おまけその一 或る魔物の受難
異世界の転移という大きな出来事があった日本国。当初は排他的差別的な宗教国家との戦争など大変
な目にあってきたのだが、2年ほどしてこの世界の国々とも無事国交を締結し、ようやく落ち着きを取り戻し
てきたのだった。
「はい、美雪こっちこっち!」
「あ~ん、はずれちゃった~」
季節は8月、夏真っ盛り、ここ茨城県は大洗の海水浴場では、若い男女のグループがスイカ割りに興じて
いた。一般国民もささやかなレジャーを楽しめるくらいには、日本の経済も回復してきたのである。しかし、
深海から異世界の脅威が迫っていることに、気づく者はいなかった・・・・
”ゴポ、ゴポポポポっ”
”彼”は海底をゆっくりと、天敵であるクラーケンに見つからないよう移動していた。そして彼は、以前来た
時にはなかった陸地が存在していることを感知した。
”まあ、暴れることに変わりはない”
以前上陸した時は、彼を見て恐れおののく二足歩行の陸上生物を見て、大いに溜飲を下げたものだった。
陸上生物の巣を破壊し、彼らの食物を奪ってたらふく満足したのである。あの生物の食物はうまかった。
彼は以前の略奪に味をしめ、再び陸地を襲おうとしていたのだ。
「いや~遊んだ遊んだ」
「じゃ、そろそろ民宿に戻ろうか」
海水浴を満喫して帰路につく海水浴客たち、その内の1人が海に起きた異変を察知した。
「おい、あれ、海面が盛り上がっているぞ!」
そして、彼らの前に異形の魔物がその姿を現したのである。
”ギチギチ、ギチギチ”
不協和音を奏でながら、その魔物は哀れな海水浴客たちの前に姿を現した。魔物を見て、彼らも思わず
硬直してしまっている。
”クククっ、地上を這いずり回るしか能のない矮小なる者どもめ、我の前にひれ伏すがいいわ、ん、、、?”
誰かが、その魔物を見て叫んだ。
「おい、あれ伊勢海老じゃないか!」
”なせだ、どうしてこうなった!”
”彼”は困惑していた。普通なら彼を見て恐れおののくはずの二足歩行の生物が、次々と彼に向かって
きているのであった。しかもそれは、彼を撃退しようとするものではない。あの生物の目は、かつて命
からがら逃げたクラーケンと同じ目をしている。捕食者の目だ。でもこれは仕方がないことだ。日本人には
伊勢海老=ご馳走という図式が出来上がっているのだから・・・・
「ほらー健二しっかりしなさいよ。今夜は伊勢海老パーティよ!」
「くっ、こいつなかなかしぶといな」
払っても払っても、二足歩行の生物は彼に群がってくる。そして、なかなか倒れない魔物に業を煮やした
女性がスイカ割り用のバットを手にし、足の関節に向かってフルスイングをぶちかました。
”ぐあっ!”
「お、バランス崩れたわね。足が弱点みたいよ」
海水浴客たちは次々に、魔物の足をへし折っていく。もはや彼は身動きもできない哀れな獲物と化して
いた。
「お、これはずいぶんデカい伊勢海老だなあ」
「そうなんですよ。止め刺したいんだけど、モリか何かありますか」
「おうよ、そこの小屋からすぐ持ってくわ」
騒ぎを聞きつけてやってきた地元の漁師に、海水浴客たちはお願いする。こうして彼は、日本人の胃袋に
納まることになってしまったのである。
『茨城県からの話題です。大洗の海水浴場で全長8mの伊勢海老が現れ、海水浴客に捕獲されました』
「んっ・・・・」
魔王城でテレビを見ていたワンゲル、画面に映し出された魔物を見て思わず目が点になる。
『ずいぶん大きな伊勢海老ですね』
『いや~、これすごい美味しいですよ』
『焼いてよし、生でもよし、お椀にしてもよしですよ』
『エビみそサイコー!』
続いてリポーターの質問に答える水着姿の海水浴客たち、彼らはバーベキューや刺身などで巨大伊勢海老
を堪能していたのである。
「あれ、ジャイアントロブスタ-じゃねえか! 討伐すんのに騎士20人は必要なんだよ! なんで一般人が
捕獲できんだよ!」
ワンゲルはテレビ画面に突っ込みを入れる。しかし、彼の胃痛を呼び起こす事案はこれだけではなかった。
『続いての話題です。鳥取県では全長10mの松葉ガニが捕獲され、現地では大宴会が催されています』
「もうええわっ!」
日本人の食い意地の前には、ガイアードルの魔物も無力な存在であった・・・・




