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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第七章  蒼天已死
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第六十七話  愚民

 赤みを帯びた夕日と山の稜線(りょうせん)が近づき始めたその頃、蘇双は県城を見渡せる場所に座って小石を軽く投げていた。


「もうすぐ日が沈むな……。世平様はどうなっただろうか。上手くやってくれているとは思うが。……ん?」


 蘇双は小石を投げかけて手を止めた。遠くに見える県城に何か異変を感じたからだ。よく見ると県城の正門が開き、中から人がぞろぞろと出始めていた。


「や、やったっ。やりやがったぜ、世平様、本当に城から出てるぞっ。ふぁっはっはっ」


 数十台の荷車を馬や人が引きながら、どんどん人が出てくるではないか。奪った財産や食料を城外へ一緒に持ち出そうとしているのだ。


「よしっ、間違いない。仲徳殿に知らせにいかねばっ」


 蘇双は立ち上がり握っていた小石を放り投げて、程立や県城の民が逃げ込んでいるという東の渠丘山へと向かった。


 そう遠くない距離だ。急いで行けば日没までには辿り着けるだろう。


 世平の安否はわからない。だが、世平を救うには、一刻もはやく県民を連れ戻して県城を奪回する必要がある。


 蘇双は日没とともに一目散に駆け出し、県民たちが駐屯している渠丘山の麓にやっとの事で辿り着いた。


 そこには県城から逃げ出してきた避難民で溢れかえっていた。数万人はいるだろうか。


 それぞれ体を寄せあって地ベタに座り込んでいたり、横になっていたり、県民たちの多くはぐったりとして疲れを隠せない様子である。なかには簡易的に作った幕舎の中でゆっくり休んでいる者たちもいた。


 皆に県城から賊が出て行った事を伝えれば、闘志を燃やして県城を取り戻す為に立ち上がるに違いない……、少なくとも蘇双はそう思っていた。


 しかしながら、蘇双が思っているほど簡単に事は運ばなかった。


「な、何故ですかっ、何故動かないのですか! 今なら簡単に県城を取り返す事ができるというのにっ。私はこの目でちゃんと確認したんだ! 賊軍どもが城を置いて出てゆく姿をっ」


 蘇双は血相を変えてがなり散らしている。程立の目を睨みつけて叫んでいるのだ。渠丘山の麓で一番端っこにある大きな幕舎(テント)から声が響いていた。


「そんな事はわかっているっ。だが、私では民たちを説得する事はできんっ。私は奴らからすればまだ罪人扱いだからな。世平殿が奴らに捕まってしまったというのに……」


 程立は机を叩いて悔しがった。その横では薛房が俯いたまま突っ立っている。


「すまん、彼らを説得できなかったのはこの私だ。正直に言うが、私でさえ県城から賊が出て行った事を信じきれていない……。それが本音だ……」


 蘇双は改めて二人に聞き直した。


「すみません、取り乱してしまって……。私の師が賊に囚われてしまったもので、つい……。こんな好機はもう巡って来ないかもしれないのに、肝心の県民たちが動こうとしないなんて」


 申し訳なさそうに薛房は顔を上げ、落ち込んでいる蘇双を諭そうとした。


「東阿は戦乱に巻き込まれる事なく、平穏な時代が長く続いていた。彼らは『西に賊がいるなら東に向かって逃げるしか出来ないじゃないか』などと言っている始末だ。無理強いして城に戻そうとしても、戦い方すら知らない連中など、なんの役に立たたぬだろう」


 程立はもう一度机を叩いて薛房の顔を覗きこんだ。


「違うっ、民どもは自分たちの置かれた立場が分かってないだけだ! 今ここで戦わねば自分たちの故郷を失ってしまうのだぞ! いや、待てよ。そもそも、()()と共に事を図ろうとしたのが間違いだったのかもしれん」


「おい、仲徳。何を言うんだ。彼らは同郷の者たちじゃないか。()()だなんて……それは言い過ぎだろっ」


「くっ」


 薛房の言葉を受けて程立は少し黙り込んでしまった。この沈黙の中、暫しの時が流れたが、しかし、その目は何か思案しているように一点を見つめたままだ。


 動きの止まった程立に目をやる薛房と蘇双。ここに来て県城奪回の作戦が行き詰まってしまうとは……。誰もが諦めかけていたその時だった。


「そうだ、あれをやるか……。いや、やるしかない。伯褒(はくほう)薛房、いい案を思いついたぞ。いいか、士然も耳を貸すんだ……」


 程立が何か(ひらめ)いたようだ。唐突だったので、たいした話ではないだろうと蘇双は思っていた。


 一応、聞くだけは聞いてやるという面持ちだ。薛房も同じような心情だったのかもしれない。


 しかし薛房と蘇双は程立の話を顔を近づけて聞き始めると、だんだんと真剣な表情になってきた。程立の言葉に首を縦に振って頷く二人。


「子供の頃、ちかくの湖でよくやっていたんだ。あの要領で行ける筈だ……」


 と、程立は言う。蘇双はなんとなく想像がついたようだが、薛房の顔は若干ながら険しかった。


「そんなに上手くいくだろうか……? だが、やるしかないんだよな……」


 薛房はやはり乗り気ではないようだが、選択肢がこれ以上ない今、やるしかないとすぐに決意を固めたのだった。


「そうだ、やるしかない。明日の朝に決行するぞ。命の恩人である世平殿が囚われているからな。すぐに行動を起こさねば……」


 程立は静かではあるが力強い口調で念を押す。そして、蘇双も右腕に力をこめて拳を握った。

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