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第八話




 そんなに爆風みたいにしゃべらないでよ。頭の回転が追いつかないよ。





 カジカが次の言葉をかんがえあぐねていると、ウィーネがファルシーナに声をかけた。


「ファルシーナ、おはようございます。今日は綺麗なお召し物をしていらっしゃいますわね。でも、馬車で来なければ、せっかくの服が汚れてしまいますわよ」


 ナイスタイミング。ウィーネをつれてきてよかったと、カジカはちょっぴり思った。ほんのちょっぴりだけど。


 魔士であるファルシーナには、偽装工作で潜んでいるウィーネの存在は見えている。


「そうなんだけどね。この人ごみのなか馬車はないでしょ。あぶないわ」


 カジカと同じ理由だ。ファルシーナはやっぱりいい子だ。でも、強引なところをどうにかしてほしいと密かに思う。


「時間はまだあるみたいだから、一緒に見て回りましょ! あっちにね、綺麗な指輪が並んでる場所があるの!」


 ファルシーナの目が輝いている。カジカの都合は考えていない。


 カジカの手をひっつかむと、返事を待たずに走り出した。強引に連れて行かれるカジカ。そんな二人を周りのみんながくすくす笑って見ている。


「お願いだから、恥ずかしいから、ファルシーナ」


「何? 聞こえませ~ん」


 抗議の声は届かなかったが、カジカは少し楽しかった。

 でも、ちょっと待って欲しい。カジカとは足の長さが違うのだ。









 足が長くて腰の高さが一つ上にある、抜群のスタイルをしたファルシーナ嬢が、緑髪をした、なんだか冴えない少年、つまりは、カジカ様を引っ張っていきました。


 悲しいかな、カジカ様はファルシーナ嬢より若干背が低いので、姉と弟のように見えてしまいます。


 シダスと私スミノフは、簡単な屋台にできたカフェでお茶を嗜んでいます。大陸の南にあるプロメテス王国産の茶で、砂糖とレモンを入れて飲むものらしいのですが、なんとも言えない後味がさわやかで、とても気に入りました。


 レモンと茶が相まったやさしい香りが辺りを漂っております。


「カジカ坊ちゃんも隅におけねぇやなぁ! スミノフ」


 シダスの分厚い手が、私の細い背中をバシバシと叩きました。


「ぶ、ぶはっ。あたたたた」


 シダスは遠慮というものを知りません。危うく茶をこぼしそうになりました。背中も痛いですが、彼のうれしそうな顔を見ていると、反論する気分が薄れてゆきます。

 しかし、言うことは言わねば。調子に乗って何度も叩かれれば、身体が持ちません。


「痛いですよ。シダス。もうちょっとデリケートに扱ってください」


 気分は薄れても、キッチリ反論はさせていただきます。それが私スミノフなのです。


「細けぇなぁ~! スミノフよう!」


「細かくなければならないところもあるんですよ」


「なんでぇ? ちょっと勉強ができるからって偉そうにするなよ。おれっちより年下のくせに」


 まったく。いつもこれです。まぁいいです。本人も本気ではないのですから。


「今、お二人が通り過ぎたときに、周りの平民のみなさんの表情を……」


「おうおう! 見た見た! やっぱりカジカ坊ちゃん最高だな! 本人は気付いてないようだけど、平民のみんなに好かれてるんだよな~。それが貴族じゃ嫌われ者だって。世の中わからねぇもんだなぁ」


「そうですね……できれば貴族のみなさんにも、カジカ様の良いところをわかっていただきたいのですが」


「つってもよ、みんなに好かれるなんてことたぁありえねぇからなぁ」


 カジカ様は魔士上級学校でいじめられているそうです。


 私平民にはわからないのですが、フルート家次男のミルゼ様が言うには、貴族の中でもカジカ様の魔術の力は群を一つも二つも抜いているようなのです。

 しかし、その力を一切振るうことがなかったそうです。争いを好まないカジカ様は、いじめっこの攻撃に反抗せず、ただただ、図書館へ逃げるしかなかったらしいのです。


「でもよ、スミノフよ。俺は思うんだよ」


「なんですか?」


「貴族連中には嫌われてるけれども、学校が終わればあとは社会に出るよな。貴族だから貴族同士の付き合いってのも大事だが、そういうのはフランツ様に任せておけばいい。カジカ坊ちゃんは平民の連中には人気だから、そっちの仕事には向いてるんじゃねぇのか?」


 たしかに。シダスの言うことはもっともです。

 でも、そう簡単にいく話でもないのです。まずは、カジカ様のあの、一歩引いてしまう性格をどうにかしなければいけません。そのことが私スミノフの心配事なのです。


「スミノフは考えすぎなんだよ。学校でいじめられてるからって、人生全てが終わるわけじゃねぇんだ。逆に、いじめられっこのほうが後々大成功してたりするんだよ。なんだったらうちで雇って、魔術庭師なーんてものをやってみるのもありじゃねぇかな?」


 フヒヒと笑い、冗談とも本気とも取れない発言をするシダス。

 結局はそこに行き着くんですか。庭マニアですね。


 しかし、私たちが心配しなくても、カジカ様はすごい貴族なのです。ウィーネ様を連れているだけですごいと、文献には書かれていました。私スミノフは文字を読めるのですから、いろんなことを知っているのです。


「我々平民ごときがどうこうしなくても、きっと立派な大人になられるはずです」


「そうだな。カジカ坊ちゃんはよくよく見れば、意外と端正な顔立ちだしな。大人になったら、ねえちゃんのいる飲み屋に連れて行ってやるか。立派にモテモテだな」


「……シダスの言う立派な大人に疑問を感じます」


「おう?」


 にしても、この茶は美味です。赤茶と呼ばれるものではあるものの、血のように赤いわけではないのです。透明度があり、どちらかというと秋の枯葉のような色をしています。レモンではなく、羊の乳を入れて飲む方法もあるそうです。


「さて、これからシダスはどうします?」


「おうおう。おれっちは庭木を売る当番なんだ。一応ギルドの仕事もしとかねぇとな」


 シダスは首にかけていた手拭いで顔をぶるりと拭きました。首手拭いはシダスのトレードマークです。


「そうですか。歳なんですから、あまり無理をしないでください」


 俺は歳じゃねぇといわんばかりに、両腕の力瘤をシダスは見せ付けてきました。ニッと笑ったときに出る歯には、欠けているところが一つもありません。白くて健康的な歯です。


「では、私は……」


 珍しい書籍を探そう、と言おうとしたのですが、広場に繋がる大通りから来る悲鳴にかき消されてしまいました。


 見ると、背中に幌をつけた特徴的な姿の兵士が、黒い馬に跨って猛スピードで道を駆け抜けていったのです。


 あれは早馬と呼ばれる兵士で、急な知らせを運んだりする兵士です。加えてあれは、王国直属管理の兵団のものです。伝令と呼ばれる仕事をするわけですね。何かあったのでしょうか。


 馬が突進して去った通りでは、幸い、大きな怪我をした人や、馬に轢かれて潰れた方もいなかったようですが、危ないところだったはずです。


「あぶねぇなぁ!」


 シダスが吼えます。顔は憤怒の形相で、馬が走り去った方向を睨みつけています。周りのみなさんも似たり寄ったりです。


 人が避けた流れに巻き込まれて倒れてしまった老婆を助け起しつつ、見回すと悲惨な状況です。


「シダス。ちょっとギルドの仕事は遅らせてもらえませんか」


「おう。当たり前だ」


 しばらく、私たちは市場の建て直しに協力をします。

 その間にカジカ様たちが祭を楽しめますように。


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