第五十八話 追究
張譲は悪びれる素振りを一切見せずに、堂々として言った。
「確かに陛下には隠し事をしておりました……」
真冬に吹雪く風のような大勢の唸り声が、宮中内に走った。
「しかし、それは他愛もない事件や情報で、煩わしい雑音を陛下にお聴かせするのは、臣下にあるまじき行為だと思ったからです。また、党人たちを禁錮刑にしようという流れを作ったのはあくまで王甫と候覧でございます。まさか、封諝と徐奉が謀反を企んでいたなどという事は、本当に寝耳に水でした」
皇帝は颯爽とした張譲の口ぶりが気に食わない。
「朕の前で堂々と嘘をつくつもりか! 朕は天子だぞ! 貴様の言うことが嘘でないと証明してみろ!」
その言葉を聞いて張譲はすぐに膝をついて土下座した。本来は全ての臣下が皇帝の前で膝まづかなければならない。張譲は皇帝の寵愛に威を借りて、臣下にあるまじき態度でいる事が多かったのだ。
「陛下に誠心誠意尽くしてきたこの私に限って、陛下を騙したり子供扱いするなどという恐れ多い事ができる訳がありません。陛下のご気分を害した事は平身低頭して謝罪致します。ほんの僅かでも他意はございませんでした。お許し下さいませ」
張譲は毅然とした態度ではあるが、言葉通り平身低頭の姿勢で謝罪した。それを見た皇帝の気分はいくらか晴れたようである。
「ぬう……、嘘ではないというのだな?」
「はい、陛下」
人臣を極めたはずの皇帝であっても、やはり常日頃から世話をしてもらっている宦官の張譲には甘いようだ。
「フン。まぁ、よかろう。お主のこれまでの功績に免じ、信じるに値するとしよう。だが、これを機に宮中から都の隅々まで徹底的に調べようと思っている。周斌、直ちに実行しろ!」
周斌とは御苑(皇帝の庭園)の責任者である宦官だ。非常事態であってもやはり宦官の手を借りなければならないのである。
「はい。もちろんでございます」
皇帝は前に出て進み、佩刀していた豪華な宝刀を鞘から抜いて二、三回振りまわした。
「朕に対する……いや、漢に対する反逆に加わった者すべて、一族郎党、余す事なく誅殺せよ! そして、賊軍の頭目、張角の首を朕の目の前に持ってこいっ。太平道の者共をを根こそぎ討伐するのだっ。早速、軍備を整えろ!」
張譲の顔色にまるで変化はない。周斌も張角の息のかかった宦官である。この時点では、張譲がこの太平道の反乱の件に一枚噛んでいるなどとは誰も思いもしなかった。
その後すぐに渦中の人物である唐周自身も宮中に連行され、皇帝直々に多くの詰問を受けた。その結果、予想以上の事態が進行しているのが判明した。
反乱計画は用意周到でかつ全国規模であり、雒陽にも反乱を企む勢力が存在するという。
周斌の主導により捜査は進められた。封諝の処遇は取調室ではなく、いきなり拷問室に連れていかれた。
何も知らずに北宮の中央庭園で楽しそうに模擬店の用意をしていた徐奉も、相棒の封諝と同じく拷問室に監禁された。
(――封諝や徐奉が余計な事を吐く前に――)
表向きは拷問されて白状したとの事だったが、ここにも張譲の陰謀が及んでいた。
(――備えあれば憂いなし――私に抜かりはない――)
実は封諝と徐奉は口封じの為に先に処刑され、その後で死体に拷問の痕を付けたのだ。皇帝にもその証拠を見せた。
張譲の陰謀とは裏腹に、これまで皇帝の大きな寵愛を受けてきた宦官たちの立場も、太平道の陰謀が発覚して以降、徐々に失墜していくようになる。
皇帝は三公(政務の最高長官である三つの官職を指す)と司隷校尉(警察長官)にも続けて君命を出して反乱分子の捜索に全力を尽くした。
こうして、数日のうちに千人近くもの関係者と思われる人達が逮捕拘束され、厳しい取り調べという名の拷問を受け、即日刑場にて処刑されて露となった。
もちろん首謀者である張角にも逮捕命令が出された。同じく指名手配中の馬元義の居所は依然掴めていなかった。すでに雒陽を脱出したと考えるのが妥当な線だ。
「唐周め。あと少し、あと一歩だった。奴だけは絶対に許せん。今はただ、この変事を一刻も早く大賢良師にお知らせしなければ」
馬元義は数十名の部下と共に雒陽から脱出する事になんとか成功していた。とある大物宦官の手引きによる素早い対処だった為、雒陽の警備が厳しくなる前に脱出できたのだ。
「皆の者、もう三月五日まで待ってはおられんっ。早急に一斉蜂起の知らせを各州の大方に知らせるのだ!」
その指令を受けた馬元義の部下達はそれぞれの方角に向かって早馬を走らせた。




