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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第十二章  追奔逐北
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第一二三話  脱獄

 世平は夜になるとウトウトと寝入ったが、夜中には目が覚めた。石真はすでに起きて、下の格子を引っ張っている。


 すると、格子の一本が少しだけ横にズレた。「よし」と石真がいうと、格子の外に目をやって番兵が起きていないか確認し、世平の方に振り向いて言った。


「この格子を押さえててくれ。これを拡げている間に先に俺が出る。アンタは痩せてるから何とか出れるだろう」


 格子がズレたとはいえ、隙間はかなり狭い。世平の体なら通り抜けられそうが、石真のような大男が出られるとは思えない。


「それじゃ、いっちょやるか」


 そういうと石真は手枷を格子に押し付け、右手の親指を無理な角度に折りたたんだ。見た目はかなり痛そうだ。


「イテテ。くぅ、よっ」


 と一息で手枷から手首を抜いて外した。


「俺は生まれつき身体が柔らかいのさ……」


 左手も同じ要領で手枷を外すと、服を脱ぎ始めた。全裸になると服を牢の外に放り出した。


 世平はさすがにギョッとしたが、石真は構わず仰向けに地面へ横になり、両手を伸ばして格子を掴んだ。


ふぅうう――と大きく息を吐き、寝た状態で背筋をピンと伸ばすと、肩が外れたかのように肩幅が狭くなった。


 まるで蛇のように身体をくねらせ、するすると格子の隙間に入った。ゆっくりだが狭い隙間を着実に抜けようとしている。


 傍目から見るとなんとも間抜けな絵面だが、図体の大きい男が狭い隙間を抜ける事は驚異的であった。


「ぐぐっ、ふぅ。なんとか抜けれたな。次はアンタだ。痩せてるから服を脱がなくても大丈夫だろう」


 牢の外に出た石真は服を着ると、壁にかけてある手枷の鍵を取って世平へと投げた。


 牢の鍵は常に衛兵が持っているが、手枷の鍵は壁に掛けてある事を石真は知っていたのだ。


「手枷を外せ。早くしろよ」


「行くのか。止めはせんよ」


 世平は座したまま動かす言葉を発した。


「何を言ってる。早くしろよ。グズグズしてる場合じゃない」


「いや、私はこのまま此処に残るよ。君と一緒に行っても役に立たんし、足手纏(あしでまとい)になるだけだ。気にせずに行ってくれ」


「おい、いい加減にしろテメェ。駄々こねてんじゃねぇぞ!」


 牢の外で声を押し殺しながら怒りを露わにする石真。石のように固り目を閉じる世平。


「此処に残って拷問された挙句、晒し首になりてぇのか。そんなに死にたいなら好きにしろ。だが、死に方を考えたらどうだ。俺に付いてくりゃそれなりの死に方を選べるぞ」


 石真の説得は虚しく世平の耳をすり抜けた。


「ダンマリ決めやがって。てめぇが東阿県を出る前に自分が言ったこと覚えてねぇのか? あぶれた太平道の信者を導くとか何とか言ってなかったか? 立派なこと言ってイザとなったら何もできねぇのか?」


