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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第七章  蒼天已死
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第五十六話  唐周

「ま、待てっ、話せばわかる!」


 男は暗闇の中で、(ろう)の明かりに反射した金色の光が何度も目に突き刺さるのを感じた。


唐周(とうしゅう)。貴様ら虫けらの醜い蠢動(しゅうどう)は見るに堪えぬわ。今ここで貴様を成敗してくれる!」


「何故、なぜ、俺の名を……? お、お前は何者だ。何の事を言っているのだっ」


 剣を持った男は、唐周を壁際に強引に押し付けて、左手で強く胸ぐらを掴み、右手の剣をゆっくり喉元に突き立てる。


「俺は天子に命を捧げる只の忠僕(ちゅうぼく)よ。貴様らも大賢良師(たいけんりょうし)とやらに命を捧げる覚悟で、京師に潜伏しているのだろう」


 暗闇で顔は見えぬが、この刺客は間違いなく何顒(かぎょう)だ。唐周を脅すために深夜の家宅に忍び込んだ。


「大賢良師? 一体の何の話っ、うっぐっ、っひい!」


 ついに、何顒の持っている剣先が喉仏に少しだけ触れた。そこからは少量の血が垂れる。


「はうっ」


唐周は小さく悲鳴を上げたが、どうすることもできない。


「とぼけるなっ、貴様の名は唐周。大賢良師こと鉅鹿(きょろく)張角(ちょうかく)に命じられ、京師に潜伏する謀者なのはわかっている」


「わ、わかった、そうだ、私は唐周だ。しかし、私は来たくなかったんだ。故郷の済陰(さいいん)で静かに太平道を信じて生きていければそれで良かったのだ」


 何顒は唐周の喉元に突き付けた剣先をゆっくり降ろしたが、左手に掴んだ胸ぐらはそのままである。


「嘘をつくなっ。貴様が青州を統括する賊軍の渠帥(きょすい)であることは判っているのだぞ」


 唐周の胸ぐらにある何顒の左手が、音を立てて力が入っていくのがわかる。今にも服が千切れそうなぐらいだ。


「ぐうぅ、ぜ、全部、話すから、まずはこの手をどけてくれ。ぐぅ、頼む、苦しい……」


 何顒は突き放すように胸ぐらから手を離した。途端に唐周の身体が崩れ落ち、苦しそうに喘ぎながらしゃがみ込んだ。


 何顒も剣を手に持ったままゆっくりとしゃがみ込み、じっくりと話を聴く体勢でいる。


「話次第では、助けてやらん事もない。但し、少しでも嘘を吐けば貴様は死ぬ。包み隠さず全て話すのだ。貴様らの計画を」


「ごほっ、ごほっ、はぁはぁ。わかった。命だけは……。話は長くなるが……」


 唐周がいうには、太平道の信徒は八つの州にまたがって数十万人おり、その中で精鋭を正規兵として、三十六の()(軍隊)を編成しているという。


 ()()で約一万、小の()で六千から七千とし、それぞれに部隊長も配置された立派な軍組織がある事を伝えた。


「それほどの組織になっているとは。信じられん」


「太平道だけではない。近隣でくすぶっている賊どもにも呼びかけ、()郡の鄴で大賢良師の号令の下、太平道の信徒たちが一斉に蜂起する」


 表情を変える事はなかったが、さすがの何顒も背筋が寒くなる思いがした。


「貴様らの好きにさせてなるものか!」


 何顒は再び剣を振り上げて、唐周を威嚇した。


「まてっ、まてまてまてぇっ! まだ続きがあるんだっ、聞いてくれっ」


 唐周は必死に両手を振って命乞いを始めた。


「も、もうすでに、私の様な間者が数十人も京師に潜り込んでいる。俺一人殺した所で、どうにもなるまいて。それより、俺の命の保証をしてくれるなら、京師での蜂起を食い止める事はできるぞ」


「京師でも反乱をおこすつもりか?」


「ああ、秘密裏に計画が進んでいる。百姓(庶民のこと)だけでなく、士大夫や宦官などの多くの官吏もこの計画に関わっている。儒に異を唱える者たちだ。そして、京師の首謀者は馬元義(ばげんぎ)という」


 馬元義。曹操からは張角の腹心だと聞いている。


「馬元義か。 (けい)州や(よう)州で名の知れた道士と聞いておったが、きな臭いと思っていた。やはり反乱の先導者か。宦官の封諝(ほうじょ)徐奉(じょほう)が呼び寄せたのだろう。ということは……」


「そうだ。奴らも馬元義と内応している。そして荊州や揚州から数万人の大方(だいほう)軍を三月五日の甲子の日に決起して京師を陥落させる計画だ。私は馬元義の部下として送り込まれたが、どうにも我慢がならなかった。青州の大方として信徒を率いる私が、あんな鼻持ちならぬ男の風下に立つなど……」


「くだらぬ身内争いなど、どうでもいい。貴様も反乱に加担して、漢の社稷を崩そうとしている事に違いあるまい」


「それは違うっ。青州の民は信仰厚く、武装信徒は精鋭揃い。だが、あくまで自衛の軍であって、反乱の為にあるのではない。その点では大賢良師との考えに食い違いがある」


「それなら、青州の反乱は貴様が食い止めろ。その前に、京師での蜂起だけは避けねばならん。内応している宦官はまだいるのか? 張譲(ちょうじょう)趙忠(ちょうちゅう)の名を聞いた事は? 正直に言え」


「張譲らの事は知らん。本当だ。だが、多くの宦官が内応していると聞いている」


 やはり張譲は用意周到な男だ。足がつかないように対策済みなのか。張譲の件は曹操に任せるとしよう、と何顒は心中で呟く。


「いいだろう。貴様が助かる道は一つ、すぐにこの未曾有の大反乱計画を天子(皇帝)に上書するのだ。何としても未然に食い止めねばならぬ」


「どうせ上書しても宦官どもに揉み消されるっ」


 何顒は剣をゆっくりと鞘に納めてから、唐周の顎髭をつまんで顔を上に向けさせた。


「では、これから貴様に上書する為の策を授けてやろう。私の言う通りにするんだ、いいな」


 唐周は頭を大きく頷かせながら、何顒の話を真剣に聞いている。


「あとはお前次第だぞ。しくじるなよ」


 そう一言だけ残して、何顒は暗闇の中に身を溶かして消え去った。

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