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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第八章  黄巾當立
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第七十七話  初戦敗退

 波乱の軍議を終え、黄巾賊討伐軍は大きく三つの軍に編成された。


 司隷郡雒陽を防衛する軍、張角の率いる主力軍が陣取る()鉅鹿(きょろく)郡、それに次ぐ勢力を誇る波才率いる()潁川(えいせん)郡、の三つである。


 この太平道の乱……通称、黄巾の乱は、(せい)(じょ)(ゆう)()(けい)(よう)(えん)()の八州で同時に勃発した。

 朝廷には反乱軍を同時に鎮圧するほどの兵力はなく、黄巾軍の主力部隊である鉅鹿と潁川から攻略に当たった。


 また、首都の雒陽からみて北東にある鉅鹿と、南東にある潁川から挟撃される可能性があった。この二つの拠点を最重要攻略点と捉えたのは当然の成り行きだ。


 そこでまず、大将軍・何進が率いる主力軍に、雒陽周辺を囲む八つの(せき)函谷(かんこく)大谷(だいこく)廣城(こうじょう)伊闕(いけつ)轘轅(かんえん)旋門(せんもん)孟津(もうしん)小平津(しょうへいしん)にそれぞれに官軍を置いて防衛させた。


 北中郎将・盧植を筆頭に五校(屯騎(とんき)歩兵(ほへい)越騎(えっき)長水(ちょうすい)射声(しゃせい)の校尉)が率いる北軍が編成された。約四万人の北軍は、黄巾賊の本拠地である鉅鹿へ向かう。


 左中郎将の皇甫嵩、右中郎将の朱儁らも北軍と同じく五校の軍と、三河(河南(かなん)河東(かとう)河内(かわち)地方)の軍を率いて、合わせて四万人近くの討伐軍を編成した。


 しかしながら、そのほとんどは皇甫嵩や朱儁が独自で得た部曲(ぶきょく)(私兵)や朝廷からの募集によって寄せ集めの雑兵でしかない。もちろん盧植率いる北軍にも募集兵が参加しているが、その割合はまだ少ない方だった。


 そして、中平元年四月。雒陽にほど近い予州潁川郡にて遂に黄巾軍と官軍が激突する。


 潁川方面軍は二手に分かれて波才を挟撃する作戦を執った。皇甫嵩は潁川郡の長社(ちょうしゃ)県へと攻め上り、朱儁は別方面から攻める。


 朱儁は揚州にある長江下流部の会稽(かいけい)郡が出生地だ。母一人子一人の貧しい生い立ちであったが、持ち前の胆力で成り上がり地元の県長に見出された。


 その後は順調に出世して県令となり、当時たびたび起っていた賊の反乱を次々に制圧、その実力は雒陽まで鳴り響くほどだった。


「賊の平定はワシの得意分野や。左中郎将(皇甫嵩)より先に波才をぶっ叩いたるわ!」


 南方の方言で自信満々に勇み立つ朱儁。その鼻っ柱を初戦で圧し折られるとは、思いもよらなかったであろう。


 夏が迫り見通す限りの草原、遠くに見える山々。少々急ぎ過ぎた進軍の疲れを癒やすべく、朱儁率いる二万の軍勢は日が暮れる前に野営の幕舎を張る事にした。


「今頃は左中郎将の軍も長社城を攻め落としとるんちゃうか。せやけど焦ってもしゃあない。兵卒も一休みさせなアカンしな。明日の朝一番で目指すんは治所(郡都)の陽翟(ようてき)県や」