 すると突然、隣の牢から高い声が聞こえた。


「コッチも出してくれへんかっ」


「誰だ、てめぇ」


 隣の牢から声がした。見た所まだ青年で、話を邪魔された石真は怒気を含んだ。


「馬鹿野郎、静かにしろ。衛兵に気付かれたらどうする」


「ワイも出たいんや。ホンマ頼むわ!」


「黙れ、バカっ。衛兵が来ちまうぞっ」


「もう、来とるで」


「何!?」


 見回りの者が音を聞きつけて一人でやってきた。


 一人ならやれる――、石真は咄嗟に衛兵に体当たりして地面に押し倒し、相手の口を手で抑えて顔を横にむけ、こめかみに思いっ切り拳での一撃を食らわせた。


 気絶した衛兵の身体を(まさぐ)って、牢の鍵を探し当て、世平のいる牢の鍵を開けた。


「ジジィ、早く出ろ!」


「すまん……」


 やはり世平は動こうとしない。


「このバカが。仕方ねぇ」


 石真は気絶している衛兵の刀を取り上げて隣の牢へ向いた。


「ワイも出してくれるんか」


 青年は喜んで格子にしがみついた。石真は刃先を顔に向け、半ば脅すように言った。


「南方の訛りか。てめぇを出してやるから、俺の命令に従え。早速やってもらいたい事がある」


「なんでも聞いたるさかい、はよ開けてくれ」


「じゃぁ、隣のジジイを担げ」


「な、なんやて?」


「大丈夫だ。このジジイは痩せてるから軽い。てめぇなら楽勝だろ」


 世平はギョっとして立ち上がった。


「そんな事はやめろ。私は此処に残る。代わりに隣の若者を連れて行けばいい」


「ジジイが来ないなら、若造は置いていく。ジジイの気分次第でこの若造の運命が変わるぞ」


「そんな……爺さん、頼むわ! このオッサンの言う通りにしてくれっ」


 若者の悲痛な声が世平をついに動かした。


「仕方ない。私も行くから隣の牢を開けてやってくれ」


「二言はないな。よし、コイツも出してやる。おい、お前、名はなんと言う?」


「ワイは、玉夷(ぎょくい)っていうねん」


「この鍵をやるから好きにしろ」


「待ってくれっ。ワイもアンタらと一緒に行かせてくれ。どうせ、どこ行く宛もないんや」


「よし、玉夷も行くって言ってんだ。いくぞ、ジジイ」


 意を決した世平は頷き、石真は手枷を外してやった。そして隣の牢の鍵も開け、玉夷の手枷も外した。


「手間掛けさせやがって。いくぞっ」


 三人は寝ている番兵の横を静かに通り過ぎると、獄を取り囲んでいる壁に向かって走った。


 壁を超えれば取り敢えず脱獄できるが、石真は獄舎の正面入り口へと走った。


 すると、警備しているはずの番兵が全員倒れている。その奥から影に隠れていた兵がぞろぞろと十人ほど現れた。


「劉県尉、いや張方殿っ。今から牢獄の方へ向かうつもりだったのですが」


 久しぶりに見る顔だった。石真の腹心の莉旋(りせん)である。最初から救出する為に此処へ来る手筈だった。


「フン、お前らが遅いから俺から出てきてやったのさ。しかし、官吏ってのは本当に役立たずだな。こんな手薄な警備だから各地で賊が蔓延るんだ。で、どうだ、手筈は」


「計画通りです。()殿の部曲は明け方までに県城に到達する予定です。それはそうと、誰ですかコイツは」


 玉夷を親指で指さして石真に尋ねる莉旋。玉夷はただ睨むだけで何も言わなかった。


「成り行きでな。隣の牢に入ってた奴だ。コイツが自分から付いて来たいって言ったのさ。なんかの役に立つかもしれねぇ」


()殿がそういうなら……」


「おい、いつまでも俺を()と呼ぶな。それより、明け方までに仕事を済まそう。手筈通り二手に分かれていくぞ。奪えるだけ分捕っていくんだ」


 石真は莉旋とその部下たちに指示を出すと、世平と玉夷にも袋を持たせた。


「なんだこれは?」


 世平が手渡されたのは大きく丈夫そうな麻袋だ。しかし何も入っていない。


「今から県令と太守の屋敷に乗り込んで宝物を頂くのさ。その袋にありったけ詰め込むんだ」


「馬鹿な。盗人の手伝いをしろと?」


「馬鹿なのはテメェだ、この野郎っ。腐れ宦者の親戚縁者から財を奪って何が悪い。民衆の血税を搾り取って得た金財だろうが。俺から奪い取ったモンもかなりあるぞ。もう四の五の言ってる場合じゃねぇ。先立つものがなけりゃ、飢え死にしちまうんだ!」


「それなら、もう一度言う。ここで殺してくれ」


「ちっ、面倒臭えっ」


 石真は手刀で世平の後頭部を強く打ちのめし、気絶させた。


「手間かけさせやがって、本当に殺してやろうか。おい、玉夷。さっそく仕事が出来たぞ。このジジイをそこの檻車に放り込んで城門まで運んでやれ。それじゃ俺たちは仕事を始めるぞ」


「こんな事しよる場合とちゃうやろ。はよ逃げんでええんか」


「先立つものがなけりゃ逃げる意味がねぇ。お前は黙ってジジィを運べ」


 玉夷は訳もわからず石真の言う通りに従った。そして、石真と莉旋らは獄舎から一斉に飛び出し、闇夜の街に消えて行った。

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