第九十四話 王允
孫堅はまだ朧げな自分の記憶を辿って、血腥い戦場に戻っていく。
そこでは、二人の男が自分を介抱し、碧雪に居場所を誰かへ伝えるように諭している。
(――よし、お前にすべてを託そう――)
顔は誰か判らないが、一人は聞き覚えのある男の声だった。
次に、その男が腰巻きに何かを結びつけている場面が脳裏に浮かんできた。
短い記憶の旅から戻ると、気になって自分の腹の辺りを頭を上げて見たが、体中に包帯が巻かれているだけだった。
「そういや、俺の石帯に何か付いてへんかったか?」
孫堅が自分の腰回りに目をやって何か探している。朱治はすぐに答えてやった。
「いや、そんな袋は見てへんけどな。まぁ、それより、もう余計な事は喋らんとゆっくり休んだ方がええ」
「そうか。ワイが気ぃ失っとる時に、誰かが腰巻きに何か巻きつけよる気がしたんやけど、夢でも見てたんかなあ」
「なんや、ようわからへんけど、もう寝たほうがエエって」
「おう、はよ寝て明日の戦に備えなアカンからな。今日はもう寝るわ」
そこに居た誰しもが孫堅の気概に震え、また中には呆れる者もいたが、人事不省に陥るほどの怪我を負いながら、明日の戦に備えている大将の姿に、士気を高めない者はいなかった。
再び孫堅が眠りに就き、皆が幕舎の外に出ていった後、去り際に朱治が呉景に目で合図して自分の幕舎に寄るように指示した。
「ワカはもう大丈夫やな。しかし、あの袋の事を言うとったなぁ」
「おお、それやがな。なんや見た事ないあのデカイ革袋な。やっぱりあの袋はワカのモノやないっちゅうことやな」
呉景は朱治の幕舎で、例の革袋の事について話し合っている。
袋を見つけたのは朱治だったが、他の者には気付かれなかったようだ。呉景には袋の事を伝えていた。
「ところで、何が入っとったんや?」
「おお、とんでもないモンやで。中央の政界事情に疎いワシでも、アレ見てビビッたわ、ホンマ」
朱治は長机の上に「アレ」を幾つか置いて広げた。アレとは、非常に小さい紙で出来た巻物であった。
竹簡などに比べて軽量で嵩張らず、持ち歩くには非常に便利だ。もちろん、この時代はまだ紙は高級品である。
「まぁ、簡単に言うとやな、十常侍と呼ばれとる皇帝お気に入りの宦官らの一人に、張譲っちゅうヤツがおるらしいんやけどな、そいつが黄巾賊と内通しとった、っちゅう話やな。まぁ、アイツらの存在そのものが国家に対する反逆みたいなモンやで」
呉景は押し黙っている。しばらくして朱治に言葉を返した。
「ここにその証拠があるっちゅうのは問題やな。こんな巻きモン一つでワテらみたいな田舎もんが帝に上訴しても、信じてもらえるかわからへんで。今まで悪徳宦官を直訴しようとして成功した奴はほとんどおらへん。みんな、その一歩手前で殺されてしもうたからな。それやったら災いの種は最初から無かった事にした方がエエかもしれへんな」
朱治は突然、顔色を変えて呉景に怒鳴った。
「それはアカンっ。これは宦官の国家に対する反逆や。帝の側におりながら裏切って黄巾賊にネタ流してたんやぞ。この話聞いたらワカも同じ事を言うに決まっとるわい」
朱治は丹陽郡の名家の出身であり、若くして孝廉に推挙され州の従事となった俊才だ。対する呉景も呉郡の名家であり、孫堅の妻を姉に持つ親戚筋である。
二人とも片田舎の名家の出身ではあるが、漢という国家に対する忠義心に溢れる点は変わりない。
呉景は談義に熱くなった朱治を宥めるように話を進めた。
「まぁ、ちいと落ち着きなはれ。そやからワカにこの事を言えんのや。意識を取り戻したから言うて、まだまだ絶対安静にしとかなアカン身体や。この密書の事を知ったら、ワカが何しでかすかわからんで。忠義の塊みたいなお方やからな」
「せやけど、このまま闇に葬り去る事はでけへんぞ」
朱治にとってこの張譲の密書は絶対に見過ごせない。呉景はもう一度宥めるように言う。
「まぁ、聞いてくれや。さっきも言うた通り、南方の田舎から精出してやってきた儂等の言う事を、上のモンに信じてもらおう言うたかて所詮無理に話や。ワカの上司の朱中郎将に報告して告発してもらうんが一番の筋やと思うんやけどな」
「ほうか、なるほどな。確かに、朱右中郎将も皇甫左中郎将も国家を憂う忠義の士や。せやけど、ワシらとおんなじで生粋の軍人でもある。海千山千の老獪な宦官どもを相手に駆け引きがでけるやろか」
「皇甫中郎将は党人に恩赦をだすよう帝に直訴した男やで。まぁ、でも、予州刺史に相談する……いう手もあるなぁ」
呉景の突拍子もない言い分に、朱治は納得したような表情を見せた。しかしまだ納得は出来ていなさそうだった。
「相談する言うたかて、儂らそんな簡単に相談できる身分でもないやろ。まぁせやけど、出来るかどうかは別として、なかなかエエ案やないか。王予州……言うたら剛気な男やて評判やからな」
王は姓を指し、予州とは刺史を略して州名を官位の代わりに呼んだものだ。刺史という官位は監察官の事を指す官名であったが、そのうちに州そのものを取り仕切る長官としての役職になっていった。
黄巾賊の反乱が起こると予州刺史に任命されたのが、王允という男で、字を子師という。
王允は若い頃、郭泰という同郷で有名な儒者から「王生は一日千里、王佐の才あり(王くんは一日千里を走る名馬、王者を補佐する宰相の才がある)」と評されるほど、早くからその才能を認められており、また剛気な逸話をいくつも持っていた。
彼は予州刺史に抜擢されると、予州の魯国出身でかの有名な孔子の直孫である孔融と、同じく予州潁川郡出身で荀子の子孫と言われる荀爽を召し出し、参謀として側に置いた。
荀爽は党錮の禁で仕官の道を断たれていた潁川郡でも高名な士大夫あり、党錮の禁が解かれると王允はすかさず彼を採用したのだ。
孔融や荀爽の献策もあってか、王允が率いる予州軍の活躍めざましく、黄巾賊が陣取る県城を陥落させるに至った。西華県で輝かしい戦果をあげたのである。
「もし、王予州にこの密書を渡せるとしたら……」
朱治が小声で言う。
「アイツやな」
呉景はそう言って頷いた。




