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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第七章  蒼天已死
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第六十五話  莉旋

 その頃、県城の城壁の裏門の近くを、二人の男が身を潜めながら忍び足で歩を進めていた。


 県城はすでに太平道の連中に制圧されている様子だ。県民は一人残らず逃げ出していると聞く。確かに城内は不気味なほど静まり返っている。


「世平様。こんな所を彷徨(うろつ)いていたら奴らに見つかってしまいますよ」


 蘇双は小声で話しかけながら世平の後を恐る恐る付いて行く。世平は意に介さず、城壁の上を眺めながら歩いている。


「わかっている。だが、遠くから眺めているだけでは、中の様子がよくわからんからな」


「そりゃあ、城内に入らないと状況は把握できそうにありませんよ」


 世平は後ろを振り返って、蘇双の顔を見ながら言った。


「その通りだな。だから、中へ入ろうかと思ってな」


「そうですか……って、なんで中にまで入っていく必要があるんですか? すぐにとっ捕まりますよ」


 蘇双は足を止めて少し大きな声を発してしまった。


「静かにしろ。お前も言っていただろう。彼らを救ってやる道はないのかと」


「いやまぁ、そうですが……、中に入って行ってもどうしようもないじゃないですか」


「賊になってしまったとはいえ、同じ黄老の道を歩んできた者たちだ。話し合えば通じるかもしれん」


「まったく……。話が通じる相手ですか? 食うにも困っていた流民がほとんだっていうのに」


 蘇双はため息をついてその場に立ち止まってしまった。世平は気にも止めず歩き続けている。


 世平と蘇双の距離が離れた頃に、上の方から怒鳴り声が聞こえてきた。見上げると城壁の上から賊らしき男たち数人が世平を見下ろしている。


「おい、そこのジジイ、そこで何してやがるっ」


 蘇双は素早く壁の窪んでいる場所に身を潜めた。賊たちは蘇双の存在にはまだ気付いてないらしい。


「今から下に降りて行くからなっ。そこを動くなよっ、少しでも動いたらブチ殺してやるっ」


 数人の賊のうちの一人が、そう大声で叫んだ後、城壁の上から覗いていた数人の頭が見えなくなった。


「子然っ、今のうちにお前は逃げろっ。私がわざと捕まって賊どもを城から出るように仕向ける。仲徳殿にはお前が知らせるんだっ、行け!」


 世平の声を聞いた蘇双は、来た道を戻るように城壁伝いに走っていった。そして崩れた瓦礫(がれき)が山積みになっている場所へ飛び込むように隠れた。


「くそっ! いっつも、いっつも、なんて無茶な爺さんなんだっ」


 蘇双は瓦礫を背にして座り込み、少し顔を覗かせて世平の様子を伺った。


 すると数人の賊が裏門の所から現れ、世平のいる所まで近づこうとしている。世平は微動だにせず、賊が来るのを待っている。


「よぉし、ちゃんと動かずに待ってたな。ほめてやるぜ。しかし、おめぇ変な顔したジジぃだな。こんな所を一人でうろついているって事は、逃げ遅れたんだろう。いや、足手まといだから見捨てられたのか、ククッ」


 賊の一人が刀を抜いて近づくと、世平は笑顔で言葉を放った。


「いや、君たちが来るのを待っていたんだ。()()よ」


 世平は身じろぎもせず、()()と呼んだ。


「同志だとぉ。どういう意味だっ、ジジイぃ」


「私も黄老の道を学んできた。蒼天すでに死す、黄天まさに立つ、同じ太平道の者だよ」


「はぁ? 何をほざいてやがんだ。苦し紛れに嘘ついてんじゃねぇぞっ」


 賊の一人が世平の胸ぐらを掴んで刀を首に当てた。


「やりたければやるがいい。だが、忘れるな。中黄太乙は天の彼方から、其の方らの所業を見ておられるのだぞ」


 世平は澄んだ目で賊たちの顔を見ている。世平の言葉には賊たちも戸惑いを隠せなかった。


「ぐっ、貴様、何モンだ? 何でこんな所をうろついてやがった」


 賊はすぐに世平の胸ぐらから手を離し、首に当てていた刀もゆっくり降ろした。世平は刀を下ろしたのを見て喋り始めた。


「私は、ここで城壁の様子を見ていた。裏側から見れば分かる通り、城壁は大分劣化しており、至る所を修復しなければならん有様だ。しかも、我が太平の軍は数百人程度。城壁は(もろ)く、しかもこの広い県城に居座るのは果たして如何なものか、と。官軍に攻めてこられればひとたまりもないだろうな」


 賊たちはお互いの顔を見合わせている。


「コイツの言っている事はもっともかもしれん。お前らも裏門の付近の城壁が崩れかけているのを見ただろう」


莉旋(りせん)様、なんにせよ、このジジィ、只者じゃあねぇみてぇです。しょうがねぇから、一緒に連れて行きやしょうぜ。そして張方(ちょうほう)様にお伝えしましょうぜ」


「そうだな。おう、じいさんよぉ。一応、手だけは縛らせてもらうぜ」


 世平は首をコクッと縦に振り、ゆっくりと両手を差し出して縄を縛らせた。


 この莉旋(りせん)と呼ばれた賊は隊長か何からしい。体格が良く肌の浅黒いこの男は、威圧的な風貌とは裏腹にどこか間の抜けた様な面構えであった。


 手を縛られた世平を連れて賊たちが裏門の中に入っていくのを見ていた蘇双は、ゴクリと息を飲んで空を見上げて囁いた。


「なんてこった。とにかく、ここを離れなきゃ……」


 そう言ったあとすぐに、蘇双が隠れていた瓦礫の山から飛び出し、とにかく県城から離れようと振り向きもせずに走りだした。


 どれほど走ったであろうか。とにかく夢中で走り抜け、県城の全景を安全に見渡せる場所まで辿り着いた。


「やはり、仲徳殿に知らせるのは、ちゃんと賊が城から出てくるのを確認してからじゃなきゃな……」


 それまではこの場所で何日も待ち続けようと心に決めた蘇双であった。

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