第七十一話 県城奪還
一方、先に出陣した王度が率いる部隊は、県城の正門が見渡せる所にまで到達した。城壁の上からは弓を構えた兵が大勢見える。すでに県城の民は臨戦態勢だ。
王度の部隊は城壁から弓の射程距離(百メートル前後)外にいる。お互いの出方を探り合っている状況だ。
「よぉし。お前ら、用意はいいかっ。県城に突撃するぞ! 行けぇえいっ!」
王度は刀を振り上げると、県城に向かって振り下ろした。
しかし、誰一人として動こうとする者はいない。
「行けぇ、えっ? なんで、何で攻撃を開始しないんだ?」
よく見ると誰も本気で戦おうという気概のある者は一人もいない。すでに地べたに座ってくつろいでいる者も目に入ってくる。
「な……どういうつもりだっ、お前らっ! やる気あんのか!」
「ごちゃごちゃうるせぇぞっ。張方様が来るまで待つんだっ」
「うっ……」
雑兵の一人からのヤジを受け、思わず体を硬直させてしまう王度。
「ばかな……。部曲を任すなんて嘘っぱちだったのか……」
そんなやり取りをしているうちに、県城の方角からシュシュッと風を切る音が耳に響いた。
「撃ってきたぞっ、皆、下がれ」
誰かがそう叫んだ。ついに矢の一斉射撃が始まった。部曲は予め射程外の距離にいたが、念の為に皆が自発的に後ろに少し退いた。
放たれた矢は決して多くはなかった。射程外にいた事もあって負傷者は一人もいない。威嚇の為の射撃であろう。
「ひぃ、あいつら、撃ってきやがった……」
頭を抱えてその場にしゃがみ込み、狼狽する哀れな王度の姿は、他の者たちの失笑を買っている。
「ん……? なんだ、この矢は」
部曲の一人が、矢に何か付いている事に気付いた。
よく見ると地面に突き刺さった全ての矢には矢文がついている。そのことに気づくと皆が一斉に矢から矢文を取り外して読み上げた。
「東阿の県令は無事だ。略奪した物はくれてやるから東阿を去れ。ただし、王度と張世平はこちらに引き渡せ」
すべての矢文には同じ文字が書かれてあった。それを知った王度は腰を抜かして地ベタに尻を付いてしまう。
「ああ、なんて事だ……。世平とかいうジジイはもう殺しちまった。まさか、ワシをアイツらに引き渡すなんて事はしないよな、なぁ、みんな?」
あまりにも哀れな王度の姿を見て、さらに失笑を買っている。呆れ果てて怒りを憶える者さえいるほどだった。
王度の道化師のような振る舞いで、緩んだ空気を喝破するように報が届いてきた。
「張方様が到着なされたぞっ」
「おおっ」
石真が残りの軍勢を引き連れて本隊と合流すると、一気に士気が高まってきた。
「よぉおし、ご苦労だったな、お前ら。ここで少し城の奴らと睨めっこだ。まだ動くんじゃねぇぞ」
「張方様、県城から放たれた矢文にこんな文言が書かれてありました」
莉旋が石真に矢文の内容を見せた。するとニヤリと笑みをこぼし、王度に目をやった。
「ちょうど良い話になってやがるな。お前と世平を引き渡せばすべてうまく収まるって事か、フフフ」
王度はまだ腰を地に着いたままでおり、無様にもその姿勢で石真を出迎える事になった。
「だ、だましたな! 石真っ、ワシをコケにしやがって!」
目に涙を浮かべて石真を罵る王度。
「オレはなぁ『部曲を貸してやるから、自分で城を取り戻してみろ』と言ったんだぜ。部曲はもう貸してやっただろ。あとはお前が自分一人でケリをつけるんだな」
石真は刀を抜いて王度の鼻先に刃を近づけた。
「くっ、くっそぉ」
目の前の刃先に黒目が寄っていく王度。
突然、県城の方から大きな物音がして正門が開かれ、中からは三人の者たちが馬に乗って現れた。
程立、薛房、蘇双の三人は馬に乗ったまま数歩進み、すぐに門が閉じられた。
「矢文は読んだかっ。王度と張世平殿を引き渡せっ!」
程立が大声で叫んだ。怒りに滲んだ両眼が王度を刺すように睨んでいる。
「呼んでるぜ、王度よ。お前ら、王度を逃がさないように体を押さえつけろ」
三人がかりで王度は押さえつけられて縄で両腕を縛られた。
「くそっ、ワシのおかげでお宝にありつけたくせに。裏切りものぉ!」
石真は王度の言葉には耳も貸さず、縄で縛り上げた王度を連れて世平とともに、正門の前で待つ三人の所へと向かった。
「俺はこいつらを仕切っている太平道の張石真という。あんたらのお望み通り、王度と張世平を連れてきてやったぜ。まずは、王度だ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
恐怖に震える王度は、縄に縛られたまま石真に引きずられ、力任せに地面に転がされた。
それを見た程立、薛房、蘇双の三人は顔を見合わせると、馬上から降りて地面に立った。
程立は哀れな王度の姿を見ると「ソイツの縄をほどいてやってくれ。そして刀を持たせてやるんだ」と蘇双に頼んだ。
「正気ですか? 刀まで持たせてやるなんて……」
蘇双は大袈裟なほど声を出して程立に言った。
「心配するな、王度と決闘をする。すぐに殺してしまっては腹の虫が収まらんのでな」
程立は笑って答えたが、彼の全身からは鬼気迫るような怒気が感じられた。
鞘から素早く刀を抜くと、柄を握る手から軋む音が出るほどに握り込んでいる。




