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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第四章  極秘任務
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第三十一話  秘密

 数日後、曹操は蹇碩らの推挙により(えん)(とう)郡、頓丘(とんきゅう)県の(れい)(県長官)の役を拝命した。


 表向きは法を厳守した功績を買われての昇任だが、実情は雒陽から遠ざけられ、中央との関わりを断ち切られた。


 曹操は宮廷内の個室にて張譲より(みことのり)(じか)に受けた。


「よくぞ任務を全うしてくれた。その功績で私が頓丘の県令に推挙しておいた。栄転だな、孟徳。アレを取り返してくれたおかげで私も助かったよ」


 アレとは一体なんなのか……。二人の間で判っていればそれでよかった。


「中常(張譲)殿。私は貴方の言う通り任務をこなし、あの物件も世間に漏れるのを防ぎました。なのに、表向きは県令に昇任だが、結局は地方へ左遷されたのと同じではありませんか?」


「何を言うかっ。お主が自身で招いた結果であろう。厳しく取り締まるのは歓心だが、撲殺してしまうのはやり過ぎだ」


「そうでしょうか。何度も言いますが、私はあくまで与えられた任務を遂行し、法を尊守しただけの事です」


「融通がきかない男だな。私が其方を庇い立てしなければ、とっくに罪を着せられて葬られておる所だぞ。其方を恨んでおる輩は大勢いるのだからな。青二才のくせに、上官達を弾劾する上奏文まで提出しおってからに。私が揉み潰していなければどうなっていたか」


 こちらもお前を潰す材料は持っているぞ――と心中で呟いたが、やはり現実的に考えると今の曹操では、張譲に勝ち目など無い。口答せず大人しく従い、時期を伺うのが最善の策だ。


「有難う御座います。私の稚拙な正義感で朝廷を乱そうとしたこと、本当に愚かだったと思っております。常日頃から中常殿には感謝しております」


「ふん、本心からの謝罪ではないな。だが、許してやる。若気の至りという事で忘れよう。それに、私も君の御祖父様には世話になった。だからこそ目をかけてやっているのだ。時が来たらまた中央政界に戻してやる。それまではおとなしくしておけ」


「承知いたしました。その折にはまたよろしくお願いいたします」


「一つ教えといてやろう。知っての通り、宮中は陰謀で渦巻いておる。戻ってきてもこの陰謀の中に身を置く事となるが、大切なのは誰を主と仰ぐかだ。もちろん、私が言っているのは天子以外での話だぞ。金だけで権力を握れるほど甘くはないのだ、ここは」


「天子を差し置いてでも貴方を主人として仰げと。まるで、反乱でも企てておられるみたいですな。フフフ」


「しらばっくれるな、操よ! 貴様も判っているだろう。宦官の孫として侮蔑されたまま、このまま生きていこうというのか?」


 曹操は張譲を睨んだ。普段は宦官の孫であるという事実など気にもしていないが、当の宦官に言われると歯がゆい思いがする。


「そ、それは……」


「何も言い返せまい。だが、今に見ていろ、いずれこの世界は私のような身体になった者でも、救われる世界となる。私についてくれば貴様もきっと感謝するに違いない。黄老の教えに身を任せれば、新しい世界が開けてくる」


 張譲はじっと曹操の顔を見つめている。曹操の眼差しを全て受け止めるかのように。


「黄老の道ですか。もうすでに貴方からは返しきれないほどの恩義を頂いています。そして貴方が望む世界が訪れる日を心待ちにしております」


「そうだ。私の言う通りにしておけばいずれそうなる」


「わかっております。貴方を裏切るような真似は致しません」


「よかろう。では、達者でな。また会おう」


 曹操は県令の印綬(いんじゅ)を拝命すると、静かに宮廷の外へと去っていった。


 北宮の外に出た曹操を出迎えたのは夏侯惇であった。


「兄貴。張譲の様子はどうだった? 例のアレはそのまんま渡しちまったのか?」


 顔を近づけ、小声で夏侯惇は話しかけてくる。


「渡したよ。ただし、張譲に渡したのは、オレが精工に模写した書簡の方だがな、ククク。アレを持っておけば、いざという時に頼りになるからな」


 曹操の笑味には少しの自信が溢れていた。


「フフフ、さすがは兄貴だ。さぁ、オレも一緒に行くよ」


「ああ。だけど、都を去る前に一人、会っておきたい人物がいるんだ。大尉(たいい)(きょう)氏に挨拶をしておかないとな」


 曹操が会いたい人物とは、橋玄(きょうげん)。字は公祖(こうそ)

 

 前漢より続く名家の出身で、河南尹(かなんい)という雒陽を含む河南郡の行政長官を務めていた。その後は三公(さんこう)(三つある最高位の総称)の職を歴任し、現在は三公の一つで軍の頂点である太尉(たいい)という職に就いている。


「オレは先に荷物をまとめて出発の用意をしておくよ。劉夫人にはちゃんと話をつけてくてるのかい?」


「お前が直接話をしておいてくれよ。オレの息子が生まれてからどうも調子が悪いんだが、置いていくワケにもいかんからな」


 曹操の(きさき)は劉氏から娶ったので、劉夫人と呼ばれた。長男の曹昂(そうこう)を産でからどうも体調が優れないらしい。


「な、何言ってんだ兄貴、オレが直接話を出来るわけないじゃないか」


 現在では想像しにくいが、当時は自分の奥方を人に見せるというのは全くの論外、常識外れの行為であった。


「冗談だよ……ははは。妻の事は下女にでも頼んでおいてくれ」


 夏侯惇は冷や汗をかいたように溜め息をついた。


「冗談キツイぜ、兄貴。とにかく、出発の用意をしとくから」


「ありがとよ、元譲。じゃぁ、太尉殿の所に挨拶に行ってくるよ」

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