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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第七章  蒼天已死
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第六十六話  張石真

 一方、城内に連行された世平は、賊たちに縄で惹かれながら、城内の中心市街に向かって歩いて行く。


 すでに煙は消えていたが、焦げた木材の臭いが辺りに充満している。城内に乱入した時に火を付けて回ったのだろうが、大規模な火災には至らなかったようだ。鎮火して煙が白く立ち込めていた。


 市街中心部に着くと大きな広場が見えてきた。そこには数千人ほどの黄色い軍勢が駐屯しており、街中から掠め盗ってきた財宝類を集めている。


 隊長らしき男たちが怒声を張り上げて指示しているが、統制は取れていない。財宝をめぐっての小競り合いが至るところで起こっている。


「張方さま、城外を彷徨(うろつ)いていた怪しい男をしょっ引いて来ました。如何いたしましょうか?」


 世平を連れtてた男が、唾棄しながら叫ぶ軍団長らしき男に、彼の処遇について伺った。軍団長は張方(ちょうほう)と呼ばれていた。


「ああ、莉旋(りせん)か。俺は今忙しい。お前にまかせる」


「それが、その、この老人が妙な事を言っておりまして……」


「なんだ? 何をほざいたって?」


「この城にいては危険だと言ってるんです」


「危険? 何をバカな」


 含み笑いを込めて吐き捨てるように軍団長、もとい張方は言った。


「そりゃ、馬鹿げてますが、裏門の辺りは所々に城壁が崩れてるのは確かです。もし官軍が攻めてきたら守りきれるかどうか……と、この老人が言ってるのです」


「ふん……しょうがねぇ、そのジジイを連れてこい」


 鼻息の荒い張方という男は、少し興味が湧いてきたのか、真剣に話を聞きはじめた。


「よし、こっちだ」


 縄を惹かれた世平は、張方の目の前に引き出された。世平はまっすぐに張方を見つめる。


「岩みたいな顔してやがるな。ジジイ、名はなんという」


 先ほどまでの怒髪天を衝く形相だった張方が、嘘のように冷静になった。 世平もこの男が話しの判る男だと感じた。


「張世平という。私も太平道の道士の一人だ。かつては幽州で大方の副官を務めていた事もある。しかし、不祥事を起こして軍馬の輸送役に降格された」


「張、世平。聞いた事ねぇな。その輸送役が、なんで此処(ここ)にいる。馬はどうした?」


「馬は、この東阿県に入る前に護送途中に盗賊団に襲われた。護衛の兵も馬も散り散りになり、私だけが運良く生き残った。そして、この東阿県まで命からがら逃げ延びて来た。そこで同志である君たちに出会ったという訳だ」


「ふん、馬の運び屋が賊に襲われるなんざ情けねぇ。それより、ここの城壁がどうとか言っていたが、実際どうなんだ。本当に危ない状況なのか」


「官軍に攻めこまれでもしたら、ひとたまりもない。この県城に長く居座るのは得策とは言えぬ」


「我が太平の軍が一斉蜂起した今、官軍を恐れる必要がどこにある。それに、すぐ近くの倉亭県には卜大方(ぼくだいほう)卜己(ぼくき)将軍)率いる一万の軍がいるんだ。心配などいらん」


「しかし、ここの民のほとんどは、無傷で脱出したようだ。そもそも城をあっさりと空にして明け渡すなど、あまりにも簡単すぎる」


「じゃあ何だ、尻尾巻いて逃げ出した奴らに何か策があるとでも言うのか。だいたい、盗賊に馬を掠め取られたばかりのお前には説得力がない」


「確かに、盗賊に襲われたばかりで神経質になっているのかもしれん。ただ、それでも何か計略がある可能性は否定できない。さきほども話していたように城壁も所々に劣化している。もしもの場合、この人数で県城を守るには少なすぎる」


 張方は世平の目を見つめたまま少し黙り込んだ。


「ふうむ。とりあえず、王度に相談してみるか。ジジイ、いや、張世平と言ったな。オレの字は石真。お前もオレと一緒に来い。莉旋、コイツの縄をほどいてやれ」


 さきほどの莉旋という副官に縄をほどかれ、続けざまに王度の所まで案内される世平。どうやらここまでは順調にいっているようだ。


 黄色い群衆が蠢く広場の奥には、東阿県の政務を司っていた寂れた宮城があり、王度という男は未だにそこに居座っているのだという。


 宮城内は広くないが、人っ子一人おらずガランとしている。王度は奥の部屋で宝物を整理していた。


「王子洪よ、何をしている?」


 張石真は王度の名を字で呼んだ。すると王度はびっくりして動きが止まった。


「お、お前か、驚かすな。ここには入るなと言っておいただろっ」


 張石真は王度を睨みつけて舌打ちを鳴らし、腰に携帯している刀の柄に手をかけた。


「調子になるな、王度。貴様の手引きでこの県城を手に入れたが、俺は貴様の部下になった覚えはない」


 王度は凍りついた表情を見せ、すぐに取り繕うよう笑顔になった。


「わ、わかったよ。そう怒らないでくれ。で、何か私に用でも?」


「用があるから来たんだ。こっちの爺さんは張世平って奴なんだが、コイツが言うにはな、このまま県城に居座るのは危険だと言いやがる。城壁もボロいし、護るには人数も足りねぇってよ。そこで聞くんだが、実際どうなんだ。せっかく手に入れた城を手放すのはどうかとも思うが」


「張方さん、その爺さんの言う事は確かなのか」


「馬鹿野郎っ、オレがお前に聞いてんだっ。てめぇは県丞としてこの県城に何年も住んでんだろ。世平の言ってることは本当なのかどうか、ハッキリしろ!」


「ひい、す、すまん、城壁なんか気にした事もなかった。だから、アンタたちで判断してくれよ、後は任せるから」


 王度は、政略に勤しんでいて仕事らしい仕事もせずふんぞり返っていたのだろう。


「ちっ、賄賂で儲けた金で毎日宴会やってるからそんな事も分からんのだ。どうしようもねぇ奴だな。ま、それならオレの判断でやらせてもらう。早速だが、今すぐこの城を捨てて城外にて駐屯する」


「そ、そうか。じゃ、そうしよう。もうここに用もなければ未練もない。ははは」


 世平はこんなにも容易く事が運んでいくのを見て内心は驚いていたが、あくまで平静を装って自然に振舞った。


「正しい選択だ。すぐに皆をまとめて県城を出よう」


 しかし、その言葉を聞いた張方は世平の顔をぐいと下から覗きこみ言った。


「城を出るのはいいが、出たあとはどうする? 貴様に何か策があるのか」


 張石真は少し世平を疑ってか、何かを試している。ここで程立の情報が役立った。


「城から数里ほど西へ行くと、古びれた砦がある。そこに一旦、()を駐屯させておけばいい」


 王度も西の砦の話にはピンと来たのか、世平の進言に賛同の様子である。


「あの砦か。かなり昔の砦で今は無人だが、部曲を駐屯させるのに丁度いい。しかし、爺さん。あの砦を知っているとは、東阿の出身か?」


「東阿へ来る途中で、あの砦付近を通りかかっただけだ」


 身じろぎもせず世平は答えた。頷いた張石真は世平の肩を叩いて言った。


「元大方の副官だった男か。これからも宜しくな」


 恐らく張石真は世平を疑っていない。王度と話す時とは違う顔付きだ。


 そして王度は、かき集めた宝物を袋に詰め込んでいる。やはりこの男は財宝が目当てのコソドロの類だ。

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