第八十一話 制圧
砦の柵の上から見ていた賊が指笛で門兵に合図を送る。すると先ほどより大きく門が開き中から大量の賊たちが声を上げながら湧いて出てきた。
「いまだっ、雲長、益徳!」
劉備が二人に向かって叫んだ。
「よし!」
関羽と張飛は一気に開いた門をめがけて突進していく。
城門から湧いて出てきた黄色い賊たちを血煙で包みながら、勢いよく猛進していく関羽と張飛。
「うぉりゃあ!!」
門の付近でざわめく黄巾賊たちと、荒れ狂う関羽と張飛の二人の戦力差は子供と大人どころではない。まるで木の葉のごとく、雑兵たちを血飛沫と共に宙へ巻きあげながら進んでいく。
「だ、だめだっ、下がれ!」
関羽と張飛の獅子奮迅に暴れまわる姿を見た黄巾賊たちは、恐れおののいて城内に引き返す者で殺到した。
賊たちが退がるのを見た劉備は、馬の向きを変えて後ろに振り向き合図を送った。
「おまえら、出番がきたぜっ、一斉にかかれ!」
劉備の合図と共に、岩陰や草むらに潜んでいた彼の部曲が、遠くの方からわらわらと這い出て来た。劉備が明け方から城外に自分の部曲を潜ませていたのだ。
それに気付いた防御柵の弓兵が咄嗟の射撃を行ったが、砦門付近の関羽と張飛に気を取られ、油断して弓などの武器を置いてしまっていた。その為、十分な攻撃態勢がすぐに整わなかったのだ。
「益徳! 開いた門を閉じさせるな!」
「おう!わかっでらい!」
関羽と張飛は砦の門の中へ一直線に突き進むが、門は中にいる黄巾賊たちによって再び閉じられようとしている。
二人は人の波を掻き分けるようにして門へ辿り着くと、馬を素早く降りて閉まりそうになる巨大な門を素手で押し戻そうとした。
「もう少しだっ!!ふんばれ益徳!!」
「だから、分かっでるって!」
門というのは基本的に内開なのが鉄則だ。対する門の内側にいる賊たちは数十人掛かりで必死に門を閉じようとするが、関羽と張飛のたった二人に力押されて門を閉じることが出来ない。
「もう少しだ! 雲長と益徳を守れ!!」
後に続けとばかりに劉備率いる部曲が砦門に殺到した。関羽と張飛を囲むように劉備の部曲が殺到して賊たちを粉砕していく。
「よし!! このまま突破するぞ!!」
劉備軍の鬼神の如き奮戦により、遂に砦を守っていた敵門の突破に成功した。
それと同時に、北軍中候の鄒靖が率いる官軍三千人は、劉備らに大分遅れて賊の砦に到着した。鄒靖は劉備の部曲がすでに砦の門を突破しているのを見て仰天した。
「なんと、おびき出せと行ったのに、逆に砦内に突入しているとは。なんたる命知らずだ。我らも中に突入するっ。遅れをとってはならんぞ」
鄒靖が率いる官軍は劉備の快進撃を見て、皆燃え立つような覇気を帯びてきた。鄒靖は剣を掲げて全軍に指揮した。
「劉軍に遅れを取るな! 一気に攻め込むぞ!」
柵の向こうから矢の雨が降り注ぐ中、開いた門を目掛けて疾風の如き騎馬隊を先頭に突進していった。
鄒靖は公孫瓚について騎馬民族である鮮卑族と奮戦した経験があるので、突撃することに爽快感さえ感じていたのだ。
すでに城内は混乱の極みに達している。劉備の率いる部曲は恐ろしく強い荒くれ者ばかりで、一人ひとりが烈火の如く暴れまわっている。圧倒的に優勢な兵力であるにも拘わらず黄巾賊たちは押されて逃げ惑うばかりだ。
鄒靖は城内で奮戦する劉備を発見して近づいた。劉備は大声を出して何か叫んでいる。
「賊とはいえ、降伏を申し出る者を斬るなよ! 投降を呼びかけて、犠牲者を最小限にするのだ!」
砦内は乱戦となっているので、劉備の声が皆に届いているのかわからない。しかし、それは賊たちの耳にも確かに届いていた。
戦意を失って武器を捨てて投降する賊が、少しづつ増え始めた。劉備が何度か投降を勧める呼びかけをしている間に、後ろから近づいてくる別の大声が聞こえてきた。
「玄徳殿、玄徳殿っ! なんという無茶なことを。作戦と真逆ではないかっ」
後ろから近づいて来たのは鄒靖だった。劉備は振り返って少し頭を下げた。
「成り行きです。ですが、我が軍が優勢でありますっ」
劉備は無表情で簡素な謝罪をするが、悪びれた様子はない。むしろ堂々としているのだ。
そんな彼の態度だが、鄒靖の気分を害するものではなかった。このままの勢いに乗れば砦の黄巾賊を打ち破れる事は間違いないし、その形勢を作ったのは劉備たちの働きだ。
「よしっ、砦内の黄巾賊を制圧し、渠帥の程炎を探しだそう!」
「その前に……、賊を大人しくさせましょう」
劉備はさらに大声で砦内の黄巾賊に呼びかけた。
「もう一度言う! 大人しく投降すれば、命だけは助ける。抵抗する者は有無を言わさず斬る!」
砦内に侵入されて混乱状態にある黄巾賊たちは、劉備による投降呼びかけを受け入れて、ほとんどの者たちが武器を置いて降伏し、両膝、両手を地についた。




