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第4話 執政官トマス・リグレットの日常その1


「ふう、やれやれ、今日の復興関連の書類はこれで終わりだな」


旧トルード王国王都、現在は日本国トルード暫定自治領となっているこの地で安堵の息をついているのは、

トマス・リグレット執政官、現在自治領の運営をまかされている現地の最高責任者である。


「おつかれさまでした。では、お先に失礼させていただきます」


「うむ、キネもご苦労であった。ゆるりと休むがよいぞ」


一見すると、フツーの上司と部下のあいさつに聞こえるのだが、トマスの方は王国伝統の貴族衣装、キネ

と呼ばれた男はネクタイとスーツ姿、しかもガイアードルの人族からは忌み嫌われている黒目黒髪だ。

彼、、、、木根は日本政府から派遣された職員、そしてトマスはつい3か月前まで王国の辺境伯を務めて

いた貴族であった。


「・・・・まさか、黒目黒髪の人族と一緒に働くことになるとは、思わなかったな」


1人になったトマスは、執務室の中でそう感慨深そうに呟く。ついこの間まで彼も敬虔なハーネス聖神教

の信徒として、黒目黒髪は”穢れた闇の種族”だと思い込んでいたのだ。そんな彼の転機は、王都から

危急の伝令が到着した時から始まる。


「リグレット辺境伯、ただちにできるだけの兵を率いて王都に参上するように、との王命です!」


「む、一体何が起きたというのだ」


「はっ! ”穢れた闇の種族”を討伐するため、現在王国全土に動員令が発せられました」


伝令の返事にトマスは首をひねる。彼も黒目黒髪の人族、”ニホン”と名乗る国の使節が王国にやって

きて、斬首されたことは知っていた。その後、ニホンを滅ぼすために討伐軍が派遣されたことも。


「しかし、ニホンとやらには討伐軍が派遣されたのではないか。まさか我が軍が敗北した訳でもなかろう」


「いいえ、、、、討伐軍は1隻を残して全滅、ニホンは港町ベスカに軍を上陸させました。王はベスカを

ニホンから奪還するため、全軍に出撃の発令をなされました」


「なんと、、、、わかった。このトマス王国貴族として、はせ参じることを王に伝えてくれ」


「かしこまりました」


もともとトマスの領地は魔界と国境を接していて、軍の練度も王都近衛騎士団をもしのぐと言われている。

魔界に対する重石(おもし)である彼の軍を必要とするほどに、ニホンは驚異なのだろうと判断したトマスはその

4日後、500ほどの手勢を率いておっとり刀で王都に駆けつけた。しかし、そこで彼らが目にしたのは、崩れ

落ちて煙を上げる無残な王城の姿と、城壁にはためく白地に赤丸が描かれた旗だった・・・・


「こ、これは、、、一体どうしたというのだ!」


呆然とする彼らの前に、城門が開き王国旗を掲げた1人の騎士が現れた。


「リグレット辺境伯の軍とお見受けいたします。自分は王都治安騎士団のマクレガーと申します」


マクレガーは、この4日間に起こった出来事をトマスに説明する。ニホンを迎撃しようとした王国軍は、

ガリエテ平原で全滅したこと。王城は空からの攻撃で崩壊し、王族や主な貴族は全員死亡、王国全土は

ニホンの占領下にあること等々。


「信じられないのも当然だと存じますが、これは全て真実です。ニホンの司令官からは辺境伯に伝言が

ございます」


それは、武装解除して投降すること。そうすれば命の保証はする。抵抗するなら攻撃するとのことであった。

返答期限は明日の朝まで、当然彼らは承服しない。


「闇の種族に降るくらいなら、騎士として死に花咲かせてみせましょうぞ!」


「マシノ殿のおっしゃる通り、明日の夜明けをもって王都に突撃いたしましょう」


だが、そんな強硬意見を押えたのはトマスだった。


「待て、私はニホンに投降することにしたぞ」


