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第四話

 スミノフを置き去りにし、カジカは図書館の中の一つの部屋の前へ来た。


「ねぇ、カジカ。さっき言ったこと、本当のことですの? スミノフをかわすための口実じゃなくて?」


 ドアに触れようとしたとき、馬に乗って手綱を引く女将軍になりきっていたウィーネが、カジカの前髪を引っ張った。もちろん、馬はカジカだ。


「何が?」


 ウィーネはもう一度髪の毛を引っ張る。馬を止めるときに、手綱を引っ張るように。


「何が? じゃないですわ。誰かに言われているような気がするって」


 しばしの沈黙。眉をひそめて、真剣な表情になる。


「うん……嘘はついてないよ。昔にもこういうことがあったんだけど、なんだかちょっと今回は、昔よりも」


「よりも?」


「強い何かが来てるきがぶぶぼ」


 横から伸びてきた手に頬を掴まれた。



「誰が強いってぇ!」


 ぐいぐい揺すられる視界の先には、襲撃者の攻撃を避けたウィーネが浮いている。


 ぐいっと、無理矢理向かされた視線の先には、女の子が肩を怒らせてこちらを睨んでいた。


「あんたねぇ! どうして学校来ないのよ! このままダメ人間になるつもり? あんなカス貴族なんてあんたの魔法でちょちょいのちょいでしょう?」


 鼻息荒くカジカを吹き飛ばしたのは、ファルシーナだった。


 構えているところを見れば、どうやら魔術を使ったようだ。

 

「痛いなぁ……」


「痛いもクソもあるかぁ! ウィーネちゃんが呼べるくらいの力があるのに、どうしていじめられるのかなぁ……あたしには理解不能だわ」


 彼女の言うとおり、ウィーネはカジカが呼び出した精霊だ。日常に溶け込んではいるが、ウィーネを常に侍らせられること自体が異常なのだ。


 精霊一人を呼び出し、さらに姿を見える形に作るには、膨大な魔力と魔術の才能があってやっと成功する。


 しかしそれを、カジカは生まれて十年経たずに呼び出してしまっている。


 そこだけを見てもわかるように、カジカは類稀なる魔術の才がある。


 しかし、争いを嫌うカジカにとって、いじめっこ軍団がいる学校というのは居心地がすこぶる悪い。


「いいじゃん……別に」


 草木を育て、同好の士と昼食をとりながら語らう時間のほうが、自分の性に合っていると思っている。やんやと文句を言われたカジカは面白くない。


 部屋の前で、一言二言つぶやいてドアに触れた。ドアに描かれている複雑な文様に一瞬光が走る。そして、そのまま手を押し込んでドアを開いた。


「またそこぉ?」


「またって……ファルシーナは毎日ぼくを見てるの?」


「見てるわけないじゃない! 学校来ないなら、ここか、庭でしょ! あんたがいるところは」


「否定はできないけど……」


 興奮気味のファルシーナを置いて、とっとと中へ入る。あわててファルシーナは追った。扉をくぐると本とインクの匂いが鼻についた。


「相変わらずね~」


 カジカは彼女には返事をせず、足の踏み場のない部屋の僅かな空白地を飛びつつ、奥へ進んでゆく。


 奥まったところにある机を運ぶ作業に入りながら、彼女の動きを窺った。貴重な本を踏まれたら大変だから。


 ファルシーナは長くて細い足で、山積みになった本を無遠慮にまたいでカジカのところへと徐々に近づいてくる。


「なにやってんの?」


 こちらの心配もつゆ知らず、暢気に聞いてくる。


 文句を言えばキレで暴れるので、こらえて答える。


「……ちょっとね、これで試したい魔術があるんだ」


 机を使った魔術など聞いたことがないのが当たり前だ。大抵、魔術は杖のような道具や、本などに書かれたり刻まれた文字を使って出すものだから。そもそも机は持ち運びに向いていない。


 魔士の端くれであるファルシーナだったが、頭に疑問符を浮かべても無意味だった。答えがでないので、考えても仕方がないと諦める。

 ファルシーナはカジカと違って並みの魔士なのだ。

 

