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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第三章  少壮気鋭
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第二十四話  緱氏山

 緱氏(こうし)山に着いてからも、劉備と公孫瓚との親交はまさに兄弟のようであった。


 公孫瓚の方が劉備より年長であった為、劉備は兄貴と呼んで慕っていた。


 義兄弟の契を交わすのはいつの時代にあっても、男同士が侠客と認め合う儀式のようなものだ。


 劉備の人生において初めて兄貴分を持った事になる。それまではガキ大将として地元の少年たちの上に君臨していたのだから。


 公孫瓚は兄貴と慕われるに十分な資質を持っていた。腕っぷしだけでなく頭脳明晰で弁舌爽やか、さらには容姿端麗ときている。


 本来、劉備が最も嫌うはずの人種だが、公孫瓚の出自は劉備と似た境遇であった。


 劉備の祖父は県令を務めていたが、石高の差はあれど、公孫瓚の家系も代々郡の太守を歴任していた。


 そして、劉備は父の夭折で母子ともに貧しい暮らしを送っていたが、公孫瓚は母が下層の妾だった為、不遇な少年期を過ごした。


「高貴な身分に生まれたというだけで、ふんぞり返って胡座(あぐら)かいてるような奴はゆるせねぇ。なぁ、玄徳。お前もそうだろ?」


「もちろんさ、兄貴。そんな野郎がいたらすぐにぶっ飛ばしてやるぜ」


 雒陽から程近い緱氏県の山中にある学舎には百人以上もの師弟が集まっており、その大半が雒陽からやってきた生徒で士大夫の息子達であった。


 雒陽には()()という官吏を養成する為の最高学府があり、後漢の全盛期には三万人もの学生を擁していたという。


 しかし、太学に入れるのは上流階級の師弟か一部の生え抜きの俊才の若者しかいなかった。


 叩き上げで立身した盧植は、自費で私設の学舎を開いて、若き官僚を育てる為に学ばせていたのである。


 ほとんどの師弟たちは、軍隊さながらの合同生活を送りつつ、儒学や国学についての勉学に勤しんでいた。


 最初のうちは盧植自身が講師として教鞭を執っていたが、一年も経つと徐々に雒陽での政務が増えてきたので、盧植の愛弟子である張鈞(ちょうきん)という若者が代わりに講師を務めた。


 そうなってくると、劉備をはじめとする幽州の悪ガキ軍団は、授業をサボっては賭け事や女遊びにうつつを抜かしはじめる。


 儒学の授業では徳然が何かと劉備の尻拭いをしてやり、劉備も徳然を悪童から付け狙われない様に色々と面倒を見てやる、という具合で日々を過ごしていた。


 そんな劉備でも兵学の授業だけは休まず出席して、積極的に質問をしたりするほど興味津々といった顔で活き活きと受講していた。


 ある日、劉備が仲間と犬を闘わせあって賭け事をしている最中に、ふらっと公孫瓚が彼の元に現れた。


「よう、玄徳。また犬遊びか。相変わらずだな」


「おう、伯珪兄貴か。これは犬遊びじゃぁねぇよ、れっきとした博打さ。闘犬ってんだよ。犬を走らせるヤツもあるぜ。へへへ。あんたもやるかい?」


「やらねぇよ、バーカ。んな事より、ちょっとこっちに来いよ」


「何だよ、一体」


 公孫瓚は呼び寄せた劉備の肩に手を回して、小声でしゃべり始めた。


「おめぇも田舎の訛りが抜けてこっちの言葉が身についてきたようだな。なぁ、俺と一緒に京師(けいし)に遊びに行かねぇか?」


京師(けいし)い? 京師ってなんだよ」


「京師ってえのは漢の都、雒陽(らくよう)の事だろうが。んな事も知らねぇのかよ。」


 京、は大きい、師、は集団を意味しており「京師」は大勢の群衆がいる都市、という意味がある。


「そうか、京師かぁ。行くに決まってるだろっ。さぁ、すぐに行こうぜ!」


「おい、静かにしろよ。他の奴に聞かれるだろ。ま、遊びに行くってのは冗談でなぁ、実は、盧(植)先生にちょっと手伝いで呼ばれてるのさ」


「手伝い? まぁ、雒陽に行けるんなら、何だって構わねぇよ」


「そうか。石経っていう儒学の石碑を太学の前に立てるらしいんだよ。それがバカでかい石碑をおっ立てるって話なんだ。俺たちはその手伝いをするってワケよ」


「おう、いいねぇ。何だってかまわねぇよ。行こう、行こう」


 劉備は人生で初めて、後漢の首都である雒陽へ行けることに興奮した。


 二人はあくる日の朝早くに出かけた。緱氏県と雒陽は約八里(二十キロメートル)の距離だ。


 ゆっくり歩いても夕方には辿り着く。劉備と公孫瓚は雑談しながら雒陽へと向かう。その道程には多くの人々が行き交う。その多くは官吏や商人である。


「なぁ、玄徳。京師には大きな市場が三つもあるんだ。西の城内にある金市、城外の東側にある馬市、城外の南にある南市。馬市は商人や占い師なんかがいっぱいいて一番賑やかで玄徳も気にいるとおもうぜ。」


「そうか、そりゃ楽しみだな。商人や占い師か」


「俺が一番信用しているのは、商売人と占い師さ。信用がなきゃ生業として成り立たないからな。素質もないのに、士大夫の血筋だというだけの類が一番信用ならん」


「そ、そうか……」


 後年、公孫瓚は大富豪の商人や有名な占い師と、進んで義兄弟の契を結び、大切に扱ったという。


 それはさておき、二人は気がつくと雒陽から数里ほどの距離にまでやって来ていた。


「でけぇ。こんな遠くからでもハッキリと城郭が見えるな。しかもやたら長い楼閣が何本も立ってるぜ」


「ああ。俺も初めて雒陽を見た時は度肝を抜かれたぜ。近くで見たらもっと腰抜かすかもな。へへへ。人間が作ったモノとは思えない建物がゴマンとある」


 初めて雒陽城の城壁とを見た劉備は、この世の物とは思えない巨大な建築物と、それを彩る荘厳で華美な装飾に驚愕し、そして胸を踊らせた。


 何より、数えきれないほどに街の路地に溢れかえる人々の群れが、衝撃となってズンと劉備の鳩尾に心地よく突き抜けていく。

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