「な、なんと、、、、公よ怖気づいたのですか!」


「武門の誉れ高いリグレット家当主の言葉とは、思えませぬぞ!」


そう憤る家臣たちを、トマスは説得していく。


「だがな、マクレガーの話ではニホンは強大すぎる。我が王国軍は赤子の手をひねるよりも容易く、殲滅

されたそうだ。マシノ、そなたは昨年子供が生まれたばかしだったな。イアンよ、その方には婚約者が

いたな、、、、私は死ぬとわかっている戦にそなたらを行かせるわけにはいかぬのだ・・・・」


「公よ、しかし・・・・」


「ここから見る限り、王都の民もそうひどい目にはあっていぬようだ。なに、辺境伯であるこの私の首一つで、

そなたらの命の保証と領地への帰還を申し出るぞ」


自分を生贄にする宣言に、家臣たちも涙を流してこれを飲んだ。そして翌朝・・・・


「え、首ですか、そんなの必要ありません。抵抗さえしなければ安全は保証いたしますよ」


マクレガーとともに現れた日本の使者は、とんでもないと言って全員の身の安全を保証した。


「当面はこちらの収容所で過ごしてもらいます。狭いのは我慢してください」


武装解除したトマスたちは、王都郊外に急きょ建設されたプレハブの収容所に案内された。部屋は確かに

狭く四畳半くらいのスペースに、ベッドと机、イスが設置されている。ビジネスホテルのようなものだ。


「机の上にあるこの黒い板は、何なのかな」


「これはテレビです。このリモコンのスイッチを入れると番組が映りますよ」


テレビを見た時のトマスたちの反応は、日本側の想像以上であった。彼らは”どこに人が入っている!”

などと裏側を覗きこんだりと、しばし大騒ぎだったそうな。


「お風呂は一日一回です。時間が決まってますので厳守してください」


「なっ! 風呂まであるのか!」


ジメジメした地下牢にでも入れられるのかと覚悟していた彼らは、ちょっとした宿屋並みの収容所に驚き

を隠せない。最もこの厚遇も日本側の意向によるものだ。彼らの心証を良くして日本寄りに懐柔させる

ことが目的だ。


「おお、ヴィセヌ伯爵ではありませんか! よくぞご無事で」


「リグレット辺境伯、まさかまた生きてお会いできるとは思いもよりませんでしたぞ」


収容所でトマスは知人の貴族と再会し、お互いの無事を喜び合った。ヴィセヌは王城が爆撃された時、

たまたま所用で自宅にいたために難を逃れたのだ。そんなこんなで収容所暮らしを送ること1週間、行動

の自由こそ制限されているものの、強制労働などをやらされることもなく三食昼寝付きの快適な生活を

過ごしていた彼は、収容所の所長から呼び出しを受けた。


「え、自分が日本に・・・・」


「ええ、あなたには日本政府から正式に出頭要請がきています」


彼の他にも数人の家臣やヴィセヌにも、同様に出頭要請がきていたのだ。トマスはとうとう来るべき時が

来たのだと覚悟を決めた。


「・・・・そうか、日本の使節を殺めた償いを、しろということなのか。だが、責を受けるのは私だけにして

くれないか。他の者の命はどうか助けてやってほしい」


そう頭を下げるトマスに、所長が慌てて説明する。


「いやいや! 別にあなたを罪に問うということではありません。使節殺害の責任者はすでに、王城攻撃

の際死亡していますからな。これは日本政府から、あなたに依頼したいことがあるので来て欲しい、と

いうことですよ」


「・・・・私に依頼ですと」


「ええ、あなたにとっても悪い話ではないと思いますよ」


満面の笑みを浮かべて話す所長、しかし貴族であるトマスは知っている。こーゆー笑みを浮かべる相手は、

警戒しなくてはいけないことを。この時から、どっかの魔王さま同様彼の気苦労が始まるのであった。


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