるように言った。


「しらん! 父上は先にどこかへ行かれた。金目のものを選んで、馬車に乗せろといわれただけだ」


「ちょっと! どういうこと? 逃げ出すんじゃないでしょうね」


 思わず横から口を出してしまった。

 話がややこしくなるからやめてよ、と言わんばかりに視線を送ってくるカジカのことは当然無視する。


「ミルディティス家の小娘か。いいか、王城が落ちたということは、国がなくなったと同義なのだぞ。我々が為すことはもうない」


「町の人はどうするのですか?」


「知るか! 北から『亡者の波』が来る! 逃げなければ死ぬ。人のことなどかまっていられるか!」


 なんて無責任なことを! 


 頭に血が上って、一言悪態でもついてやろうかと思ったとき、隣のカジカがわたしの袖を引っ張った。


「僕は……しばらくここにいます」


 怒鳴るフランツ様に、小さな声で、でも静かに、カジカが反論した。

 不覚にも迫力さえある雰囲気に圧倒される。ちょっと人が違うんじゃない?


「お、お前一人に何ができる! お前もとっとと家へ帰って父上を手伝え!」


 フランツ様は馬車の中へ引っ込んだ。


 そのまま馬車は動き出し、門を通り抜けて行ってしまった。


 舞った土埃が視界を邪魔する。

 カジカの、魔士にだけ許されるローブにも汚れがついてしまう。


「なんなのよ! 貴族は平民を守れる力があるから貴族だって、学校で習ったでしょう!」


 レディ失格な鼻息を出してしまう。

 ちらりとカジカを見ると、ぼーっとしている。まったくグズカジカだわ!


 かまってもしょうがない。

 わたしもどうしたもんかと考えを廻らす。とりあえず知り合いの姿でも探してみようと思う。


「ねぇ。ファルシーナ。君はもう帰ったほうがいいよ」


 なんてことを言うのよ。わたしを見くびらないで欲しいわ。言い返そうとすると、ナマイキにも手で制してきた。


「いいから帰って。あ……そのまえにスミノフさんかシダスさんに連絡してほしいんだけど、いいかな?」


 はぁぁ!? 言うに及んでそれ?


「よくないわよ! 召使いにでも頼りなさいよ!」


 もういい。帰るわ。

 あたしは吐き捨てると、地面をこれでもかと踏みしめてその場を去った。


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