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第七話

建国記念日

 ~大戦暦0年4月27日~


 ナコ王国直轄領ヴァリアレーヌ地方サミフ、中央記念広場



 記念の日を盛大に祝うため、この日は様々な地方から人々が集まってきている。

 商人たちは中心を貫く大通りから広場に店を構え、ここぞとばかりに声を張り上げていた。商売相手はもっぱら平民で、彼らもまた記念日という祭を楽しむためにサミフへとわざわざ足を運んでいるのだ。


 建国記念の今日、王都のほうでも祝祭が催されている。それよりも貴族向けの格式ばった式典が多く、政治色が強い。あちらも平民が行う祭りがあるのだが、規模はこちらのほうが上だ。


 見ごたえのある催し物や、珍しい品物を扱った出店がなどが並んでいる。年に一度の祭りのため、商人たちを含め、気合が入っている。


 そんな中、サミフに出向している貴族たちは、広場の奥にある祭事を司る神殿へ馬車を進めていく。人々でごった返す広場を突っ切る彼らの豪奢な馬車は、平民の目には嫌味にしか映らない。


 貴族の馬車が通るたびに、人々は会話を中断して道を開ける。


 露天商は慣れたもので、馬車が近づくと店先を器用に縮める。

 潮が引くように、その動きは滑らかだ。ひさしを支えている棒を外側に引き寄せ、店先に並んでいる商品を、棚ごと引っ込ませる。あらかじめ一人でもしまえるようにしているそれを、手馴れた様子で動かしてゆくのだ。


 だが、商人たちも手馴れているとはいえ、いい顔はしない。せっかく店先に客を捕まえたと思っても、強制的に商品から視線を剥がされてしまうからだ。


 そんな人々の迷惑の塊は、神官による厳かな式典が行われる神殿へと、我関せずと向かってゆく。

 天府の王、地府の王と冥府の王の三つを崇め、一年間、この町が平穏無事に何事もなく過ごせるよう祈るためなのだが、我が物顔で向かわれると、素直に感謝できない。


 そして、例に漏れず、貴族であるカジカもまた、神殿へ向かうことになっていた。


「うっわー。人多い。いい匂いがする」

「それよりポケットから出たいですわ。あっ! あのお菓子おいしそうですわ」


 二人して、正直な感想を、ただ口から垂れ流す。


 カジカは、街の人には見慣れぬウィーネを、誰にも見せないようにポケットにしまっている。しかし、祭の雰囲気に興奮した彼女は、ちょこちょこと顔を出す。

 そのたびに、カジカは冷や汗をかく羽目になる。


「あれ買ってくださいまし買ってくださいまし買ってくださいまし」


 ウィーネが駄々をこねた。話し声が聞かれないように、慌ててカジカはウィーネを手で隠す。


「ちょっと! 何も見えませんわ!」


 正直静かにしてほしい、とカジカは眉間に皺を寄せる。

 シダスやスミノフが初めてウィーネを見たときは、二人とも騒ぎ立てたりはしなかったのだが、普通の人が見たら大騒ぎになるはずだ。

 こんなに大勢の人の中で大騒ぎされたらたちまち広場は混乱の渦に巻き込まれる。


 それなのに、ウィーネは何度言ってもピーチクパーチク。聞き分けのない小鳥みたいにはしゃいでいた。


「もう! そんなにわたくしを見せたくないのなら、フルート家の馬車に乗ればよかったでしょう!」


 ウィーネの言うことも一理ある。しかし、カジカは貴族の馬車が好きではないのだ。


 乗り心地は乗り合い馬車の数倍良く、見た目も中も清潔だ。ゴテゴテした装飾は、カジカの目で見ても、お世辞にも趣味はよろしくないが、それを差し引いても、貴族の馬車のほうが快適さには軍配が挙がる。


 だが、カジカは広場で楽しむみんなの邪魔をしてまで乗りたいとは思わなかった。

 さっきも貴族の馬車が我が物顔で通ったが、あのときの皆の顔は迷惑そうだった。何度も祭に足を運んでいたカジカには、容易に想像できたため、こうして徒歩で向かうのだ。貴族の典型とも言うべき性格のフランツ兄さんには怒られるだろうと思いつつも。


