おまけその二 ヤツルギ国騒動記~太平の眠りを覚ます鋼鉄船の巻
日本が転移したガイアードルから一万キロ以上離れた大陸、ここにもまだ知られざる文明が存在していた。
かつてガイアードルをハーネス聖神教から追われた”黒目黒髪”の人族による国家、ヤツルギ国である。
もし日本人がこの国を訪れたならば、何ともいえない郷愁にかられることであろう。彼らの文明は日本では
すでに時代劇か観光地の中でしか見ることのできない、江戸時代そのまんまの光景が展開されているからだ。
「おーいリスケよう、今日の水揚げはどうだい」
「うーんダメだなあ、、、、いつもの半分くらいの水揚げだ」
朝もやがたち込める海岸沿いに、ギイギイと櫓をこぐ音が聞こえる。彼らは地元の漁師で夜明け前から
出漁しているのだが、どうも今日の成果はイマイチだったらしい。
「うーん、魔物は軍船が追い払っているから、そのせいじゃないとは思うんだけどなあ・・・・」
「ははは、まあ今日みたいな時もあるさ、、、、ん、なんだ、向こうに島が見えるぞ」
「バカ言うでねえ、こっから先は海しかねえだろ。まさか、方角間違えたか」
そう首を傾げる彼らであったが、やがてその島がどんどん近づいてくるのに気がついた。
「おいリスケ、あれこっちに向かってきてるぞ!」
「ま、まさか魔物か!」
やがて朝もやが晴れると、彼らの前にその正体が露わとなる。それは魔物ではなく、想像を絶する巨大
な船であった。
「あ、、、、あれは船か! まるで城のようじゃ」
「水軍の軍船が、まるで子供みたいだぞ!」
そうこうしている間にも、その巨大船はどんどん彼らの漁船に近づいてくる。もし衝突したら木造の小舟など
あっという間に海の藻屑となってしまうだろう。
「お、おいヤバイ! ぶつかるぞ!」
しかし、寸でのところでその巨大船も彼らの存在に気づいたようで、”ボオォォォォォォっ!”と霧笛を鳴らし
急回頭する。何とか寸前に衝突は回避されたのであった。
「おい、、、あれまさか聖神教が攻めてきたのではあるまいな」
リスケと呼ばれた男が、顔に不安をのぞかせてもう1人に話しかける。ハーネス聖神教からの弾圧は、
千年以上たった今でもこの国で語り継がれているのだ。
「うーん、、、でも今、あの船オレらのこと避けただろう。攻めてきたならそんなことするかなあ・・・・」
「そうか、、、おい見ろ、まだデカい船がいるぞ!」
その巨大船は全部で4隻、ゆっくりと海上を進んでいた。リスケたちはそれを呆然と眺めることしかできなかった。
「おい、何やってんだ! 現地の漁船に衝突するところだったじゃないか!」
「申し訳ありません。小さすぎてレーダーにも反応しなかったもので・・・・」
「交渉前に事故でも起こしたら目も当てられないぞ。海上の見張りを厳となせ!」
「了解です!」
護衛艦”あきづき”のCIS内でも緊張感が高まる。彼らは新大陸の文明と交渉するために派遣された艦隊だ。
その構成は汎用護衛艦のあきづきにイージス艦のこんごう、ヘリ搭載型のひゅうが、補給艦ましゅうの計
4隻で、同じ構成の艦隊が別の大陸にも派遣されている。彼らは細心の注意を払いながら、ヤツルギ国へと
歩を進めていた。
「どうしたビゼンよ。何をそんなに慌てておるのだ」
「は、各地の漁民や沿岸の住人から、得体の知れない巨大な船が現れた、との報告がございまして」
ここは、大陸から少し奥まった湾にあるヤツルギ国の国都、ジオウである。日本の天守閣そっくりの城内で
総軍奉行のビゼンから報告を受けているのは、この国のトップである名代、ムラクモ・ハクジであった。
「まさか、伝承にあるハーネス聖神教が攻めてきたのでは・・・・」
しかし、ビゼンの報告は途中で遮られた。湾内に巨大船が現れた、との火急の知らせが入ってきたのだ。
「む、あれは・・・・」
「何と巨大な! 我が国最大の軍船、アタケ丸が子供のようですぞ!」
ヤツルギ国はハーネス聖神教が海を越えて攻めてきた場合に備え、独自の技術を発展させてきた。すでに
黒色火薬の製造に成功し、大砲も実用化していた。だが、彼らの目の前にある巨大船はそんな彼らの努力
をあざ笑うかのような威容だ。ムラクモたちは言いようのない無力感に襲われるのであった。
「ええぃ、なぜ砲撃せんか! 砲台は何をしておるのだ!」
「いや、今撃ってもあの船までには届かん。まずは民の避難が先じゃ!」
紛糾する城内、それを収めたのはムラクモの一言だった。
「いや、あの船は我らの砲の射程距離を知っているかのように、あの場所に停泊しておるぞ。それに、
彼奴らにも大砲はあるようじゃ。あんな長い砲身は見たことがない。恐らく、我らの砲の数倍の威力と
見たぞ」
「名代殿、それでは・・・・」
「もし彼奴らが攻めてきたのならば、有無を言わさず攻撃してくるはずじゃ。それをせぬということは、何らか
の意図があるのやも知れぬぞ」
遠眼鏡で巨大船を観察していたムラクモは、巨大船の攻撃力をかなり正確に分析していた。こうしていても
らちが開かぬということで、彼らに使いの船を送ることにした。もちろん万が一に備え、反撃の用意は準備
している。
「ビゼン殿、最初城のような船かと思うとりましたが、城よりも大きいですなあ・・・・」
「うむ、、、、旗印が見えてきたな、白地に赤の丸とな、いかな記録にもない旗印じゃのう」
ビゼン達の船が近づくと、巨大船からも小さな船が降ろされるのが確認できた。どうやら向こうもすぐに
攻めようとは考えていないらしい。ビゼンは少し安堵しながら先方の船に近づいていく。
「どれどれ、ようやく顔が見える距離になってきたな、、、、ん、なんか我らの顔に似ておるぞ」
ビゼンは彼らの顔を見て驚愕した。なぜなら、全員ヤツルギ国人と同じ”黒目黒髪”だったのだから。
そして、首に帯を締めた奇妙な格好の男が声をかける。
「お騒がせして申し訳ございません。私は日本国外務省の村上という者です。今日は貴国にお願いが
あって参りました」
そう言ってペコペコと頭を下げるムラカミと名乗った男、巨大船の威容に反して、実に低姿勢であった・・・・
異世界でも発揮される日本人の低姿勢・・・・
ちなみに、日本人が頭を下げなくなったらマジでブチギレしたんだと、あの国も
わかった方がいいと思う今日この頃です。




