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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第六章  旭光誓約
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第五十五話  脱道

 張世平の元に戻った蘇双は、胸に(つかえ)えた想いの丈を、余すことなくぶちまけた。


「どう考えても貴方のやっている事はおかしいですよ。苦労して集めた馬や武具は、何の為に集めたんですか。来るべき甲子の年に備えての事じゃないですか。それを行きずりのならず者に全部くれてやるだなんて」


「わかっておる。だが、このまま馬商人に扮して輸送を続けても、いつか山賊に襲われ全てを失うだろう。貴重な馬や武具を、武装した兵も与えられず輸送を命じられるなど、土台無理な事だ。我々はそんな役目を与えられたのだ。今までが幸運だっただけだ」


「そう言われれば確かに……そうかもしれませんが」


「馬元義の怠慢で護衛を付けてもらえなかったが、逆にそれが争いの種になるのを防いでいたのかもしれん。こじつけだが、それで私は気付いたのだ。武装による蜂起で世を変えるなど、私には受け入れられない、と。だからお前はもう、私に仕える必要はない。鉅鹿に戻って大賢良師の元へ帰るがいい」


「な……何ですって?」


「私は太平道を抜ける……」


「ええっ? どういう意味ですか?」


「もちろん、そのままの意味だよ。前々から疑問に感じていたのだ。無為自然、天地の道を奉じ、太平の世を五行に従って成すのが、大賢良師の教えであろう。武力蜂起で漢室を滅ぼし、その為に民を戦渦に招き入れる事が、糺しい道とは到底思えない」


「そりゃ、気持ちはわかりますよ……。ですが、薄汚れた官吏の暴政で困窮している民衆は、無慈悲に訪れる死を何もせず只受け入れろ、というのですか?」


「だからこそ疲弊した民の心身を癒すのが、我らの生業だったのではないのか。其の為の教えだったのではないのかね」


「確かに、貴方の仰られる事には、一理あると思いますが……」


「お前もそう感じていたからこそ、劉玄徳にすべてを託したのではあるまいか?」


「う……、確かにあの劉玄徳という男は、何か感ずるものがありました……」


「私は太平道を抜けるしかない。だからもう、馬や武器は必要ない。もはや、誰も甲子の一斉蜂起を止める事はできぬ。ただ、行く末を見守るのみだ」


「漢の皇室を倒せば、太平の世は訪れるのだから、今更、何の必要があって世捨て人になるのですか」


「私の予想では恐らく、この太平道の蜂起は失敗に終わるであろう」


「なぜ失敗するんですか。これはど用意周到で大規模な世直しは、後にも先にもないと思われます!」


 蘇双の言葉は荒ぶっているが、どこか悲しげな表情をしていた。


「なぁ、士然も私と一緒にこの中原を旅してよく分かっているだろう。信徒の数は多いかもしれんが、所詮は烏合の衆を集めただけの仮初めの集団に過ぎん。数に恃んで都に攻め上っても、最初の勢いだけで終わってしまうに違いない。漢室の威光は衰えたとはいえ、士大夫(したいふ)たちの漢への求心力は未だ侮り難し状況にある」


「だとしても、我々に何ができるというのですか。貴方は、太平道をぬけた後、どうされるというのですか?」


「この蜂起が失敗に終われば更に大量の流民が発生し、結局は漢室の崩壊に向けてもう歯止めが利かなくなるだろう。こんな老いぼれの爺だが少しでもその受け皿となれたらいいと思っている。出来れば其方にも手伝って欲しかったのだが、私もこれ以上は無理を言えんしな」


「これまでは、貴方の無茶な言い分や、行動には目を(つむ)ってついて参りましたが、もうこれ以上は……」


 蘇双は下を向いて唇を噛み締めている。


「そうだな。今まで足労をかけてすまなかったな。これからは其方の好きなようにするが良い」


「もうこれ以上……いや、もっとそれ以上に、貴方のわがままに付き合ってみようと……おもいます」


「そうか……。ん? 今、なんと申した」


「ですから、貴方についていくというのです」


「なんと……。おぬしも奇特な奴だな」


「自分でもそう思います。しかし、これで何か胸の痞えが取れたよう気がしますよ。さて、これから我らが向かうべき道に、私をお導き下さいませんか? 世平殿」


 蘇双の作り笑いが物悲しさを醸し出すが、それでも世平は嬉しかった。そして、蘇双を自分の息子のように思い始めていた。


 そう思うと、実の息子である(れん)の事を思い出さずにはいられなかった。


 もしかして故郷の山陽(さんよう)高平(こうへい)県に戻ってきてはいないだろうか?


 いや、そんな事は有り得ないだろうと、心の中で打ち消した。それでも、息子に対する愛情と望郷の念が溢れだし、止まらなくなっていた。


「一度、私の故郷に帰るつもりだ。士然も一緒に来るかね」


「貴方の故郷ですか。何のために?」


「ただ、どうなっているかこの目で確かめたいだけだ。それでもついてくるか?」


 蘇双はコクリと頷いた。


「どうせ行く宛もないんです。貴方について行きますよ。しかし、今までついて来てくれたお供の者たちはどうしますか」


「僅かだが、手持ちの金銭はある。これを渡して、静かに去ろう。太平道を抜ける事は黙っておけばいい」


 そう言うと蘇双に銭の入った革袋を手渡した。蘇双は遠くで休んでいる従者たちにそれを渡し、馬や金銭は山賊に奪われたと説明した。そして彼らを巨鹿に帰るよう促した。


 こうして、二人は太平道から離れ、暫しの間、世を忍び隠れ暮らす事になった。時代は激動の時代へと移り変わってゆく。

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