「まぁ、その心意気は買って差し上げますわ」


 カジカの考えていることを察したのだろうか、ウィーネはそう言うと、ポケットの中に納まった。


 かに思われたが違った。


 元来、彼女は水で体が出来ているので、なにもポケットの中でなくてもいい。

 カジカの服布の間を器用にすり抜け、ローブの首元に座る。限りなく身体をより透明にすることも忘れない。カジカの頭とローブの襟の陰で光の反射を抑えて、身体も透明にしてしまえば見えないと思ったのだろう。


「ウィーネ! それ見つかったらやばいよ!」


「ここには平民の皆さんしかいらっしゃいませんから、そうそう気づかれませんわ。それに、危なくなったらすぐに隠れますもの」


 本当かと疑いたいほどの、ふてぶてしい物言いだ。

 ウィーネのことだから、見つかったら見つかったで、水芸でもして遊びかねない。その都度、カジカは誤魔化すための言い訳をしなければならないだろう。


 ご機嫌なウィーネから視線を外し、小さく一つため息をついた。


 道の端にあったどこかの店の踏み台に乗ったカジカは、辺りを大きく見回した。現在位置を把握するためだ。


 人の多さに目がくらむ。

 本来、南街門から神殿まで伸びる一直線の石畳が見えるはずなのだが、薄く灰色がかった石畳色はまったく見えない。その代わりに、人の頭や服のモザイク模様が一面を埋め尽くしている。

 石畳の道路、その中間に、大きな噴水を擁した広場があるのだが、今日は全く視界に入らなかった。見えるものは人の頭と人の体ばかり。みんな祭を楽しみにしている証拠だった。


 カジカも彼らと同じく、儀式のほうではない祭を楽しみにしていた。


 色々な地方の珍味や服、色々な品物が集まる市場は、見ているだけでもとても楽しい。所狭しと屋台に並んでいる品物は、珍しいものばかりだ。

 知らず知らずのうちに、カジカの体は屋台群のほうへと向かっている。


「そうそう。楽しまなくちゃ損ですわ。」


 方向が変わったことに満足したウィーネが、うれしそうにもみあげを引っ張った。


「カジカ! あっちにパープルタイガーのいる檻がありますわ! 見に行きましょう!」


 慣れっこになったといえど、もみあげを引っ張られるのはちょっと痛い。


「はーやーくー! 姿を見せてしまいますわよ!」

「わかったから! ひっぱらないでよ!」


 パープルタイガー。この虎はこの地方にはいない。めったに見られない虎なので、一様に皆、釘付けになっている。

 カジカも図鑑でしか見たことがない。


 皆に混ざって、自分も眺めることにする。紫がかった青い毛並みは、濃い夜の空の色をしている。目は赤だと気付き、もう少ししっかり見ようと体を乗り出した。


 カジカより早く、一足先に近寄ろうとした平民のおじいさんは、パープルタイガーに唸り声を上げられてしまい、それ以上動けなくなった。


「近づきすぎるとあぶないよ! おじいさん食われちまうよ」


 注意した商人が、おどけておじいさんに「がおー」と下手な吼えまねをした。


 硬直していたおじいさんは照れながら謝りつつ下がっていった。


 パープルタイガーは見世物ではなく、どうやら売り物らしい。檻に値札がついている。平民の家が一件買える値段だった。貴族や、それこそ見世物屋などに売るのだろう。


「目が赤かぁ……アメジストじゃなくて、違うのにしたらよかったかな」


 カジカは模型作りも趣味だった。

 今まで作ってきた中に、このパープルタイガーもある。図鑑では目は紫色だったので、アメジストを使ったのだが、実際は違ったようだ。

 パープルタイガー自体が珍しいため、図鑑作者が誤植をしたのだろう。


「自信作だったんだけどなぁ」


「そうね。カジカの虎人形の目は紫だったわね」


「うん。そうだね……って、ファルシーナ?」


「そうよ。あたしはファルシーナ。もう忘れちゃったの?」


「あ、うん」


「うん、じゃない! 忘れていませんとか、何でここにいるの? とか、今日もキレイだねとか、言えないわけ?」


 正直、彼女がいると、カジカは市場を自由に見て回れない。

 彼女は昔からカジカをひっぱりまわして楽しんでいる節があったからだ。


 タイミングが悪いときに絡まれたなと思いながら、カジカは、彼女の魔の手から逃れる算段を、頭の中でこっそりとしはじめた。



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