第8話 魔王さまの日本訪問その2(新潟うまいもの編)
「皆さま、間もなく新潟に到着いたします」
「むう、、、、本当に2日で着くとは」
「自宅の部屋より、快適に過ごせましたぞ・・・・」
ガイアードルの常識では考えられない快適な船旅を満喫したワンゲル達魔界の使節団、デッキから次第
に近づいていく新潟を見て、その発展振りに目を奪われるのであった。
「ムトウ殿の話では、ニイガタは地方都市とのことでしたが・・・・」
「地方都市でこれなら、トウキョウとはどんな規模なのだ・・・・」
しかし新潟市は人口約80万、日本海側では唯一の政令指定都市と十分発展している都市だ。生活する
上では他の大都市同様、何の不便も感じることはない。今日は上陸後に記者会見を開き、その後は新潟
のうまいものでおもてなしを受ける予定となっている。
「すごいひとだかりだな」
「ええ、日本の一般国民は、魔族の方々を見るのは初めてですから。失礼ながら地球ではフィクションに
しか存在しないものでしたからねえ」
別にガイアードルの人族から見られるような嫌悪の目ではない。”一体何者なんだろう”という好奇心に
溢れた目だ。明治維新後に欧米人を見たご先祖様たちも、きっと同じような感じだったのだろう。
「我が魔界の王であるワンゲル14世だ。ニホンの者達が暖かく出迎えてくれたこと。うれしく思うぞ」
魔王ワンゲル始め、魔界側のメンツが次々に挨拶と自己紹介を始める。カメラの存在は事前に知らされて
いたので、特にトラブルもなく記者会見は淡々と進行していった。のだが・・・・
「私が、魔導師団長のピコリーナなのですぅ」
彼女の挨拶の時だけ、記者たちからどよめきが起きた。まあ見た目小学生なのだから無理もない。
「あの、、、、ピコリーナさん大変失礼なのですが、おいくつでいらっしゃいますか」
「ふ、、、私は永遠の12歳なのですぅ」
少し考えた後、ピコリーナはそう答えてしまった。記者たちからは先ほどにも増して大きなどよめきが起きる。
”おおいっ! お前200歳だろうがあぁぁぁぁっ! 何サバを読んでやがるんだぁぁぁぁぁぁっ!”
女性がサバを読みたがるのは、異世界でも同様であった。ワンゲルは内心そう叫んだものの、記者会見
の場ということもあってかろうじてこらえたのであった。
「ところで、ニイガタは美味しい食べ物の宝庫と聞いたが、何かお勧めの料理はあるかな」
最後にワンゲルが記者たちに質問する。
「やはり、”イタリアン”でしょう」
「いやいや、”タレかつ丼”も捨てがたいですよ」
「いやいやいや、”バスセンターのカレー”に限りますよ」
途端に地元の記者たちから堰を切ったかのように飛び出る言葉。ワンゲルはもちろん東京から派遣された
記者たちも苦笑いだ。
「では、時間も迫ってきましたのでこの辺で・・・・」
収拾がつかなくなりそうだと感じた武藤が、記者会見を終了させた。
「うーむ、、、、ムトウ殿、今日の昼食は先ほど記者たちが話していたものにしたいのだが」
「しかし、、、どれもB級グルメ、まあ庶民の食べ物ですが・・・・」
「かまわぬ、この国の民が食しているものを、直接見てみたいのでな」
とは言っても、さすがに外国の使節にジャンクフードや立ち食いカレーはどうか、ということで、新潟市内の
タレかつ丼専門店へと案内することになった。
「ふむふむ、豚肉にパン粉をまぶして揚げてあるのか」
「このソースもよく合うのですぅ」
ピコリーノはソースと言っているが、実際は甘めの醤油ダレにカツをくぐらせたものだ。それがまたご飯にも
良く合うのだ。船旅の間にハシのレクチャーも受けているので、丼物を食べるのにも不自由はない。
「では、夕食会の時間になりましたら、お迎えに上がりますので」
