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第三話

  ナコ王国直轄領ヴァリアレーヌ地方サミフ、フルート図書館



 食事を終えた三人は、片づけを終えて出口へ向かった。


「坊ちゃん。今日はここまで。また」


「うん。シダス。馬車に轢かれないでね」


 気を許しているからこその冗談だ。


「物騒なことを言わんでくれい。じゃあな、ウィーネちゃんも」


 シダスも笑顔で答える。いつものやりとりだ。ウィーネも軽く膝を折る。


「ごきげんよう」


 シダスを見送った後、カジカは図書館の中へ入っていっゆく。

 図書館は静かな場所だ。カジカは静寂が何よりも安心するものだった。


 平民で字が読めるものは少ない。加えて、貴族は図書館へ行かなくとも、金にモノを言わせて、たいていの本を手に入れることができる。ここは貴族の趣味で作られた場所だ。そして、その貴族の末裔がカジカだったりもする。


 ただ、道楽という理由だけではなく、特別な力を持った本や道具を保管するためにも必要だったのだという。


 この世には厳然として、魔法と呼んで差し支えないものが存在する。


 先ほどからカジカの髪の毛を、ブランコにしようと躍起になっているウィーネもまた、カジカの魔法の力で呼ばれたものだ。


 シダスのような平民は魔法を扱えない。魔法が使えるものは貴族というのが常識だ。


 魔法にも色々な種類がある。自分にあった魔法の場合は、特別なものは何もいらない。


 しかし、ここにあるような本などの力を借りると、本人が元々もっていない要素の魔法を使うことができる。だが、そもそもの話、今ではこれらの魔法の本や道具を扱える貴族はほとんどいない。かつては本の種類と量、貴族の力と数が国の力に大いに影響していたのだが、すでに形骸化して久しい。


 扱える魔士がいた当時は価値があったため、今でも、強い魔法や罠で図書館は守られている。


 そんなところにカジカがなぜいるかというと、魔法の勉強の延長でのめり込んでしまったから。言うなれば趣味だ。義務感だけで図書館を維持している父親には知らない秘密を、カジカ数え切れないほど解読してしまっている。


 今ではフルート私設図書館は、ほぼカジカの物となっている。


 図書館の内部の清掃や管理を一手にやってもらう図書館館長を、わざわざ雇っているのも貴族の坊ちゃんであるカジカだ。

 カジカの小遣いは、平民百数十人分の生活費とさして変わらない。それだけの大金を特に使うこともないので、図書館の管理にもつぎ込んでいる。


「カジカ様、ウィーネ様。おかえりなさい」


 図書館の入り口ホールで二人に声をかけたのは、図書館館長スミノフだ。

 カジカ以外、ほとんど訪れるものがいない図書館の受付兼管理人をしている。真面目な男で、清掃や管理に手を抜いたりしたことは一度もなかった。


 いつも図書館が清潔なのは、彼の妥協をゆるさない性格がもたらしたものだ。


「スミノフさん、いつもありがとう」


「いえ、めっそうもございません」


 カジカはいつもの場所へ向かおうとした。

 その背中に、スミノフは遠慮がちに声をかける。


「カジカ様……学校は……」


「ん……」


 困った顔で言葉を詰まらせる。別にばつが悪かったからではない。この話でスミノフを説得するには骨が折れそうだと思ったからだ。


「いじめなんかに負けてはいけません!」


 なんの前触れもなく、スミノフは拳を突き出して大声を出した。

 ビックリしたウィーネは、髪の毛ブランコから落ちかける。


「……うん。だけど、なんていうのかな……最近それとは別に、心の中がざわざわするんだ。学校に行ってる場合じゃないって……誰かに言われているような気がする」


 それを聞いたスミノフは憤怒の形相に変わる。真面目な彼が怒ると、怖い、より驚きが勝る。

 彼は素早い動きで握った拳を上に突き挙げた。


「フルート家の男が、なにを情けないことを言っておられるのです! カジカ様は主席の成績を収められるほど秀才なのです! そこらへんのボンボンの言うことなど、放っておけばいいのです! 現実逃避はいけません!」


「あの、ぼくもいちおうボンボンに分類される生き物だと思うんだけど」


 カジカはスミノフの揚げ足をとってみるが、彼の耳には届かなかった。


 下を向いたままぶつぶつといい始める。どうやらカジカが学校でいじめられない方法を考えているようだ。

 集中すると周りが見えなくなる彼に、今は何を言っても無駄だ。そうしてまとまった考えは、後々濁流のように流れ出す。終わりが見えない説得という形で。

 

 面倒なことになるので、カジカはそっとその場を離れることにする。


「スミノフさんっていい人なのですけれど、ああなってしまうといい男が台無しですわ」

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