第八十八話 大丈夫
張譲の邸宅の前に着いた所で、怪しい人物が門戸を叩いているのが見えた。夏侯惇はその男を見て虫の知らせを感じた。
「なぁ、大方が寄越した使いの者なんだろ? なら、もう報告は済んだぜ」
と夏侯惇が話しかけた。
「まさか、そんな筈は。私がその使者だっ、うぐっ! うっ……」
周りに人気がないのを確認した後、夏侯惇がその男の首を締め始めた。
「豪来、こいつの首をへし折れ!」
言われるがままに夏侯惇が首を締めている男の首根っこを、典韋の丸太の様な腕が簡単にへし折ってしまった。
「何なんだよ、急に。こんな所で殺っちまっていいのか?」
「こいつは黄巾賊の波才の使者だ。ここに衛兵がいなくて助かったぜ。この死体を早く片付けるんだっ」
典韋は死体の頭を掴むと、その怪力で近くの草むらに放り投げた。ドサッという音ともに死体は草むらの中に埋もれ、とりあえず視界から消え去った。
物音に感づいた張譲の衛兵が邸宅内から数人出てきた。
「こんな朝早くから騒々しいぞ。貴様らは一体何者だっ?」
「張中常殿に会いに来た。騎都尉の使いだと言えば、すぐにわかる」
衛兵は騎都尉という言葉にすぐに反応を示し、もう一人の衛兵に合図して張譲を呼びにやった。
その後すぐに数十人の衛兵がきて夏侯惇と典韋は身体検査を受けるが、武器などの類は一切身につけていなかった為、二人は邸宅内に入る事を許された。
綺羅びやかな邸宅内に目を奪われる二人だが、案内された先は納屋らしき小さな小屋だった。小屋と言ってもさすがは張譲の邸宅内だけあって、豪華な装飾を施された立派な建物だ。
そこへ張譲は寝間着姿のままでやってきた。
「曹操の使いだとぉ。よくもまぁ、のこのこと顔が出せたな。波才は皇甫嵩らに散々に討ち破られて撤退したと聞いたぞ。曹操も私を裏切って漢軍に加勢したのだろう。私の計画が台無しではないかっ」
なんと波才が敗れたという報せがすでに張譲の耳に入っていた。しかし、夏侯惇は動じる事なく冷静に切り返す。
「騎都尉殿は欺かれたのです。波才大方はすでに漢軍の火計によって討ち取られておりました。そこで騎都尉殿は太平道軍に加勢しようとしたのですが、その直後に苑銛という軍司馬に背後から刺され、羽林たちの眼前で首を晒されました。その後で漢軍に加勢したのです」
「ばかな、苑銛が。彼奴が曹操を殺したというのか?」
張譲は少し狼狽した。どうやら夏侯惇の話を信じている様子だ。
「私は騎都尉殿の側におりましたが、一瞬の出来事で止める事はできませんでした。その後に太平道の軍に突撃を敢行し、苑銛も乱戦の最中で討ち取られたのです……。裏切り者は苑銛で間違いありませぬっ」
夏侯惇は張譲の眼の前で膝を付き、涙を流して俯ながら話を続けた。
「私は騎都尉……いや、孟徳殿と同郷の出身で、幼少の頃よりお仕えておりました夏侯惇という者です。張中常殿、孟徳殿は忠実に貴方の言われた通りに、事を為そうとされておりました。しかし、道半ばにして逝かれてしまわれたのですが、戦場に往かれる以前より、後事は私に託すと仰っておりました故、こうして貴方の前に馳せ参じたのであります……」
「そうか、で、その後ろの大男は一体何なんだ?」
張譲は夏侯惇の後ろで突っ伏したままの典韋に目をやるが、典韋の恐ろしい眼光を見てすぐに目を逸らした。
「私は、ここでまだ死ぬ訳にはいかないのです。孟徳殿の親族をお守りする義務があります。この男は窮地に陥った時の切り札で御座います」
その夏侯惇の一言はただならぬ空気を漂わせている。
「よくわかっているようだな。これだけ私の秘密を知っている人間を、生かしておくのは危険な事だ。大人しく自害するか、私の兵に討たれるか、好きにするがよい。曹操の親族はお前の行動次第で決まるぞ」