 カジカがやろうとしていることは、おそらく自分では理解できない。


 気にしてもしょうがないのだ。カジカの圧倒的な力は隔絶した向こう側に到達しているのだから、嫉妬すらも起こらない。


 とりあえずやることがないファルシーナは、また部屋の中を見渡した。


 部屋一面本だらけ。


 壁に取り付けられた本棚には、ぎっしりと本が詰まっていて、それがフロア三つ分ブチ抜いた天井まで続いている。


 上のほうの本を取るための梯子のようなものはない。

 

 上のほうの本はウィーネのような精霊を使役したりして、自らの魔術で取ることを前提で置かれているのだろう。


 その中には禁忌の書もあるとカジカは言っていたが、ファルシーナには縁がない。


 他にも見たこともない本が、床に無造作に積み上げられたりする。あの本一冊で平民が一生暮らせるだけの価値はある。


 反対側へ視線を巡らせると、本しかないだろうと思われた部屋の一角には大きな棚が置かれていた。


 その棚には、馬に乗った騎士をかたどった鋳物やら、魔術で作られたとおぼしき土で作られた蜘蛛、金属が糸状になったものをうまく編み上げて作られた地竜など、人形が沢山置いてある。


「あいかわらず人形遊び?」


 彼女が振り向いたとき、カジカは机を出すのをやめ、椅子を持ってきていた。

 机はなんだったんだ。


「さっきからあいかわらずあいかわらずって。なんなんだよ」


 ぶちぶち文句を言いながらも、カジカは動きをやめない。


「今度は椅子?」


「机は邪魔だなって思って」


「ふぅん……」


「ついでにファルシーナも邪魔だなって思って」


 さらりと答えるカジカ。


 その一言を聞いたファルシーナは案の定、

「あーあーそうですか! 邪魔で悪ぅございました!」

 へそを曲げた。


 彼女は手に持っていた紙の束をカジカに投げつけ、そのまま飛び出した。


 紙の束はふわりと、彼女が遠ざかる姿に重なって舞い上がった。


 そのまま地面に散らかる寸前、紙はぴたりと宙で静止する。


 時間を撒き戻したようにばらばらと音を立てながら、カジカが差し出した手の中へ収まってゆく。


 最後に順番を間違えた一枚がピラリと一番上に場所を変えた。


「あいかわらずうまいものね」


「ウィーネまであいかわらずって……」


「せっかく来てくれたのに。あの子の気持ちもわかってあげたら?」


 カジカは首を振ってから、不機嫌そうにウィーネを見上げる。


「あいかわらずあいかわらずって……いつまでもぼくを、昔の型にくくって話をするのが間違ってるんだよ」


「あらそう?」


「そうさ。三日過ぎた男子、克目してみよとかいう諺があるじゃないか。それにぼくは大丈夫だよ、学校へ行かなくても勉強してるし」


 ウィーネはふふんと余裕の笑みをたたえた。


 ウィーネはこう見えても人よりよっぽど長く生きている。


 年下の男子が強がってみたところで、かわいく思えるだけだ。


 たとえ才能のある魔士であっても、ウィーネにとってはただの十三歳の少年なのだ。


「まぁまぁ! 言うようになったみたいね! がんばってお勉強することね、貴族のボンボンちゃん」


 あからさまにからかうウィーネの物言いに、カジカは一瞬、腹を立てる。


 でも、これ以上、言い争ってもしょうがないとも思う。

 カジカは深呼吸をして、気持ちを切り替える。


 稀代の天才魔士も、口喧嘩ではウィーネに勝てるとは思っていない。


「わかった。もういいよ。ぼくが悪かった。今度ファルシーナに謝るよ」


 ウィーネはうれしそうにくるりと宙返りをした。


「お友達は大切になさいな」

「わかったから。ウィーネ、地獄門第三章と水車とって。あとは……」


 こうしてカジカの午後の時間が始まった。


 何もない、いつもどおりの、そして、ささやかな幸せが辺りを支配する、なんでもない午後。

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