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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第八章  黄巾當立
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第七十九話  鄒靖

 雒陽から東北に約千里(約四〇〇キロ)、()鉅鹿(きょろく)郡に向かって北中郎将・盧植が率いる北軍五校軍が勢いに乗って進軍していた。


 張角はまず、指折りの都市である()郡の(ぎょう)県で官軍を迎え撃とうとした。


 互いに士気の高い熾烈な初戦であったが、張角の主力軍である十数万の軍は、為す術もなく盧植率いる官軍に打ち破られた。


 張角は一斉蜂起した勢いを駆って野戦で挑んできたが、歴戦の将軍である盧植の前ではただの烏合の集でしかない。


 黄巾の主力軍は這々の体で本拠地の鉅鹿へと敗走していった。盧植の軍は四万程度だが、寄せ集めの賊軍に較べて遥かに精鋭な軍だった。


 城攻めは兵法では下策とされるが、相手は賊軍で城と呼べるほどの砦ではなかった。盧植は構わず苛烈に賊を攻め立て、鉅鹿の砦を素早く陥落させた。


 だが、その中味は(もぬけ)の殻であった。主だったものは何もなく、とても戦果と呼べる成果はなかった。


 鉅鹿の砦は、ただの巨大な宮館(寺社)であり、防衛に適していない。後で判ったことだが、鄴での黄巾賊の呆気無い敗走も、実は張角の戦略だったのだ。


 張角は(あらかじめ)め鉅鹿の隣にある広宋(こうそう)県に巨大な砦を築いており、もしもの時はそこへ逃げ込んで持久戦に持ち込み、他州からの援軍が来るまで時間稼ぎする手筈だ。


 しかしそれは盧植の想定内であった。皇甫嵩や朱儁がいる限り賊の援軍はない。もし万が一の事があったとしても、先に張角のいる本拠地を落とせば、賊の反乱を平定できる。


 廬植は再び北軍五校の諸将を奮い立たせ、最後の砦である広宋へ向かって進軍を始めた。


 ただ、盧植が気がかりなのが、(ゆう)州での黄巾賊の動向だ。近隣の州の情勢も常に情報が入ってくるように気を配っている。


 幽州の州都、(げい)県がある広陽(こうよう)郡の太守・劉衛(りゅうえい)は、攻め寄せた黄巾賊によって惨殺、そればかりか、幽州刺史である郭勲(かくくん)までもが同じく殺されてしまい、広陽郡は一時的に黄巾賊の支配下におかれたのだという。


 盧植の弟子であり、有能な将軍に成長していた公孫瓚(こうそんさん)は、 幽州の北にある遼東属国の長史として、異民族である鮮卑(せんぴ)から国境を守るため武力衝突を繰り返し、鮮卑からも一目を置かれる存在となっていた。


 今回、公孫瓚は鮮卑の侵入を監視する立場の為、黄巾賊討伐に加わる事が出来なかった。


 いや、自慢の騎馬隊を率いて縦横無尽に暴れ回り、強敵である騎馬民族の鮮卑と戦う事に誇りさえ感じていた。農民や山賊の類の反乱ごときに自分の騎馬隊を使いたくなかったのだ。


 そんな公孫瓚の右腕として活躍した武将がいる。姓名を鄒靖(すうせい)、字を泰寧(たいねい)という。公孫瓚とは同郷で後輩、剛気で沈着冷静な男だ。


 鄒靖(すうせい)は北軍中候という高い位の将軍職に任命され、幽州広陽郡での黄巾賊討伐軍を率いる事になった。


 とはいえ、あくまで幽州は最北に位置する地方の州であり、田舎の高級長官と言った具合である。官軍と自分の率いる部曲(私兵)を合わせても二、三千人程度でしかない。そこで鄒靖は広陽郡での義勇兵を早急に募った。


 義勇兵と言えば聞こえが良いが、せいぜい集まってくるのは、訳ありのお尋ね者、山賊紛いの荒くれ者、食い扶持をなくし故郷から(あぶ)れた流民など、黄巾賊が抱えている信徒たちの身上と、さほど代わり映えのしない連中ばかりだ。


 そんな中、身形(みなり)も士気も異彩を放つ集団があった。それが中山斉王(ちゅうざんせいおう)の末裔を(かた)る成り上がり風の武辺者、劉備が率いる涿郡出身の部曲だった。今やその数は五百人にまで膨れ上がり、馬や装備などは官軍にも劣らぬほど充実している。


