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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第八章  黄巾當立
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第八十二話  処分

 一方、関羽と張飛は首領の程炎を探していた。賊たちは、関羽と張飛の姿を見て逃げ出すか、戦意を失って武器を捨てるかだった。


「降伏いたします」


 関羽と張飛の前に現れた男が()()を唱えながら、黄色い布に西瓜のような物を包んで、棒に吊るして掲げている。


 黄色い布の下半分は赤く染まっており血が滴り落ちている。人間の首であろうことは容易に想像できる。


「その首は、程炎か?」


 青龍偃月刀の矛先を棒に吊るされた首の方へ向けて言った。


「その通りでございます。ご覧になりますか」


 降伏した賊の一人が言った。


「必要ない。俺たちは程炎の顔なんぞ知らんからな。それより、まず名を名乗れ。なぜ自分の親玉をいとも簡単に裏切ったのか言ってみろ」


 普段は切れ長の細い眼をしている関羽が、瞼を少し開き眉間にシワを寄せ鋭い眼光をその一人の賊に向けた。


「はい。姓名を士仁(しじん)(あざな)君義(くんぎ)、と申します。それと、私は程炎を裏切ったのではありません。私は(げい)の出身でありますが、混乱の中で賊に拉致されて以来、仕方なく賊に従っていただけです。こうして隙を見て程炎の寝首を掻き、その首をあなた方に献上しようと思ったのです」


 士仁の作ったような言い訳を聞いて、関羽は不快そうな目付きで士仁を睨んでいた。


「賊に拉致されたから従っただと? さらに、その形勢が変わるや否や、自分の親玉の寝首を掻くなどと……。どうも気に入らん男だな」


 士仁は関羽の言葉にたじろぎ目を伏せた。その表情には悔しさが滲んでいたようにも見えた。


「では、私たちにどうしろと。ここにいる大勢の者たちは食べる事さえ儘ならなぬ流民も同然でした。私も然りです。好き好んで太平道に入信した者ばかりではないのです」


 関羽は士仁の言葉を聞いて返す言葉もなかった。流民たちの現状の厳しさは痛いほどに分かっていたからだ。だが、奥歯に物が詰まったような違和感を感じた。


「雲長アニィ。降伏してんだから、もう許しでやれよ。あんまりイジメてやんなよ。はっはっは」


 滑稽な話である。気性の荒い張飛が、逆に関羽を宥めすかせようとしている。とりあえず素直に張飛の言に従ったが、関羽はこの士仁という男が生理的に気に食わないようだ。


 ()にも(かく)にも、黄巾賊の砦は劉備の部曲たちの活躍で、速やかに陥落させた。無論、関羽と張飛の桁外れの奮闘が、勝利の大きな要因なのは言うまでもない。


 近隣の薊城にも黄巾賊制圧の一報が入り、城内の民衆にも安堵の顔色が広がった。


 関羽と張飛の活躍は後々、一人で一万人の軍勢に匹敵する――万人敵――と噂され幽州にその名を轟かせた。


 それはさておき、薊県の黄巾賊をほぼ制圧した鄒靖が率いる官軍は、降伏した黄巾賊の処分を協議する事になった。


 数多くの賊は逃げ出し、或いは殺され、千人ほどの賊が捕虜となった。本来なら反乱を起こした賊の処分は死罪、即刻処刑である。


 ()しくは、顔や腕などの目立つ身体の部位に罪人の証である刺青を施され、強制労働を課されるという道もある。


「砦の陥落で大人しく投降したとはいえ、漢室に歯向かった愚かな行為は許されぬ。先程は命を助けると言ったが、これでは示しがつかぬ」


 鄒靖(すうせい)は厳しい態度で賊に対する処断を迫った。が、劉備の意見は違った。


「私は、仕方なく賊になった者がほとんどだろうと思います。生きる為、賊に身を費やすしかなかったのではないかと」


 鄒靖は見栄も立場もある生粋の軍人である。本来なら劉備の意見に耳を傾ける必要もなく、独断で処分を決めることすらできる立場だ。


「君の気持ちはわからんでもない。だが、どんな理由があろうと国家に対する反逆は大罪である。この賊たちは即刻処刑……つまり、斬刑を免れる道はない」


 生粋の軍人である鄒靖だが、話のわかる熱い男だと劉備は信じていた。


「斬刑……。私はこの者たちを思うと不憫でなりません。なんとか、刺青か焼き印の刑で済ませてやる事はできないでしょうか。賊たちの額に罪人の焼き印か刺青を施した後に解放すれば滅多な事は出来ますまい。罪人としての烙印は一生消える事はありませんから」