ボリューミーな昼食を堪能した一行は、ホテルに戻ってしばし休息をとる。
「ガラリアよ、どうだ、ニホンの印象は」
「いや、、、、ようやくこの国が別の世界からやってきたのだということを、理解いたしましたぞ。このような
国が、ガイアードルに存在するはずもありませんでな・・・・」
「魔導ではなく、カガクと言いましたか、、、、悔しいですが、彼らの技術は魔界より千年以上は進んで
いるのですぅ」
もう夕暮れだというのに、魔光石よりもはるかに明るい照明、スイッチひとつで快適な気温に調節できる
エアコン、そして、ホテルの窓から見る明るい街並み、ワンゲル達は1日で、日本が自分たちとは次元の
違う文明レベルにあることを理解してしまった。
「まあ、彼らが友好的であるのは幸いだな。こちらが敵対しない限り、向こうから戦争を吹っかけてくる
ことはないだろうな」
「ムトウ殿やキミジマ殿もそうでしたが、日本の民に我ら魔族に対する偏見がないことは幸運でしたな」
これは確かに魔界にとっては幸運なことであった。もし転移したのガチガチの一神教国家や覇権主義な
軍事国家であったなら、ガイアードルには悲劇的なこととなっていただろう。
「おお、確かに生の魚だな」
「ええ、こちらでも地球と同じ種類の魚がいたのは幸いでした。おかげで和食の伝統も守られそうです」
大皿にどどんと盛られた刺身を見て、ワンゲルもゴクリと唾を飲み込んだ。ワサビは付けすぎないように
等の注意を受けながら、魔界一行は舌鼓を打った。
「ほう、これはコメから作った酒なのか」
「ええ、新潟は日本でも有数の酒どころです。いろいろ銘柄も揃えましたので、遠慮なくお楽しみください」
宴会場には緑川、麒麟山、大洋盛、景虎など新潟の誇る地酒がずらりと勢揃いしていた。米どころに加え、
飯豊連峰の雪解け水など良質な仕込み水が、この地を地酒王国にした理由だ。だがここで、ちょっとした
トラブルが起きてしまう。
「なぜ、私にはお酒くれないのですぅ!」
「未成年の方には、アルコール類はご提供できませんので」
なにやら、ピコリーナとホテルの給仕が揉めている。地酒を頼んで断われたのが原因だ。
「私は、成人なのですぅ!」
「記者会見で12歳とおっしゃっていませんでしたか。未成年者にお酒を出すと、法律でホテル側も処罰
されますので、申し訳ありませんがお出しすることはできません」
給仕の言うことは正論だった。ついサバを読んでしまったピコリーナは己の迂闊さに、orz姿勢となって
しまったのである。
「あー、、、、ピコリーナよ諦めろ。全ての責はそなたにあるぞ」
「うう、、、こうなったら食べに走ってやるのですぅ」
そして彼女は、テーブル上の料理を猛然と食べ始めた。
「これは、、、栃尾の油揚げだと」
新潟名物の一つ、栃尾の油揚げ、これは厚揚げ並みに厚みがあるのが特徴だ。中にネギ味噌などを
はさんで焼くと、最高の酒の肴となるのだ。
「ほほほ、この村上牛の朴葉味噌焼きというのも美味ですぞ」
「のどぐろの塩焼きも、脂がのっておいしいな」
いずれも日本酒案件な料理ばかりだ。まあ、酒どころの料理は大抵どこもそんなものである。
「これは、、、、葉っぱの中にアメがくるんであるのですぅ」
デザートに用意されていたのが”越後の笹飴”、夏目漱石の名作”坊ちゃん”にも登場した由緒正しい
名物である。こうして、ワンゲル一行は新潟の酒と食を十分に堪能したのであった。
「はい、ライドル、あ~んして」
「じゃ、ヒトミもお返しにあ~ん」
「お前らなあ、、、、」
ここでも君島とライドルのバカップルは、平常運転だ。それを見てワンゲルは、忘れかけてた胃痛が再び
ぶり返してくるのであった・・・・
のどぐろ塩焼きに日本酒は無敵です。