 特に、劉備の傍らに立って目を光らせる巨躯の二人は、人々の注目を浴びていた。劉備と義兄弟の契りを交わした豪傑、関羽と張飛。


 公孫瓚は、劉備という弟分がいると、鄒靖に予め伝えていた。


「劉玄徳どの。遼東の公孫長史から、君が腕の立つ客将だと聞いておる。私も彼について戦い方を学んできた。だから、初対面でも相手の目を見れば将としての力量が判る。早速、君の武威を見込んで頼みたいのだが、君の部曲を先鋒にしたいと思う。もちろん不服であるなら断ってもらってもいいのだが、如何かね?」


 本格的な戦闘は初めて所謂ところの初陣とでも言うべき劉備に、いきなり先鋒としての役目が回ってきた。鄒靖も劉備を見下したり意地悪をする為に言っているのではない。


劉備の率いる軍勢が素晴らしく際立って見えていたからこそ、彼の最初の戦功を立てさせてやりたいという気持ちで言っているのだ。


「こんな有難い話を断るなんて、とんでもない。暴れたくてウズウズしている奴らばっかりですよ。だが、砦に立て篭もっている黄巾賊は数万人と言われております。鄒中候も本当にそんなにいるとお思いでしょうか?」


「間違いなく出鱈目だろう。黄巾賊は大方で一万人を有し、小方で五、六千人を有する部曲で構成されていると聞く。私の見る所、恐らくは小方程度の軍勢であろうと思われるが、実際はもっと少ないのではないかと睨んでおる」


 鄒靖の見立ては間違ってないだろう。劉備も彼と同じ判断だ。幽州は不毛の土地が多く、人口が最も少ない州である。さらには烏桓族や鮮卑族などの北方騎馬民族の度々の侵攻を受けて疲弊しきっていた時代だ。


 こんな土地柄で厳しい時代にそう簡単に数万人の軍勢は集まらない。もし賊の軍勢が五千人程度であるのなら、こちら側にも十分な勝機がある。


 関羽も張飛も初陣から先鋒に立たせてもらえるという報せを聞いて喜びを隠せない様子だ。生きるか死ぬか切った張ったの血腥い戦いに初めて出陣するというのに、まるで近所の子供たちと遊びにでも出かけるような気持ちで(はしゃい)いでいる。


「鄒中候(将軍)から仰せつかったのは、砦を築いて立て籠もっている黄巾賊の奴らを、まずは外におびき出して欲しい、との事だ。それがオレたちの初めての仕事らしい」


 薊城から二、三十里ほど離れた天然の要害に黄巾賊は砦を築いているのだと聞く。その話を聞いた張飛は、自慢の斬馬剣を肩に乗せて不満そうに言った。


「オイラたちは先鋒じゃながったのか? ただの囮かよ。そんな洒落臭い事をするよりよぉ、砦に突入して一気に蹴散らしちまおうぜ」


「おめぇや雲長は突入しても無傷で済むかもれんが、他の奴らは命がいくつあっても足らんぞ」


 劉備は呆れながらも笑みで言葉を返す。張飛は無邪気に鼻息を鳴らす。


「フンッ、じゃぁ、どうすんっでい、アニキ。アイツらが城から出てくるのを待つっつうのか?」


「待たなくても出てくるさ。オレたちの部曲はせいぜい五百だ。対する黄巾賊は三千ぐらいって話じゃねぇか。ちょっとオチョくってやりゃあ出てくんだろ」


 二人の話を聞いていた簡雍と田豫はこれまた呆れながら聞いていた。簡雍はどうすべきか関羽に問うてみた。


「なぁ、雲長さんはどう思うよ?」


「俺も益徳と同じ意見だが。何か、おかしいか?」


「え?」


 簡雍と田豫はそんな言葉が関羽の口から出るとは思わなかったので、少し驚いた様子だ。


「囮に五百人が出て行く必要などなかろう。俺と益徳で十分だ。二人で賊を挑発し、城外におびき出す」


 簡雍が言葉を挟む。「雲長と益徳の二人で砦の門をこじあけようっつうのか」


「その通り。まぁ、オレの話を聞けよ」と関羽がボソボソと小声で話を始めた。


 簡雍と田豫はどうも関羽の話に納得がいかないようだが、関羽と張飛の豪腕を目の前にした記憶があるならば、関羽の言う事も頷けるというものだ。

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