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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第七章  蒼天已死
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第六十九話  門鍵

 蘇双は若く剛健な体付きだが動きが少し鈍い。城壁の上にある姫墻(ひめがき)(防御用の壁)にもう少しで到達できるという所まできていたが、


「モタモタするな、早く登って来いっ」


「わ、わかってますよっ」


 急かす程立の放言に苛立ちを覚え、蘇双は焦ってつい足を滑らせてしまった。


「あっ」


 蘇双の足だけでなく声までが上滑りした。


「危ないっ」


 程立の驚きの声がすると、蘇双は体が浮くような感覚にとらわれ、落ちる……と心で呟くと同時に抜けるような呻きが口からでた。


「ふああっ」


 落ちる瞬間に、右手に温かい感触を感じた。


「馬鹿野郎っ、気を抜くんじゃないっ」


 という程立の声で我に返った。程立が蘇双の手を危機一髪の所で掴んでいたのだ。


 その直後に今度は蘇双が「危ないっ」と叫ぶ。程立の背後に刀を持った男が迫っている。


「しまった……」


 程立は蘇双の手を掴んで、下に落ちそうな彼の体を支えているので動く事が出来ない。


「私は大丈夫だ、手を離せっ」


 蘇双がそう叫んだのは彼の咄嗟の判断だった。


 程立はすぐさま蘇双の手を放し、側面に転がり込んで背後から襲ってきた賊の刀を間一髪でかわす事ができた。


 次の瞬間、蘇双はもう片方の手で崩れた城壁の破片を掴み、程立の背後から襲ってきた賊の顔面に投げつけて反撃した。


 しかし、両手を城壁から放してしまった蘇双は、当然ながら落下を始める……。


「やばいっ、落ちる……!」


 今度こそ落下は免れない……と思われたが、寸での所で下から登ってきた突入部隊の者たち数人が、蘇双の体を支えていた。


 「ふう……助かった……」


 安堵の息を漏らす蘇双は、すぐに手に壁を掴んで登り始めた。


 一方、破片を喰らった賊は、顔面を手で抑えて(うずくま)っていた。そこに程立の強烈な足蹴りを後頭部に喰らって失神してしまった。


「よしっ、今なら大丈夫だ。早く登ってこい」


 皆が城壁を登り切った所で、今度は裏門に方に向かった。県民たちが来る前に開門しなければならない。しかし、裏門の付近には数人の賊の姿が見える。


「刀を抜けっ、素早く片付けるぞ」


 突入部隊は一斉に帯刀していた刀を抜いて裏門へ向かって走った。それを見た数人の賊は恐れをなして逃げ始めた。


「追え、一人も逃がすなっ。士然、門を開けるのを手伝ってくれ」


 他の者には逃げた賊を追うように指示し、蘇双と程立は裏門を開門しようと、門の扉を留めている門鍵を外そうとした。水平に門の中央に差し込んでいる横木の事だ。


「ぐう、思ったより重いですなっ」


 二人で門鍵を外そうとしたがピクリとも動かない。


「なんってこった。こりゃあ外れないないハズだ」


 よく見ると太い楔が門鍵の隙間に十数本ほども打ち込まれてある。


「くそっ、早く開けなければ逃げてきた民たちが入れないっ」


 他の突入隊は逃げた賊を追う為にここにはいない。二人でこの門鍵を外しを抉じ開けねばならない。


「こうなったら、この門鍵をぶった切るしかない。その方が早いぞっ」


 と程立は言うが蘇双は唖然としている。


「門鍵を……こんな太い木を刀で切れるんですか?」


「ごちゃごちゃ言うなっ、時間がないんだっ。やるしかないっ」


 二人は刀をで門鍵である木の中央を斬り付けた。息を合わせて交互に刀を切りつける。


 すでに一刻(後漢の当時では約一五分)ほど切りつけただろうか。城の外からは数万人の人間が起こす地響きが伝わってき始めた。


「もう近くまで来ているっ」


 蘇双は刀を斬り付けながら叫んだ。木は半分くらいの所まで切れているが、二人はすでに疲労で力が半減している。


「はぁはぁ、別に急いでここを開ける必要はないのでしょう……」


 蘇双は刀を休めて荒い息遣いでそう言った。


 しかし、程立は刀を休める事なくさらに刀で切りつけた。


「県民たちが到着する前に門を開け放ち迎え入れれば、士気も上がり賊軍を討ち果たせるハズだ。遅くなれば世平様を救出できなくなる!」


 その言葉を聞いた蘇双は大きく刀を振り上げて宙を飛んだ後、「でやぁっ」と叫びながら渾身の力をこめて刀を大きく振り下ろした。


 するとまだ半分しか切れていない門鍵である太い横木が、遂に真っ二つに割れたのである。同じく刀も折れてしまった。


「おお、お前にこれほどの膂力(りょりょく)があったとは!」


と驚く程立。


「はぁはぁ、私自身でも信じられません。自分にこんな馬鹿力があるとは。さぁ、門を開けましょう」


「よしっ」


二人で左右の門を押し開き、門の外に目をやると怒涛の勢いで県民たちが押し寄せてきた。


 薛房が先頭を切って裏門から城内に入っていき、県民たちを先導した。


「みんなぁ、急いで県城に入るんだっ。入ったら中央の広場に集まれっ。戦闘準備だ!」


 群衆が入り乱れる門の辺りで薛房を見つけた程立は近づいていって話しかけた。


「やったな。県城の中にさえ入れば、ここで守り切る事ができるぞ」


 薛房は小さく頷いて言葉を返した。


「ああ。仲徳、君のおかげだ。まずは県令を救出して彼から皆に号令をかけてもらおう。そうすれば皆の士気が上がって守りやすくなる。それと、武器や食料はもしもの時の為に私の邸宅内の倉庫に蓄えてある。多くはないが、ないよりはマシだろう」


 程立は薛房の肩を叩いて言った。


「よし。県令を見つけたらすぐにでも、若い男子には武器を持たせて城の守りを固めよう。老人や婦女子には足りない武器を即席で作らせるんだ。竹槍でもなんでも構わん。あと、のぼり旗もいるな。裏門付近の城壁が脆い部分はすぐにでも職人を集めて素早く修理させるんだ」


「賊軍は反撃してくるだろうか?」


 薛房は程立に問う。


「もちろんだ。王度は血相を変えて県城に攻め上って来るに違いない。そこを返り討ちにする」

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