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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第四章  極秘任務
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第二十八話  北部尉

北部尉(ほくぶい)。雒陽城の北部に位置する宮殿(北宮)の周りにある四つの雒陽城門を警備する任務が曹操(そうそう)の新しい官職となった。


 姓は曹、名は操、字は孟徳(もうとく)。かつての大長秋(だいちょうしゅう)曹謄(そうとう)の孫であり、父の曹嵩(そうすう)司隷校尉(しれいこうい)という首都圏全般の警察兼行政長官である。役職を金で買ったという噂が流れるほど潤沢な資金力がある。


(俺が就きたかった職は、こんなんじゃねぇ。北部尉など――)


 数年前に亡くなった祖父は、朝廷を牛耳る宦官の最高長官の大長秋(だいちょうしゅう)、父は司隷校尉(首都圏長官)で今後さらに昇進するだろう。


 昨年、二十歳なってすぐに故郷の沛国(はいこく)(しょう)(知事)である王吉(おうきつ)の推挙で孝廉に挙げられて(ろう)(行政官の中でも一番下の役職。最初の一年は必ず下積みで任官される)になった。


 孝廉(こうれん)とは地方長官による推挙制度で、人口の規模によって選出される人数は違うが、十万人に一人という狭き門であった。


 王吉は曹操の父と同じく宦官の養子であり、そのコネでいとも簡単に首都雒陽の郎になったが、曹操は郎という下積み期間が終われば、いきなり雒陽令(らくようれい)(首都行政長官)になれると自惚(うぬぼ)れていたのだ。


司馬防(しばぼう)梁鵠(りょうこく)、覚えとけよ、アイツら。いつか目にもの言わせてやる――)


 北部尉への昇進は尚書右丞(しょうしょうじょう)(宰相)の司馬防と、選部尚書(せんぶしょうしょ)(人事官)の梁鵠によって任命されている。


 二十歳過ぎで北部尉に就いただけでも並大抵ではないし、同僚たちの中には五十歳過ぎの者さえいるというのに、曹操は大いに不満がある。


 北部尉とは東西南北の部尉(所轄長官)の内の一つで、曹操は広大な雒陽城の北部の治安を担った。


 雒陽城の北部には北宮という巨大な宮殿があり、皇帝にとって最も重要な区画となっている。


 北宮は皇帝の後宮(こうきゅう)(皇帝と皇后、皇帝以外は男子禁制で宮女や宦官たちも住む宮殿)でありながら、宦官の勢力範囲である為に、この時代は政治の中心施設となっていた。


(今さら文句を言っても仕方ねぇ。やるからにはトコトンやってやる)


 曹操は内心では渋々ながらも北部尉に就任したが、任務を忠実に遂行して早く出世の糸口を掴もうと考えた。


 まず北宮の周りの城門、北の二門と東西に一つづつある門の、四つの城門を改修する案を提出した。


 日に日に悪化する雒陽の治安状態を鑑みて、その警備体制をさらに強化しようという試みである。


 門の改修案に反対する者は特にはおらず、すんなりと改修の許可がおり、曹操の主導により工事が進められた。


 四つの門の左右には、五色に彩った鉄の棒を十本づつ掛けており、この門の付近で禁令を破った者は、例え高官であっても容赦なく処罰した。


 処罰の方法は色々あるが、五色の鉄棒で五十回打ち据える刑を執行する事が多かった。ほとんどの者は五十回打たれる前に絶命する。


 特に夜間外出の禁止を厳格に遂行しており、処罰された者の多くは夜間外出の禁を破った高官であった。


 以前はまるで法が守られておらず、士大夫ならば夜間の通行が慣例となってしまっていたのだが、国家の中枢を担う機関である北宮がこれではまるで示しがつかない。古代から城外の夜間外出禁止令は、保安上の問題で通例となっている。


 曹操が北部尉の任に就いてから数ヶ月が過ぎたが、違反者の処刑はすでに十数人にも上っている。北宮の宦官や高官の間でもその噂は広まり、夜間の外出をする者はいなくなった。


 にも関わらず今宵の月明かりの中、北の夏門から夜間にも係わらず門を通行しようとする不届き者が、久しぶりに現れたのである。


「守衛兵どもっ、この門を開けろ!」


 その男は高級そうな刺繍が入った服装を身に纏っており、どこからみても高官である、といった風貌をしている。背後には数人の護衛兵らしき供の者たちが四人いて武装して、手には松明を持って控えている。


 門の守衛兵の一人が即座に近寄って行き、何事かとその男に問い質した。


「貴様らに私の用事を伝える必要はない。急時なのでさっさと通せと言っておるのだ」


「例えいかなる方であろうと、この真夜中に北宮に入らせる訳にはいかないのです。禁令を破ればどうなるかは、貴方もご存知でありますな?」


「このっ、無礼者っ」


 キーンと金属が擦れる音がした。いきなり、謎の高官らしき男は、門番の守衛兵の一人に斬りつけていた。


 鞘から抜かれた刀は目にも止まらぬ速さで、守衛兵の肩から首筋を水平に切り裂いた。守衛兵は斬られた事に気づく暇もなく倒れこむ。血は倒れこんでからすぐあふれ始めた。


 他の門番の守衛兵たちは騒然として、剣を抜くのをためらっていた。剣を抜けば瞬殺されるかもしれない。


「へぇ。中々、いい太刀筋してますねぇ。今宵の月明かりの下では貴方の刀の動きがよく見えます」


 門の近くにある控えの部屋から、冷静かつ剛毅な声が響いてきた。皆がその声の方に振り向くと、門の守衛として正装した気品のある小柄な男……曹操、が暗闇から月明かりへと現れた。


「北部尉殿っ、お気をつけください、この男っ、かなりの使い手です!」


 守衛兵の一人が曹操に向かって叫ぶと、曹操は首を軽く振って頷き、禁を破った高官を睨み付けた。


「さぁて、どちら様でしょうか。まぁ、アナタが名乗らずとも、禁令を犯した者はどのみち処罰せねばなりませんがね」


「貴様が曹操とかいう小僧か。かつての大長秋の孫なんだってな。北部尉に就任したぐらいでイイ気になるなよ。お前の祖父は偉大だったかもしれんが、私には何の関係もない事だ」


「祖父の事はもちろん関係ありませんよ。オレはただ法を守っているだけです。夜の禁令を犯す者、そして今宵の月明かりの美しさを汚す者、そのどちらも刑に服してもらう……」


「よかろう、押し通るぞ……」

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