張譲の後ろからドッと十数人ほど衛兵が湧いてでてきた。対する夏侯惇と典韋は丸腰である。
「危険を承知でここに参ったのは、孟徳殿の貴方に対する忠誠を示さねばならなかったからです。でなければ孟徳殿が浮かばれない。貴方のお慈悲で、この私を行かせてください。できれば貴方様の邸宅で無用な騒ぎなど起こしたくないのです」
どう見ても典韋と夏侯惇は、天下無双の豪傑である。丸腰とはいえ、ここにいる衛兵だけでこの二人を討ち取るができようか。張譲にも少なからず焦りがあった。
それに馬元義が近々この雒陽に連行されるのに併せて、官兵による執拗な捜査が行われるという。いくら権力の頂点に近い張譲と言えど、今は下手な動きはできない。
二人を逃すのには危険を伴う可能性はあるが、残念ながら大人しく逃してやるのが、現状からいって妥当ではないか、張譲の判断はそういう結論を出すに至った。
「よかろう、行くがよい。だが、これだけは頭に刻み込んでおけ。私はいつも貴様ら二人を監視しておるぞ。例え中原のどこにいようとな。少しでも今日の話を誰かに漏らせば即刻、首が飛ぶと思え」
夏侯惇は両手足を地面につけて張譲に頭を下げた。
「我が主君、曹孟徳の名にかけて他言は致しませぬ」
こうして夏侯惇と典韋は張譲の邸宅より生還した。その後すぐに、波才が送った使者の死体を人知れず持ち帰り証拠隠滅を済ませたのは言うまでもない。
数日後に雒陽城外の大広場で馬元義の処刑が実行された。彼と共謀したと思わしき数百人の者たちと共に、刑場の露となって地面を真っ赤に染めた。
中でも馬元義の処刑法は残酷な車裂きの刑であった。車裂きの刑とは国家反逆罪に執行される刑で、受刑者の両手足を一本づつ縄で固く縛り、四方からその縄を括りつけた牛を、受刑者の手足が千切れるまで、引っ張り続けるという刑である。
処刑場は見物人で溢れかえるのだが、それが返って見せしめとなる。張譲も高台から処刑場を眺めていた。そこへ張譲の盟友である趙忠がやってきた。
「呂強が自ら命を絶ったそうだよ。ククク」
趙忠の不気味な笑いに合わせて張譲も一緒に笑っている。趙忠から話の大筋は聞いていたが、思っていたより早く結果が出たようだ。
薄汚い宦官たちがもっとも得意とする処世術、それは皇帝への讒言。
趙忠を奸臣と罵った呂強を讒言により陥れ、その罪状は皇帝への反逆罪とした。筋書きはこうだ。
「陛下。呂強が霍光の伝記を片手に党人達と集まり、夜な夜な密談している、という風聞耳にしたのですが、如何なものでしょう? このままにしておくのは危険かと思われます」
霍光とは前漢武帝亡き後の時代に政権を委ねられ四代の皇帝に仕えたが、新皇帝を資格無しとして就任より二十七日で廃したという逸話を持つ豪腕政治家であった。
趙忠は自分の部下である宦官の夏惲と共に、呂強は皇帝の廃立を企んでいる、と執拗に皇帝の耳に讒言を吹き込んだ。
それならばと、皇帝は呂強を連行するよう命じた。ただ、彼の本意を知りたかっただけなのだが、呂強の自宅に差し向けたのは衛兵たちであった。
呂強は衛兵を差し向けられた事に憤り、話を聞く前に「大丈夫(志ある男子)たる者は、忠を国家に尽し命をも捧げる覚悟があるのだ」と言って部屋へ篭もり自らの喉を掻き切ってしまった。
実は衛兵を差し向けたのは、皇帝の命ではなく趙忠が差し向けたものだった。皇帝は呂強を毛嫌いしながらも常に敬意を払っており、呂強の自害を知って落胆した様子だったという。
馬元義の処刑も呂強の自殺も張譲にとっては人事ではない。張譲自身も深く太平道に関わって国家転覆を企んでいるのだ。
潁川の計画は失敗に終わったが、もう一つの計画は必ず成功させねばならない。張譲はすぐに計画の実行に移った。




