おまけその五 ヤツルギ国騒動記~くノ一は日本に向かうの巻
「お待たせいたしました。宴の用意が整いましたので、広間までお出ましを」
「お気遣い恐れ入ります」
別室で待機していた日本の使節一行に、使いの者がそう告げる。広間には座布団とちゃぶ膳が並べられ、
おもてなしの準備は万端だ。
「うわあっ、この盛り付けすごい綺麗ですね」
「日本の高級料亭並みですよ」
美しく盛り付けされた前菜を見て、日本側の面々は感嘆の声を上げる。ヤツルギ国は食文化も日本に
近いようだ。
「今宵は、我がヤツルギ国とニホンとの友誼を祝い、乾杯じゃ」
「「「「「乾杯!」」」」」
ムラクモの音頭で宴会が始まった。お酒も米が原料の日本酒そのものだった。もちろん純米酒、しかも、
日本ではほとんど見られなくなった昔ながらの木樽造りである。左党にはたまらない味だ。
「さて、箸の使い方はそこな女中に、、、、あれ?」
ムラクモが日本側に付いた女中に箸の使い方をレクチャーするよう指示を出すが、すでに日本側はフツーに
箸を使って舌鼓を打っていた。
「ムラカミ殿、、、、そなた達は箸を使えるのか」
「はい、日本人なら誰でも使えますよ。それにしてもこの料理はおいしいですねえ」
「うむ、そなたらの口に合って何よりだ」
ムラクモは内心自国の料理が日本人に受け入れられたことにほっとしていた。城下の高級料亭に命じて
調理させた自慢の品ではあったが、別世界の人間の味覚に合うかどうか不安であったのだ。ちなみに
日本に黒船が来航した時、幕府は現在も続く高級料亭に仕出しをさせペリー一行を饗応したのだが、
普段肉ばかり食べている彼らの味覚には合わなかったそうだ。何とももったいない話である。
”ふむ、、、、特に妙な動きはないか”
料理を配膳する女中の中に、カガリはいた。密かに日本側の動きを探るのが目的だ。ヤツルギ国も完全に
日本を信用した訳ではないのだ。
”うーん、、、まあこの分なら心配は無用か、ん、あの女・・・・”
カガリはヤツルギ側と歓談を楽しむ日本側のメンバーの中で、1人だけ周囲をじっと観察している女性に
気がついた。その女性は外務省キャリアの高橋かおり、あの君島と同期であった。
”やっぱりヤツルギ国に来て正解だったわ。ここはいい男の宝庫じゃないの!”
カガリにマークされたとも知らず、高橋は内心でガッツポーズを掲げた。そう、彼女は同期の君島が魔将軍
ライドルと結婚したことで、非常に焦っているのだった。
”カークさんは若い頃の健さんみたいね。オグリさんは昔の時代劇で見た長谷川一夫そっくりだわ。ふふ、
ムラクモ様も伊達男よね~”
彼女はヤツルギ国側の男性を、心の中で次々に品定めしていく。そしてその様子は、カガリに最大級の
警戒心を抱かせるのに十分だった。
”な、なんだあの女、ムラクモ様やカーク殿たちをまるで肉食の魔物のような目で見ておるぞ。まさか、
我が国の要人の暗殺を企てているのではあるまいな!”
カガリが見当違いのことを考え始めた頃、例によってカークとオグリの言い争いが始まった。
「だから、カーク殿には名家筆頭の矜持はないのか!」
「かー、、、相変わらずオグリ殿は堅物だねえ。もうちょっと頭柔らかくした方がいいぜ」
「な、なんだと! 某を侮辱するか!」
「2人ともいい加減にせんか! お客人の前で国の恥を晒すでない!」
ムラクモの叱責に、カークとオグリも矛を納め全員に謝罪する。しかし、そんな3人のからみを見ていた
高橋は・・・・
”な、なんと萌える光景なの! 尊い!”
・・・・腐った妄想真っ最中だった。
”あやつ、今度は腐臭を醸し出しているな。一体何者なのだ!”
こうして、高橋は目出度くカガリの要注意リストにブックマークされたのである。
「さて、とんだところもお見せしてしまったが、今宵の宴はこれでお開きにしようぞ。ムラカミ殿たちには
城下の宿を宿舎にご用意しておるが、いかがいたすか」
「宿と言いますと、畳敷きに布団ですか」
「うむ、そうじゃが」
ムラクモの言葉に、日本側の面々は一斉に喜びの声を上げる。
「おお、やっとベッドから解放されるぞ!」
「日本人はやっぱり、畳にお布団よね~」
後にこれを聞いた護衛艦の居残り組は、上陸組を恨めしそうに見ていたそうな。
「それでは父上、行って参ります」
「ああ、それでタカハシという女子、そなたの言う通り本当に危険人物なのか」
「はい、あの宴だけでなく、時折我が国の重臣をじっと観察しておりました。おそらく、彼女はニホンの影
ではないかと睨んでおります」
1週間後、日本に戻る護衛艦にヤツルギ国の使節も便乗することになった。当初日本側は”あれは軍船
なので、客船のような快適さはありませんよ”と渋ったのだが、ムラクモに押される形で乗船を認めることと
なった。最も、護衛艦といえども個室はビジネスホテル並みの快適性は確保されている。ビゼン達は自分
たちの軍船よりもはるかに快適な護衛艦の設備に、驚くのであった。
「ワシが見たところ、そんな害意は感じなかったがのう、、、、まあよい、カガリよ護衛の任しかと果たすの
だぞ。我がフウガ一族の心得は覚えておろうな」
「父上、もちろんです。フウガ一族心得の條、我が命 我がものと思わず 己の身命を賭し 御下命如何にても
果たすべし なお・・・・」
「「死して屍 拾う者なし!」」
こうして、ヤツルギ国の使節は未知の国、日本へと旅立ったのである。
筆者は畳に布団派です。ベッドだとどうも疲れが取りきれません。




