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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第十章  一陽来復
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第一〇一話  村時雨

 ふんっ、と含み笑いをした石真は、横に倒れているままの世平を優しく起こしてやった。


「本当にやるのか……。黄県はかつて斉国の中心だったんだぞ。その県城に千人程度の人数で攻め入っても無事で済まん。悪いことは言わんからやめておけ。」


 世平の問いに、石真は無愛想に答えた。


「そりゃぁ、あの県城を普通に抜こうとするのは馬鹿だ。あの城はすでに太平道の大方が占拠している」


 木に縛られた蘇双は城壁の見上げて言った。


「見ればわかる。城壁の上にあれだけ黄色い旗がたなびいていればな。っていうか、あいつらだってアンタからみれば仲間じゃないか。俺と世平さんはもう抜けたけど」


「仲間……? かつてはそうだったかもしれんな。この黄県を支配している大方の梁範(りょうはん)に、かつては俺も仕えていた。梁範の野郎が気に食わねえから、卜己大方(ぼくきたいほう)に付いて兗州に赴任したのさ」


 雨音が激しく地面を打ち始めたので、石真の声は聞き取り辛かった。激しい雨音に負けないように大きな声を張り上げる世平。


「どういう経緯があるのか知らんが、その為に無実の民から略奪を働いたっ……のか。ゴフっ、ゴホッ」


 珍しく怒りを露わにする世平。怒声を上げすぎたせいか咳き込んでしまった。石真も負けじと怒気を放つ。


「何も知らんくせに、呑気な事をほざくなよ……。ここら辺の住民はすでに梁範の部下たちに殺されて、太平道の者たちが勝手に居座っているだけだぜ」


「なに……?」


 蘇双も世平も動きが止まってしまった。 石真は構わず話を続ける。


「まぁ、いい……。この黄県はオレが頂く。政官の軍は弱くて手薄な上に、太平道が乗っ取っている。ここなら城内にも詳しいし、武器も食料もたくさん手に入る。この県を手に入れるのは、今を置いて他にない」


「お前のやろうとしている事は混乱を招くだけだ。何故、黄老の教えである無為自然に従わないのだ。ゴホッ。このまま県城内で反乱を起こせば、それこそ無実の民を戦乱に巻き込む事になるんだぞ、ゴホッ」


 先ほどよりさらに険しい表情で石真に向かって叫ぶ世平。だが、先ほどより咳込みが激しく聞き取り辛かった。


「無実の民だと。この世界のどこに無実の人間がいるのだ。無為自然などクソクラエだぜ。何もしようとしない人間はそれだけで罪だ。戦おうとしない奴は滅びるのみよ」


 少々興奮気味の石真は刀を鞘から抜いて、未だに咳き込んでいる世平の顔に切っ先を向けた。


「や、やめろぉお」


 蘇双は咄嗟に身を乗り出し世平を庇おうとするが、石真の下蹴りを喰らって、ギャアといいながら吹っ飛んでいった。


「慌てるな、阿呆。黙って見ていろっ」


 世平は倒れている蘇双を心配そうに見やるが、無事なのを確認すると視線を眼の前の刀の鋒に戻し、そして石真の顔へと視線を移した。


「ここで貴様らを自由にしてやる。だが、もしオレ達に付いてくる気があるなら、ここで二人とも待っていろ。新しい世界をみせてやる。奇しくも、この県の名は『()』じゃないか、ふ、はっはは」


 そういうと石真は世平を縛っている縄を刀で切り裂き、世平を自由にした。


「そっちの若いのは、あとでアンタが縄をほどいてやれ。じゃあな」


 石真は二人を解放すると雷が鳴り響く豪雨の中、駐屯している自分の部曲へと戻って行った。


 世平は倒れたまま石真の後ろ姿を見ている蘇双を助け起こし、キツく縛られている縄を時間をかけて、咳き込みながらもゆっくり解いていった。


 蹴り飛ばされて腕を打撲していたが、大した怪我はないようだ。


「あの石真とかいう男、まるで黄老の道から外れた奴ですね。戦う為に生まれた、そんな言い方するなんて」


 蘇双は腕を抑えながら世平に話しかけた。


「ここで私達を解放するのという事は、まだ道に迷っているという事だろう。彼の云う戦いとは、自分との戦いを指しているのだろう。目を見てわかった」


「そうですかね……。私には彼が何を言いたいのやらサッパリです。ただ奴らは、仲間のふりをして県城に侵入し、内部から反乱を起こすつもりだという事はわかりました。今、黄県の県城に居座っているのは、かつての石真が仕えていた大方だそうで。県城内に入るのは容易いでしょうが、そんな簡単に乗っ取りが成功するかは疑問ですけどね」


 世平は蘇双の言葉を聞き流しているように見えた。そして県城が豪雨の中うっすらと見える方向に目をやった。黄県の県城はすぐ目と鼻の先だ。


 土砂降りの豪雨の真っ只中、石真は千人の部局を連れて城門まで詰め寄っていった。びしょ濡れの黄色い旗を多く掲げているのが遠くからでも見える。


 やはり、仲間のふりをして城内に入ろうとしているのだ。争おうとする様子は少しも見当たらない。


「仮に、石真がこの黄県を集中に収めたとして、何が変るんでしょうか? でもまぁ、こうして解放してもらったんだから、我々はもうここを離れましょう」


「私の故郷などすでにもうない。かと言って此処にいても何も変わらないかもしれん。はあ、はぁ……。ただ、石真が私の導きを求めている様に思えてならない。だとしたら、私は、ここで彼が帰ってくるのを、待たねば、ならん、ううう」


「ですよね。まぁ、貴方の言動は大体は予測がつくようになってきましたよ。……ん? 世平どの、どうなされました? あれ? また寝ちゃうんですか」


 気が付くと先ほどまでよく喋っていた世平がまた横になって居眠りをしている。


 不審に思った蘇双は世平を起こそうと身体を少し揺すってみたが、ぐったりとして動かない。


 試しに世平の額に手を当ててみると、かなり熱くなっていた。


「ひどい熱だ! この豪雨の中にずっといれば、風邪もひくよな……。咳込み方がおかしいとは思ってたけど、まずは雨を凌げる場所を探さなきゃ……」


 とはいえ、近くに民家など見当たらない。蘇双はとりあえず自分の衣服を世平にかけてやり、木にもたれ掛かるような姿勢で寝かせてやった。


「コレで少しは雨を凌げる……。ここで少し待ってて下さいっ。すぐに戻ってきます!」


 蘇双はそう言うと世平を残して雨の中を駆け出して行った。


 木にもたれかかって息も絶え絶えになっている世平は、またしても夢現の世界へと入っていった。


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