「甘すぎる。そんな甘い考えでは再び賊の反乱が起きるぞ。ただし、賊どもを抑え責任を持って面倒を見れるというのなら別だが」


「無論、私にこ一任して頂けるなら、責任を持って賊たちの処遇を取らせて頂きます」


 鄒靖は決して首を縦に降らなかったが、強硬に否定する素振りも見せなかった。劉備たちの活躍あっての快勝だ。彼の要望を無碍に断るのは忍びない。


「全責任を持つというのなら、賊の処分は君に任せよう」


 翌日、劉備は賊に対する刑の執行を取り仕切った。千人もの(かせ)(手足に嵌める刑具)など無いので、縄で数珠つなぎに賊を縛っている。


「私の嘆願により、貴様ら罪人どもの処罰を減刑し、死罪は免れる事になった。されど、国家に対する反逆は重罪である。そのままお前たちを自由にさせる訳にはいかん。その額に罪人として刻印を彫る。覚悟はいいな?」


 地面に穴を掘って炭を焼き、焼き印の準備をしてから一人づつ罪人たちを並ばせた。


 程炎の首を獲って降伏した筆頭格である士仁は、先頭に並んで焼き印が押されるの待っている。


 焼き印は最初だけ劉備が直々に押す。鉄の棒を手に、棒先の印を熱い炭にくべて士仁の額に向けた。


「覚悟せよ」


 士仁の覚悟は出来ていた。むしろ劉備に感謝している。目を瞑って刑を受け入れた。


「ん?」


 士仁は自分の額に感じた違和感に困惑した。


「悲鳴をあげろ。大袈裟にやれ」


 劉備は小声で士仁に囁いた。


 そう、焼き印は少しも熱くないのだ。何か額が濡れたような感覚があり、赤い液体が付いていた。恐らく朱墨だろう。


 劉備は赤く燃える炭の中に焼き印をくべたように見せかけて、朱墨に焼き印をくべていたのだ。


「ぎゃああ」


 士仁は劉備の言う通り、派手に声をあげて顔を伏せ、そのまま呻きながら後ろに退いた。

 

 劉備は側にいた簡雍に焼き印の棒を手渡し、あとは上手くやれ、と言ってその場から離れた。


 続く者たちにも伝言遊びのように小声で皆に伝えていき、冷たい焼き印を押される茶番を全員が演じ切った。


「これでよし」


 劉備はそういうと再び賊たちの前に立って声を上げた。


「貴様らは刑を執行され、処分を受けた。皆それぞれの故郷に戻って、慎ましく日々を生きるのだ。間違っても賊に戻ろうなんて考えるなよ」


 と、笑みを浮かべ優しく諭すように彼らを解放した。しかし、誰一人その場から動こうとはしない。


「劉将軍、我らに帰るべき故郷などありませぬ。あるのは荒廃した土地と家族の墓だけです。将軍、我らを貴方と共にさせて頂けないでしょうか」


 士仁は涙を浮かべて懇願し、膝と両手と額を地面につけた。士仁の後ろに並ぶ賊たちも一様に同じ姿勢だ。


 関羽と張飛は互いに目を合わせて頷き、二人の側にいる劉備に目をやった。劉備は静かに一度だけ頷いた。


 部曲が増強するのは願ってもない話だ。それに、荒くれ者どもの扱いは心得ている。


 薊県での働きは劉備にとって読み通りの展開となり、頼れる弟分たちの関羽と張飛も満足の様相であった。

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