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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第七章  蒼天已死
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第七十二話  私刑

 すぐに蘇双は縄を断ち切って王度を立たせてやった。石真は刀を王度の眼前に投げ捨て、自分で拾えと言わんばかりだ。


「くくく、ワシに刀を持たすとは考えが甘いな。でりゃあっ」


 自信ありげに刀を振り回す王度。しかし、明らかにド素人な刀裁きであり、哀れな一人芝居でも見ているかのような悲惨な哀愁が漂った。


 程立は手を振るわせながら刀を鞘から抜いて、


「我が一族の怨みっ!!」


 と大喝する。


 王度は刀を持つ両腕を振り上げて程立に襲いかかってきたが、程立は鈍臭(どんくさ)い王度の動きを難なく(かわ)した。


 程立とすれ違う瞬間に王度の耳元で鈍い音が聞こえ、左顔面に生暖かい液体がかかってきた感触を覚えた。


「なんだ、あ、あれ? ……っぎゃああ!」


 その生暖かい液体は鮮血であり、その血飛沫の出処は彼の左肩辺りからであった。


 すでに左肩より下の腕一本無くなっている。腕を振り上げていた為に、顔面に血飛沫が飛んできたのだ。


「ひい、ううう。い、痛い! う……ゆ、許してくれ、仲徳殿……」


 王度は力なく刀を落とし、両膝を地について失った左腕の上腕部に右手を置き、命乞いをしている。


「我が一族は貴様によって滅ぼされたのだ。腕一本で済むと思ったかっ!」


 程立はそう叫んだあと、今度は右肩に刀を斬りつけて右腕ももぎ取った。


「ぐぅひぃ! あが、あが」


 王度は両腕をもがれ白目を剥いて失神しそうになっている。


「気を失う事は許さん。立てっ、立てぇ!」


 程立は王度の髪の毛を引っ張り活を入れた。程立は王度の返り血を浴びて、悪鬼の如き形相となり、凄惨で血生臭い修羅場と化した。


「仲徳殿、そこまでにしておけ。怒りに身を任せると、畜生道から戻れなくなるぞ」


 見るに見かねた世平が堪らず声をかけた。


「やかましい、黙ってみていろっ」


 世平に対してまで悪態をつきはじめた程立。


「いい加減にしろっ」


 という声と共に、王度の首と胴体がちぎれて鮮血が吹き、血だまりの中で首無しの遺体が倒れた。


 蘇双が後ろから王度にトドメを刺したのだ。程立は王度の生首を掴んでいる。


「何をするっ、貴様! これからが本番だというのに」


 今にも襲いかかりそうな勢いで蘇双に怒鳴りつけた。どうみても程立は正気を失っている。


 薛房は程立の体を後ろから羽交い絞めにし、懇願するような声で程立を制止した。


「仲徳、もう終わったのだ。気をしずめてくれ、頼むっ」


「はぁ、はぁ。わかった、離せ」


 程立少し落ち着いたらしく、王度の生首を地面に落とし、薛房の手を軽く振り払った。


「さぁ、世平殿も引き渡すんだ」


 程立は凄まじい形相で石真を睨みつける。


 石真はこのような凄惨な光景を目にしても眉一つ動かさなかったが、程立の言葉を聞くと、表情が険しくなった。


「それはできんな」と腕を組んで言い放つ石真。


「なんだとっ、どういう意味だ?」


 蘇双は声を出して熱り立つ。程立は無言で手を上げて蘇双を制止させたが、


「世平殿を渡さないなら、門を開いて一斉攻撃をしかけるぞっ」


 と戦闘を辞さない覚悟を伝えた。


「待ってくれ。彼と共に歩んでいこうとを望んでいるのは他でもない、この私なのだ」


 世平の口から出た言葉に皆が呆気にとられた。


「はぁ? 世平様、またワケのわからない事を。どういう事なのかハッキリと説明して頂けますか」


 蘇双は目をパチくりさせて尋ねる。


「本当に意味がわからん。こいつらは県城内の財宝を略奪したんだぞ。いくら世平殿でもコレ以上の冗談には付き合えません」


 程立はまだ興奮冷めやらぬといった感じで、荒々しい空気を漂わせながら話した。これでもまだ怒りを抑えての発言だった。


「この男はまだやる気満々らしいぞ」


 石真はニヤニヤしながら世平の横に立つ。


 世平は「私が話す」と小声で石真に伝えた。そして程立に話しかけた。


「仲徳殿、私の話を聞いてくれ。彼らはこうして徒党を組んで賊家業に身を落としたが、こうなった経緯は、度重なる天災や飢饉、漢王朝の腐敗が招いた重税に喘ぐ民が、家や土地を失い生きる道すら失った……そんな境遇があった。そんな彼らにどんな道を選べたというのだ?」


 世平に問いかけられ、即答する程立。


「そんな事は私の知る所ではない。ただ、この東阿県を、自分の故郷を、ここに住む人達を、守るのが私の使命だ。だからこそ賊に身を(やつ)した者に同情など出来ぬ」


「故郷を思う気持ちは私も同じだ。私は自分の故郷を捨てた男だが、それでも故郷と呼べる場所があるとすれば、それは黄老の道だ。彼らは賊などではない。道に迷って間違いを犯した(わらべ)も同然なのだ」


 世平の言葉に、蘇双はハッと我に帰ったような気がした。


「そうでしたか、世平様。彼らを救うというのは、こういう事だったのですね」


 少しして程立は蘇双の言葉ですべてを理解した。


「なるほど。彼らを導く道標になるという事ですか」


 黄色い軍勢に目をやり、愛おしそうに全体を見渡す世平。


「そんな大それたものではない。彼らの多くが黄老の何たるかも知らずに黄色い布を纏っておる。どこまで出来るかわからんが、少なくとも私には彼らにその教えを説き、その道を示す義務がある。そして、共に黄老の道を往き、共に中黄太乙(ちゅうこうたいつ)のもとで死のう、それが私の為すべき事なのだ」


 薛房が世平と会ったのは今回が初めてだったが、何か惹きつけられるものを感じ取ることができた。


「世平殿を彼らと一緒に行かせてあげよう」と薛房は程立に促した。


「わかっている。世平殿は私の命の恩人でもあり、また彼のおかげで復讐を果たす事もできた」


 程立は深々とお辞儀をして世平を見た。


「世平殿、先ほどの私の無礼をどうかお許し下さい。せめて出立する前に何か、貴方から受けた御恩に報いる為に何かさせて下さいませんか?」


 世平も程立にお辞儀をして言った。


「礼など結構だよ、仲徳殿。私のわがままを許してくれ。私も県民から見れば逆賊に身を落とした罪人も同然。もうここに長居はできぬ」


 蘇双は片膝を地について「私も共に参ります」と頭を垂れた。


「では、行こう。最後の別れになるかもしれん。挨拶は手短に済ませろ」


 石真は言葉少なめにその場を後にして自分の陣営に戻っていった。


「ならば、私たちも行こう。怱卒(そうそつ)で申し訳ないが、達者でな、仲徳殿」


 世平は蘇双と顔を見合わせて、程立と薛房に軽く挨拶してその場を去った。


 程立と薛房そして県城の民は皆、世平たちが征くのを静かに見送った。黄巾軍がこの東阿から去るのを。


 この東阿県での出来事はまだほんの序の口である。太平道の本拠地である冀州、そして隣の予州ではさらなる熾烈な戦いが繰り広げられるのだ。


 時代の渦に巻き込まれ、運命的な三人が出会った。張世平と蘇双、石真は東に向かって進み始めていた。

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