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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第八章  黄巾當立
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第七十八話  密命

 その頃、雒陽(らくよう)では朱儁(しゅしゅん)の大敗の報を受けて、市民百官ともども戦々恐々としていた。潁川で官軍が破られれば黄巾賊はすぐにでも雒陽に迫ってくるだろう。


 冀州へと進軍していった盧植率いる北軍は、初戦を順調に勝ち抜いていった。とはいえ、まだまだ張角の率いる黄巾賊の中枢は健在である。予断を許さない状況が続いている。


 朝廷内では誰を援軍として潁川に送り込むかで、議場が紛糾していた。鉅鹿と潁川の討伐軍に有能な将を費やしているで、人材不足になっていたのだ。


 しかし、張譲は大抜擢とも言える人事を裏で画策していた。自分の息が掛かっている曹操を潁川(えいせん)郡への援軍の将として推したのだ。まだ戦陣に立った経験のない曹操を援軍として送りこもうというのだ。


 曹操が若くして北部尉(ほくぶい)の任に付き、栄転して県令を務めるなど、有能な人物で有ることは誰もが認める所ではある。だが、後漢始まって以来の最大の危機を迎えた今、果たして彼がその重責を担うほどの才覚があるのか疑問視された。


 若き名門である袁家の二人(袁紹、袁術)を推す声もあったが、共に宦官を忌避する清流派との交流が宦官たちの目に止まり、それを危険視されていた経緯があったので採用されなかった。


 張譲はあらゆる裏工作や根回しによって曹操を騎都尉(きとい)に就けた。騎都尉とは羽林(うりん)(近衛兵)を統括する中郎将に次ぐ将軍位だ。


 都尉という官職は後漢にあって事実上廃止されていた軍務を預かる官職だが、戦時中になると臨時に都尉の役職を復活させた。


 黄巾賊の乱により曹操が戦時中に臨時に復活させる官職の一つ、羽林を率いる騎都尉に任命されたという事である。


「孟徳……。私がお主を騎都尉の任に就かせた意味がわかるか……」


 人知れず自身の邸宅に曹操を招き入れた張譲は、唐突に核心を突いた質問で話を始める。


「貴方の思惑通りに羽林騎を動かせ、という事でしょうか?」


「相変わらず不遜な物言いだな、まぁ、いい。平たく言えばお前の察する通りだ。しかし、理念が伴わなければ、信義がなければ、指揮官として軍勢を動かす資格などないだろう」


「貴方の理念や信義というのは、黄老思想の事ですか。それとも太平清領書に書かれてあるのですか?」


「核心を突いてきたな、孟徳。フフフ。皇帝陛下に我が父君と呼ばれ、政治の中枢に立ち、栄華を極めたこの私に、唯一つ手に入らぬ物がある。わかるかな、孟徳よ」


 曹操は押し黙った。それは虚栄心だろう、と言いたい所だが、曹操自身もまた張譲と同じ思いを抱いている事に違いはない。


「それは人々から慕われ、敬われ、士大夫として認められる事だ。我らが宦官を蔑み卑しむ儒者の教えが、儒学が蔓延る都の空気が、私は憎らしい。お主なら少なからず私の気持ちがわかるハズだ。かつての大長秋の孫だからな」


 ご存知の通り曹操の祖父は、宦官の最高位である大長秋である曹騰なのだ。曹操もまた宦官の家系として影で疎まれていた経験もある。


「党人たちを泳がせておき、奴らにお前を近づかせたのも、情報収集の為であり、あわよくば党人を太平道に入信させようという魂胆があったからだが、いくら彼らと親しくなっても、お前が宦官の孫である、という目線でしか見てない事になんとなく気付いただろう?それを見誤ってはならんぞ」


 そういう視線を感じた事は確かに何度かあった、曹操もそれは常に感じていた。


「わかっております、張中常。いや、張大方と呼ぶべきですかな。私も彼らを信用した事など一度もありません。ただ、党錮の禁により世俗を離れ、太平道に入信した者を多くいると聞きました」


「そんな事は私も先般承知だ。しかし、すでに党錮の禁は解かれたからな。何顒や袁紹の様な輩には好都合であろうな。それにも増して残念なのは、唐周が大賢良師を裏切って密告してしまった事だ。とはいえ少し時期が早まっただけだ、という考え方もできる。太平の道はもうすでに開かれつつあるからな。自分の道を見失うでないぞ、孟徳」


 曹操は少しだけ冷や汗をかいた。唐周を裏切らせた計画に加担していたからだ。


「お前は宦官の孫だ。その家柄は寒門と蔑まれ忌み嫌われる呪われた家系だ。いくらお前に才能があろうとも、出世しようとも、宦官の孫という汚名は一生つきまとうのだ。お前にも、私の(義理の)息子にもそのような屈辱を味わせたくない」


「それで、具体的に私はどうすればよいのでしょうか」


「お前は、朱儁と皇甫嵩の援護に向かうと見せかけて、波才と共に朱儁と皇甫嵩の軍を挟撃するのだ。波才は我が故郷である潁川の幼なじみでな。私が中央に召し出されて宦官となってからも、密かながらに交流があってな。そのおかげで太平道の教えを深く識る事もできた。大賢良師張角を私に出会わせてくれたのも波才のおかげよ」


 まさか、張譲の幼なじみが太平道の大方である波才だったとは、さすがに曹操も驚きを隠せなかった。


「二人の将軍は波才により長社城に押し込められ劣勢の極みにある。皇甫嵩とかいうバカ将軍は、天子の財産はおろか、西園で飼っている名馬まで供出させて軍を増強したが、結局はあのザマだ、情けない奴よ。あげくに党人に恩赦まで出させるとは。とにかく、奴らを平らげて皇甫嵩の首を土産に雒陽に戻って来い。それまでの手筈はすべて整えておく」


「しかし、北中郎将(盧植)の率いる北軍五校は最強の部隊ですぞ。太平道の本拠地が落とされては元も子もないのでは?」


「それはどうかな。数の上では大賢良師の率いる太平道の方が、十万人を超える圧倒的な大軍だ。全くもって比較にはならぬ。もしもの時があったとしても心配には及ばぬ。そちらの手筈もすでに打ってあるのだ。天下吉日、この壮大な計画に一片の抜かりもない」


「恐れいりました」拱手行礼して頭を下げる曹操。


 この張譲からの申し出を断れば、謂れ無き罪を着せられて一族郎党処刑の憂き目にあうだろう。もちろん、曹操にはこの話を断るつもりなど微塵もなかった。


「出征の前に一つだけお願いがあるのです」


「構わん、言ってみよ」


「私が二人の中郎将を討ち、雒陽に戻ってきたならば、大方としての地位を約束して頂き、我が故郷がある豫州を直轄させて頂きたいのです。いささか、大言壮語であろうことは先刻承知でございます。しかし、それほど不退転の決意を持って臨みたいのです」


「ふっふはは、それでよい。そのお前の野心を買っておるのだ。潁川で波才と暴れまわってこい」


 騎都尉の任を与えられるとは正直、思ってもみない人事であった。すでに皇甫嵩や盧植の軍に割り当てられ、数こそ少ないものの、皇帝直属の騎兵をこの手で動かせるのである。この絶好の機会をモノにしない手はない。


 とはいえ、このまま張譲の言いなりになって、黄巾賊の下僕に落ちぶれるなど到底考えられぬ話だ。大方の地位を約束させたのも張譲を安心させる為の偽りでしかない。軍を潁川に動かす前に何か策を練らねば。

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