 ところが、波才が率いる潁川黄巾軍は、朱儁の予想を上回る速さで迎え討ってきた。


 野営の中で寝静まる兵卒たちは見張りの鬼気迫る叫び声で目を覚ました。


「敵襲っ、敵襲ぅ! 賊どもが攻めてきたぞ!」


「な、何ぃ!?」


 朱儁は急報に飛び起きた。野営を張る前に斥候を放って周囲の偵察は入念にしたつもりだ。


 もしや、斥候を送った範囲よりさらに遠くから強行軍で迫ってきたのか。


「落ち着けっ。どうせ賊軍は尖兵しか来とらんやろ。慌てずに対処するんや」


「いえ、中郎将、かなりの大軍です。早くここから退避して下さいっ」


 確かに、この地響きの大きさは大軍が押し寄せる轟音に違いなかった。


「くそっ、こらアカン」


 すでに自軍の幕舎は放火され辺りは火の海、燃え盛る炎に照らされた黄色い賊軍が目前で大暴れしている。側近の部下達が半狂乱で喚く。


「こうなったら潔く討ち死や。中郎将、お伴しまっせ」


「死に急いだらアカン!」


 朱儁は熱り立つ部下たちを宥めた。


「死ぬんはいつでもできるんや。せやかて、ここで死んだら犬死やで。恥を偲んで逃げようやないか。左中郎将のおる長社まで撤退して再起を図るんや!」


 朱儁は鎧も纏わずに刀のみを手に、幕舎を飛び出て走り始めた。部下たちも朱儁の後に付いて撤退を始めた。


 波才率いる賊軍の夜襲で、朱儁の軍は脆くも敗れ去った。闇夜に散り散りなって逃げる官兵たち。自軍の損害の規模を知ったのは翌日の事だ。


 かくして、朱儁の軍は這々の体で皇甫嵩の寄る長社城へ撤退したが、その多くは長社に辿り着く前に福江不明となった。


 朱儁の呆気無い初戦敗退で、潁川方面の官軍は劣勢に立たされた。だが、潁川郡長社県の城を苦もなく陥落させ、潁川郡の第一拠点を奪取した皇甫嵩の軍は無傷だ。


 疲労困憊の朱儁らが長社に辿り着いたのは、翌日の昼過ぎだった。


「左中郎将様、たったいま右中郎将が参っております」


 この知らせを届けたのは皇甫嵩の副将である護軍司馬の傅燮(ふしょう)であった。


「どうしたというのですか。何故ここへ?」


 皇甫嵩は冷静に傅燮へ聞き返した。


「黄巾賊の夜襲を受けて撤退したとの事です!」


「なんと……。早速、彼に会って事情を聞きましょう」


 皇甫嵩は胸騒ぎを覚えた。あの朱儁が賊を前にして大敗を喫するとは、どうも違和感がある。


「夜分に波才の急襲を受け、長社に逃げてきました。兵の半数、いや大半を失いました。面目ない……ほんまに堪忍です」


 朱儁は力なく項垂れて皇甫嵩の前でひざまずいた。自分の刀を目の前に置き、首を差し出した。刑を受け入れる覚悟だ。


「顔を上げてください、右中郎将殿。勝敗は時の運と言います。ここで軍を立て直し、反撃に転じましょう。悔いている場合ではありません」


 皇甫嵩は近づいて腰を屈め、優しく朱儁をなだめた。


「はい……」朱儁は身を震わせて涙を流す。


「左中郎将様、この長社城が黄巾賊に包囲されました。周囲から続々と黄色い賊軍が湧いております!」


 この報を聞いた二人は振り返って立ち上がり、互いに目を合わせた。


「まさか、こんな早よ来るとは……」


 朱儁は驚きを隠せない。


「賊軍の数は?」

 

 皇甫嵩は報を伝えに来た兵士に問うた。


「数えきれないほどです。恐らく波才の率いる全軍かと」


 その場にいた者たちは悲嘆の声を上げた。信じられないという思いの詰まった声だ。


「だとすると、ほぼ十万。我々は波才の策に陥れられたのかもしれません」


 胸騒ぎはこの事態を感じ取っての事だったが、皇甫嵩は常に冷静な口ぶりだ。


「くそっ、まるでワイらの動きが筒抜けやないか。どういうこっちゃ!」


 朱儁は苛立ちを隠せず、地団駄を踏んで悔しがる。


「なるほど、筒抜けですか。その可能性はあります。中央に黄巾賊の間者(かんじゃ)がおり、我々の計画を漏らしている……有り得る話です。どちらにしても、我々が踏ん張らねば、漢朝は滅びます。覚悟を決めましょう」


 皇甫嵩の言葉に恐れ慄く者、勇気づけられる者、様々であったが、張り詰めた緊張感に変わりない。皇甫嵩は演説を続ける。


「皆さん、希望を持って下さい。我々が潁川の黄巾軍を一ヶ月で落とせなければ、中央から増援軍が来る手筈です。それまでは長社を守りきりましょう」


「そうだ!」「援軍がくるんだ!」「持ち堪えるんだ!」


 その場にいた多くの諸将が皇甫嵩の演説に手を叩いた。


「江東からも援軍が来まっせ!」


 朱儁も皇甫嵩に続いて気勢を上げる。それは誰でしょうか、と尋ねる者に対して、


「佐軍司馬の孫文台という男ですわ。ワイと同じく賊の討伐を得意にしとる」


 孫堅も同じ江南出身の朱儁に匹敵するほど、その輝かしい功績で名を響かせた男だ。


「それは心強い。皆さん、賊の大軍に包囲されているとはいえ、所詮は烏合の衆。必ず反撃に転じる機会が訪れます。その好機を見極め、援軍が来るまで持ち堪え、この窮地を脱しましょう」


 翌日、潁川の長社に雨期が訪れた。食料はともかく、水の心配はなさそうだ。

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