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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第六章  旭光誓約
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第四十七話  簡雍

 日が落ちる頃、劉備(りゅうび)関羽(かんう)は、徳然(とくぜん)の家に訪れた。関羽は徳然から預かっていた春秋左氏伝(しゅんじゅうさじでん)を全巻持ってきていた。


 徳然は家の前にある、父の元起(げんき)と母が眠る墓前の前で、一人で静かに弔っている。


「徳然……大丈夫か?」劉備は悲しげに話しかけた。


「兄上。私は親不孝者です。父上と母上が亡くなっているとも知らず……」


 徳然は一筋の涙を浮かべながらも、気丈な態度で墓前の前に正座している。


「ああ、俺もな。だが、いつまでも悲しんではいられない。俺にはやらなくちゃいけない事がある」


「わかってます、兄さん。自分の部曲(ぶきょく)を作るんですよね」


 部曲(ぶきょく)とは正規兵ではなく私兵を意味する。ようするに傭兵団の事だ。


(ごう)(村)の勇士を集めて部曲を結成する。有事の際には名乗りを上げて、漢室の前で俺の劉家を再興するんだ」


「それは、楽しみですね。それでは、兄さんに代わって、この楼桑村の家長を私が務めます」


「逞しい男になったな。よろしく頼んだぞ、徳然」


 一緒に来ていた関羽は、徳然から預かっていた春秋左氏伝を差し出して礼を述べた。


「徳然殿。貴方から預かっていた左伝をお返しします。本当に有難う御座いました。この数年、左伝があったからこそ私は自分を律する事が出来た」


「貴方のお役に立てたなら幸いです、雲長殿。しかしこれは最初から、貴方に進呈するつもりでお預けしておりましたので」


「お蔭様で今では口頭で諳んじるほどに、この左伝を読み込んでおります。お気持ちだけ有難く頂戴して、やはり貴方にお返し致します」


 徳然はコクンと頷くと、関羽から左伝を受け取り、感謝の意を表した。


「それじゃ、楼桑村を頼んだそ、徳然」


 そういうと劉備は一礼した。あとに続いて関羽も一礼し、二人は静かに立ち去っていった。まるで明日また出会うかのようにさらりと別れた。これが徳然との今生の別れとなる。



 あくる日の朝、劉備と関羽は楼桑村の外に出て、劉備が引き連れて来た子分達と合流した。子分達は関羽の外観を見て驚いていた様子である。


 背丈は九尺(約二一五センチ)もあり、天を見上げるがごとき大きさである。体躯は筋肉で引き締まっていて卒がない。その背丈の大きさも()る事ながら、(あご)に生えた長い髯もさらに人目を惹く際立ったものだった。


 腰の辺りまで伸びた髯は二尺(約五十センチ)ほどもあり、しかも美しく整った髯である。顔は日焼けした直後の様な赤ら顔で、目は切れ長で細いが、眉毛(まゆげ)はまるで蛾の触覚の様に太く美しい。


 そしてさらに一際目立つのが関羽の持つ巨大な武器だ。長さは一丈四尺(約三百五十センチ)もあり、その重量も常人では支えるのも覚束無いであろう事は、容易に想像できる。


「皆に紹介しよう。俺の義弟で、姓は関、名は羽、字は雲長だ。これからは俺の右腕となって補佐してもらう。皆、よろしくな」


 劉備が引き連れてきた子分達は皆、腕に憶えのある悪童の集まりであったが、この関羽の風貌を見て楯突いてやろうと思う者は皆無であった。


「我が兄であり、主君である劉玄徳殿の下で働かせてもらう事になった、関雲長という者だ。皆、よろしく頼む」


 こんな豪傑が仲間になってくれるとは有難い。皆、そういった気持ちで関羽が仲間に加わる事を喜んだ。

 

 そうやって話している間に、数人の男が楼桑村の方からこちらへ向かってくるのが見えた。先頭にいた男が馴れ馴れしく話かけてきた。


「玄徳あにぃ、ひっさしぶりじゃ。戻ったんなら教えでくれよ、水臭ぇぞ」


「おお、憲和(けんわ)かぁ。久しぶりだな。懐かしい顔だ」


 この男は劉備の幼馴染で旧知の間柄である。この男の姓名は簡雍(かんよう)、字を憲和という。劉備と同年代で、頭の回転が速く口調も明朗だが、ざっくばらんな性格で愛嬌のある男だ。


 なので、簡雍はそれこそざっくばらんに劉備に相談を持ちかけた。


「久しぶりに会ったばっかで悪いけんども、実は相談しでぇ事があんだ」


「んだよ、言っでみろ」


 劉備も思わず幽州訛りに戻っている。


「ああ。玄兄ぃは、肉屋の悪ガキだった張益徳(ちょうえきとく)を覚ぇてっかい?」


「おお、益徳(えきとく)かぁ。アイツのこたぁ、よぐ憶えてる。泣き虫のガキだったが、怒ると滅法強くなって、大人でも歯が立たなかったなぁ。俺に懐いてて良く面倒見でやったよ」


「実はな、その益徳(えきとく)が悪タレどもを従えて()()()()()()の事をやらかしてるって話だ」


()()()()()だと? その頭領になってんのか。あの泣き虫の張飛(ちょうひ)がなぁ」


「あのまま放ってたらよぉ、そのうちに官軍に目を付けられて全員ぶっ殺されちまうぜ。益徳はオツムは良くねぇが、悪い奴じゃあねぇ。早い所、目を覚まさせてやらねえど」


「そうか。俺が説得してやろうじゃねぇか。早速、益徳の所に案内しろよ」


「そ、そりゃ、案内は出来っけど、玄兄ぃでも説得出来っかなぁ。益徳はもう泣きベソ掻いてた頃のガキじゃねぇ。ハッキリ言っで豪傑だ、アイツァよ」


「何ぃ、そんな凄ぇのか。だがよ、いくら益徳が豪傑っつてもよ、この男にゃあ敵わねぇと思うぜ」


 劉備は後ろに立っている大男の関羽に親指を指して言った。簡雍は関羽を見てギョっとした。


「あ、兄ぃの家に居座っでだ男だな。兄貴の母上が息子の様に可愛がってたのを見でな、不思議に思てたトコよ」


「そうさ、俺の義弟だよ。俺の頼りになる右腕だ」


「兄ぃの義弟? 確かに強そうだけんども、兄貴の義弟でも益徳と五分かどうかわがらねぇど」


「だとよ、雲長。凄ぇらしいぞ、益徳は」


 関羽は顎鬚を掴んで言った。


「楽しみですな、俺と同等かそれ以上の豪傑だとはね。兄者。最近少々退屈気味だったんで、そろそろ暴れたいと思っておりました所です」


「へぇ。でもやり過ぎんなよぉ」


 劉備は彼らをお互いに挨拶させて仲間とした。そのまま、劉備の軍団と共に張飛が立て篭もっている山の麓へと向かう事になった。

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